第8回(芸工祭報告edition) 浦島と美女をめぐる仮定法~ブレッドの巻|かんがえるジュークボックス/亀山博之

コラム

感謝!

 9月23日と24日に開催された芸工祭にお越しいただいたみなさま、本当にありがとうございました。みなさまと直接お会いしてお話できてとても嬉しかったです。

東北芸術工科大学・学園祭 芸工祭「かんがえるジュークボックス」ブース
芸工祭「かんがえるジュークボックス」ブース

 ご都合がつかずお越しいただけなかったみなさま、ぜひ来年またお待ちしております。

芸工祭の舞台裏

 もし雨だったら、みんな芸工祭には来てくれないだろうな、とか、もしマスキングテープがさっぱり売れなかったら、赤字になって自己破産してしまうのだろうか、とか、実は芸工祭を迎えるまで非常に不安を抱えていた。悪い予測をしては頭を抱えてみたりして、自分の小心者ぶりを思い知るイベントでもあった。しかしながら all’s well that ends well (終わりよければすべてよし)だ。シェイクスピアもそう言っている。なにより、芸工祭でお会いできたみなさまとの時間が最高に幸せなものだったから「かんがえるジュークボックス」ブースを出してよかったと心底思う。

Ifの模範的使用例ソング

 「もし~だったら」という思考方法は、日常生活のなかではなかなかの頻度で人は用いているものだ。少なくとも小心者のわたしはそうだ。そこで今回とりあげる曲はこれしかない。”If”というタイトルの1970年の曲。直訳すれば「もしも」だ。歌っているのはアメリカのバンド、ブレッド(Bread)。

「イフ」ブレッド
「イフ」ブレッド

 スタジオ・ミュージシャンたちが集ってできたバンドだけあって、完成度の高い曲だ。なんといっても歌声がよい。壊れそうなほどロマンティック。さまざまな”if”を挙げながら、いかにあなたのことが必要かを歌っている。こんな出だしだ。

If a picture paints a thousand words
1枚の絵が千の言葉を伝えるのなら
then why can’t I paint you
じゃあ、なぜぼくはあなたを描くことができないのだろう
The words will never show
言葉では表せないからさ
The you I’ve come to know
ぼくが知るきみのことは

 ロマンティックな曲調にうっとりしていると、なんとなくわかったつもりになるが、この「あなた」とは、雄弁な絵があろうと、言葉による見事な解説があろうと、説明不能な美しさということ。つまり、絵にも描けない美しさの竜宮城の乙姫レディなわけだ。竜宮城だからというわけではないが、次のスタンザに登場する”if”では、船の描写が見られる。

If a face could launch a thousand ships
その顔が千の船を出航させるほどの麗しさだとして
Then where am I to go?
ぼくはどこへ向かうべきだというんだろう
There’s no one home but you
家にはきみだけがいて
You’re all that’s left me to
きみだけがぼくに残されたすべて

 ぜひお目にかかろうと、遠い国から千艘の船が出航するほどの絶世の美女がいたという言い伝えを利用している場面である。そんな美女がいたとしても、ぼくはきみのところにいるよ、というのである。乙姫にゾッコンである。さらに浦島ののめり込みぶりは深まる。

If a man could be two places at one time
もしひとが同時に二カ所に居られるとしたら
I’d be with you
ぼくはきみといるよ
Tomorrow and today
明日も今日も
Beside you all the way
ずっときみのそばに

この表現は純然たる仮定法過去である。実際にはそうではない仮の話をする際には、過去形を用いることで断定を避けボンヤリ感を出すことができる。逆にいえば、If a man couldのcould をcan に、I’d be のwouldをwill にしてしまうと、本当にあり得る話に聞こえてしまう。あり得ないことをいうわけだから、現実と距離を置くための過去形である。

 というわけで、ありえない「もしも」トークを駆使して、乙姫を口説き落とす浦島、なかなかのロマンティシストだ。浦島太郎は玉手箱を開けて現実世界に老いさらばえて戻って目を覚ますが、この歌では空想の力を最大限に発揮し、終わりに向かって突き進んでいく。心中も辞さず。すごいぞ浦島!

If the world should stop revolving
万が一、地球が回るのを止めてしまい
Spinning slowly down to die
ゆっくりと動きが止まろうとしても
I’d spend the end with you
ぼくはきみと最期を過ごすよ

 これほどまでの純愛、愛しているよと言わずに愛を歌った曲もあまりないだろう。嗚呼、love is blind(恋は盲目)、脇目もふらずにどこまでも突っ走ることができる凄まじい感情!この詩からわかることは、恋には恐るべきパワーがあること。何かをやり遂げたいなら、そのことに恋すればよいのかもしれない。

 さあ、後期が始まる。やるべきこと、やらなきゃいけないこと、それらに恋をして夢中で時を過ごしていこうではないか!

看板ボーイと筆者 また来年の芸工祭でお会いしましょう!
看板ボーイと筆者
また来年の芸工祭でお会いしましょう!

 それではまた。次の1曲までごきげんよう。
 Love and Mercy

(文・写真:亀山博之)

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亀山博之(かめやま・ひろゆき)
亀山博之(かめやま・ひろゆき)

1979年山形県生まれ。東北大学国際文化研究科博士課程後期単位取得満期退学。修士(国際文化)。専門は英語教育、19世紀アメリカ文学およびアメリカ文学思想史。

著書に『Companion to English Communication』(2021年)ほか、論文に「エマソンとヒッピーとの共振点―反権威主義と信仰」『ヒッピー世代の先覚者たち』(中山悟視編、2019年)、「『自然』と『人間』へのエマソンの対位法的視点についての考察」(2023年)など。日本ソロー学会第1回新人賞受賞(2021年)。

趣味はピアノ、ジョギング、レコード収集。尊敬する人はJ.S.バッハ。