TOP芸工大とは? > 学長メッセージ

しなやかに、軽やかに。

時代の変化がもたらす新たな兆し。
今、求められているのは
「しなやかに軽やかに」生きていく力。

東北芸術工科大学学長 
中山ダイスケ

1デジタル化が進む時代
アート&デザインが
必要な理由

 新型コロナによって急速にデジタル化が進んでいますが、今はまだ、多くの人がその「使い方」に迷っています。最新デジタル機器の操作をなんとか覚えて「便利になった」などと言いますが、このデジタル革命といわれるものは「役立て方」を探究しなくてはならないもの。何に役立てていくのか? どのように取り入れて生活を豊かにしていくのか? については、過去にもお手本がなく、誰も正解を教えてはくれません。新しい変革こそ、その先を私たち自らが考えていくしかないのです。
 アートとデザインもまた正解がない学問であり、自分で探究するしかないものです。そういう意味では、アートとデザインを学ぶことと、先の見えない社会に対峙することは、イコールだと思っています。事務用に作られたアプリが遊びに使われたり、若い人向けに作られたSNSを、年配の方が地域の会合で使っていたりと、使う人たちが自ら試行錯誤し、社会全体で実験しながらアップデイトを続けています。それを可能にするのは、人間の「柔らかさ」。マニュアル通りの機能だけを信じて何かのボタンを押すのではなく、常に違う可能性を考え試す。本学の学びも同じです。学生たちは社会に出る前に、たくさんの体験と出会い、失敗や成功の中から柔らかさを学んでいくのです。

2ムズムズを力に
ゼロから学べる
アート&デザイン

 芸術大学に進学するのは、小さな頃から絵を描くのが上手で「才能」や「センス」がある美術部系の人だけ、というのは大昔の話です。もちろん、それらはアートやデザインを学ぶ一つのきっかけではありますが、アートもデザインも、ゼロから学ぶことができる「学問」です。入学時点でのあなたの技術や経験よりも、好奇心を持っているか、凝り固まっていないか、未来をイメージできているか? という資質のほうを重要視しています。
 才能や経験を気にするよりも、世の中のいろいろなことに興味を持ったり、自分なりの意見を育んでいて欲しい。「なぜ理解されないんだ」「不便すぎる、もっと良くしたい」「あんなヒットアニメはつまらない」という自分だけの心情や反骨精神。そういったムズムズしたエネルギーが、アート&デザインの学びの起因になってほしいのです。常に問題意識を持ち、日頃の自分のフラストレーションからテーマを探っていくということは、立派な学びのメソッド(方法)です。

3課題と挑戦が生まれている
山形という場所

 地方都市である山形にあって、現役で活躍している芸術家やデザイナーを、どうしてこれだけ教員として集められるのかと、よく聞かれます。その答えは、山形という場所を「世界の縮図」として捉え、自分の研究や制作のフィールドとして魅力を感じてくれる「クリエイター教員」だけを採用しているからです。山形は大自然に囲まれ、四季の移ろいに富んだ美しい東北の街です。しかし、少子高齢化や人口減少という社会課題が山積みの「課題先進県」でもあります。クリエイター教員たちは学生と一緒になってこの状況に挑み、この場所ならではの強烈なアート作品や、秀逸なデザイン事業を作り出しています。
 大都市中心の世の中は、すでにインターネットによって変革されました。世の中から「中心」は消え、今あなたがいる場所から世界と対等につながることができます。これまで「地方」と呼ばれていた場所は、都市部のようにはすべてのことは整っていませんが、こうするともっとよくなる、楽しくなる、便利になる、という課題解決に向けた提案と実践のための「余白」がたくさん残されています。アートやデザインのプロ、つまり実務者であるクリエイター教員と学生たちは、山形・東北地域をプロジェクトの実験場として活用し、卒業後にはその成果を日本中で生かしていくのです。
 地域社会からの相談窓口として、本学が学外から依頼される案件は年間100件ほど。いまや本学は、地域の期待を集めるクリエイティブ企業のような役割を担っています。学生とクリエイター教員が依頼案件にプロジェクトや授業として取り組むことで、机上の教科書にはない「実践的な学び」を実現しています。「アーティストは社会とどう関わるか」「デザインはどう活用するべきなのか」という課題に在学中に触れることで、自然に対話力に長けた軽やかな学生が育つのです。

4コロナ禍による変化を活用
おもしろい未来をつくろう

 新型コロナが現れ、誰もが驚くほど世界は急変革し、理詰めでは解決できない問題がたくさん出てきました。今こそ、アート&デザインで培った柔軟な思考が不可欠な世の中が始まったと感じます。新型コロナに対する各国の対応を見ていると、高度な経済力や技術力のみならず、さまざまなアイデアや工夫を実装できている国が社会の安心を保持しています。まさにアイデアが世界を救う時代の到来なのです。
 これまでのアート&デザインは人と人が出会うことが前提でしたが、それも新型コロナによって変化しました。直接会うことでしか感じ合えない身体感覚や体温も大切ですが、今はどれだけ離れていてもコミュニケーションのしくみを学ぶことができます。会えなくなった物理的な距離をあえて活用し、同じ想いを離れた場所で共有するという新しいアート体験も生まれています。そのように、ピンチの中で見つけることのできた新しい可能性はたくさんあるのです。
 現在、本学の授業は、高速回線を使用してのリモート型と、対面型とのハイブリッド(併用)で行なっています(2021年12月現在)。リアルな教室では、後ろに座る学生と前に座る学生がいますが、デジタル授業では全員が最前列。リモートで遠方の農家の方と打ち合わせをするのも、本学に興味を持った全国の高校生と直接話すのもデジタルでは距離が同じです。距離というものの本質に気付き、それを尊重することができる今、新型コロナが収束してもハイブリッド型で得た利点を活用し、生まれた時間を学生の自由な活動時間に費やしたいと考えています。

5新学科設立。
ものづくりへの思いと価値に、
デザイン思考をプラス

 本学では、2023年4月より新たに「工芸デザイン学科」(※設置認可申請中)を新設します。生活工芸、民藝、クラフトという言葉がある通り、工芸やテキスタイルは、時代によってさまざまな意味付けをされてきました。エネルギー、SDGs、サスティナブル、リサイクルという新しい概念が生まれている現在、もう一度、ものづくりに対する思いや価値を見直す時期にきていると考えています。
 新「工芸デザイン学科」の前身である、美術科の「工芸コース」と「テキスタイルコース」は、これまでもその目標は絵画や彫刻の分野とは大きく異なっていました。工芸分野は、もっとデザイン目線で私たちの生活に必要な物や道具について考えることができる分野です。特に今の時代、人類が処理の仕方を後回しにして生産し続けてきたプラスチックは重大な環境負荷となっています。工芸作家やクラフトデザイナーは、細かな手仕事による技法の確立や自己表現の先に、自分のつくった「モノ」が人の生活環境の「コト」にどのように関わっていくのか? ということに責任を持ってデザインし、制作しなくてはなりません。
 新「工芸デザイン学科」は、これまでの「工芸コース」と「テキスタイルコース」を再構築し、長く使える素材、永く愛されるものづくりとは何かを考え、社会やマーケットに新しい価値を伝えるというデザイン的視点からの新しい工芸を学びます。これまでの手仕事と最新テクノロジーを柔軟に使いこなし、社会変化にも対応できるようなデザイン思考を併せ持った新しい旗手たちが、この大学から生まれることを願っています。

 変わるのは新学科だけではありません。例えば「コミュニティデザイン学科」はSDGsを基軸とした「持続可能な地域社会をデザインする」学科へ、「歴史遺産学科」は、歴史や文化財を地域社会の未来に活用できるよう「歴史遺産マネジメントの専門家育成」を強化します。あたりまえが変わっていく世界の中、大学もこれまで「正しい」とされていた答えに縛られず、「別の答え」を導き出せるように柔らかく、そして本学で学んだ皆さんがそれぞれの人生を軽やかにクリエイトできる、そんな場所であり続けるために、アートとデザインの学びをますます進化させていきます。


なかやま・だいすけ/アーティスト、アートディレクター。アート分野ではコミュニケーションを主題に多様なインスタレーション作品を発表。1997年よりロックフェラー財団、文化庁などの奨学生として6年間、NYを拠点に活動。1998年第一回岡本太郎記念現代芸術大賞準大賞など受賞多数。1998年台北、2000年光州、リヨン(フランス)ビエンナーレの日本代表。デザイン分野では、舞台美術、ファッションショー、店舗や空間、商品や地域のプロジェクトデザイン、コンセプト提案などを手掛ける。2007年より本学グラフィックデザイン学科教授、デザイン工学部長を経て、2018年より東北芸術工科大学学長。