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山形で花開く新たな創造力

本学から見下ろす美しい山形の街は、高台から望むフレンツェの街とどこか似ています。

フィレンツェは14世紀イタリアで起こったルネサンスの発祥の地です。直径3kmに満たない小さな街ですが、ペストによって大打撃を受けたものの、その後経済で大発展を遂げ、当時としてはヨーロッパ最大級の街になりました。この街に数多の才能が集い競い合い、その後キラ星のごとく各地に飛び散り、そこかしこで大輪の花を咲かせ時代を変えていきます。いくつもの要因が偶発的に絡み合ってルネサンスは起きましたが、信仰によって千年もの間押さえつけられていた人々がそれまでの「当たり前」に疑問を持ち始め、好奇心と批判精神そして自ら学ぶ意思を膨らませ、この巨大な芸術運動を支えて行ったことは確かです。

大学裏の高台から望む山形市の街並み

さて、突如として私たちの前に現れたウイルスは瞬く間に世界に広がり、人々の生活は激変してしまいました。これまで当たり前だった価値観がひっくり返され、大切に積み上げて来たものが一気に変容していきます。社会構造自体が再考を余儀なくされ、デジタルやAI技術が一気に加速する一方で分断も格差もこれまで以上に露呈してしまいました。だからこそ人や地域を思いやる「想像力」、そしてより良き解決のための「創造力」が必要なのです。芸術・デザインの真の役割もそこにあります。新たな価値の創造や問題解決への提案を、社会は今まさに求めているのです。

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日々報道される数字に怯え不自由さに心は萎えますが、しっかり前を向いて未来を信じて学びを進めましょう。学ぶということは非常に尊い事です。全てが満たされたところからはリアリティのある真の創造は生まれません。足りない何かを欲する、いわば「飢え」の様な気持ちが人を創造や学びに駆り立てるのです。人は知っている事と知らない事を比べれば、当然知らない事の方が遥かに多い。そしてその知らない事の方に無限の可能性が潜んでいるのです。無知なところからは新たな創造は生まれません。自身の内側を見つめるだけでは何も出て来ないのです。

スマートでかつ効率性が何よりも重視される時代ですが、芸術・デザインの学びはその対極、間違いや実体験の積み重ねの上に成り立っていく学びです。何本もの間違った線を描く中から正しい線を見つけ出していく。何度も試行を繰り返す中から最善を選び取っていく。身体と五感、そして知識と知恵を総動員して思い通りにいかない事に立ち向かい、偶然をも取り込みながら幾通りもの方法を考えていく。そしてしっかり社会と繋がり発信していく。そういった学びにあっけらかんと向き合っていける強い意志と好奇心、そして柔軟でしなやかな思考が必要です。

2021年4月に学内ギャラリーで行われた副学長の作品展

コロナ禍によって、20年後には当たり前になっていたであろう未来の美大の学びが、少々早まってやって来ましたが、学びの本質は何も変わりません。時代が変わる渦中での学びは、きっとスリリングでかつリアリティーに富んだものになることでしょう。

当時フィレンツェに集った多くの志のように、山形の大地をフィールドに日々新たな創造や提案に向け切磋琢磨を繰り返す皆さんが、いずれ弾けたタネのごとく全国に飛び散り、芸術・デザインの力を生かし、次代を逞しく担っていくことを期待しています。

略歴

木原 正徳(きはら・まさのり)/1958 年 長野県生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。学士(芸術)。文化庁/芸術家海外留学特別派遣(2008イタリア/ミラノ)。
二紀展(東京セントラル美術館賞、安田火災美術財団奨励賞、会員賞、田村賞、宮本賞、黒田賞、他)、青木繁記念大賞展(わだつみ賞)、伊藤廉記念賞展、セントラル美術館油絵大賞展、別府現代絵画展、損保ジャパン美術財団選抜奨励展、公募展ベストセレクション2016、Mutually Overlook(上海・現代芸術センター)、上野アーティストプロジェクト2019(東京都美術館企画)など。個展:飯山市美術館(2019)、銀座スルガ台画廊(1998, 2000, 2009, 2019)、八十二文化財団(2000)、銀座東和ギャラリー(2006)、画廊宮坂(2011, 2013)など多数。