第6回 ツンデレな愛をかんがえる~ザ・ビートルズの巻|かんがえるジュークボックス/亀山博之

コラム

夏の花笠

 今年の夏は暑い。まだまだこの暑さは続くらしいが、あの日の夜も暑かった。あの夜とは8月5日、東北芸術工科大学が花笠まつりに出た夜だ。一糸乱れぬ踊りを披露する学生に混じって、わたしもシレッとパレードに加わって踊った。全身汗にまみれて夏を満喫した。

パレードに向けて出発(東北芸術工科大学でアビーロード風)
パレードに向けて出発

 世界一有名なあの横断歩道の写真が撮影されたのは1969年の8月8日のこと。その日もとても暑かったそうだ。裸足になったポール・マッカートニーにそのことがうかがえる。というわけで『アビーロード(Abbey Road)』へのオマージュというかパロディというか、花笠まつり出発前の記念写真を撮影し、暑い夏の祭りの夜を楽しんだ。

最も難しい選択問題

 「ビートルズの4人のなかで誰が一番好き?」なんて質問がファンの間で昔も今も問われていると思われるが、「ビートルズの楽曲のなかでどの曲が一番好き?」という質問もまた、答えるのが本当に難しい。ビートルズの初期・中期・後期それぞれに特徴があり、どれも魅力的だし、聴き手の側のムードによって一番好きだと思う曲が変わるからだ。「ラブ・ミー・ドゥ(“Love Me Do”)」も「アイ・アム・ザ・ウォルラス(“I Am The Walrus”)」も「レット・イット・ビー(“Let It Be”)」もビートルズの構成要素で、どの1つが欠けてもビートルズの魅力とその歴史を構成しなくなる。だから「ビートルズのどの曲が1番好き?」という質問自体が誤った質問なのかもしれない。

Something / Come Together 花笠・・・尾花沢・・・西瓜・・・西瓜カラーのフランス盤
Something / Come Together
花笠・・・尾花沢・・・西瓜・・・西瓜カラーのフランス盤

 といいつつも、ビートルズの楽曲から1曲だけ選べと言われたら、わたしは「サムシング(“Something”)」と答える。1969年のアルバム『アビーロード(“Abbey Road”)』のA面の2曲目、ジョージ・ハリスンの曲で初のシングルA面(正確には”Come Together”との両A面扱い)だ。美しいメロディ、そして、一見すると皮肉っぽい性格のジョージの正直さが表れた詩がたまらない。

ジョージ・ハリスンにみる「ツンデレ」論

 ジョージによる「サムシング」は、もともとレイ・チャールズ(1930-2004)が歌うような曲を想定して作曲されたという。ホーギー・カーマイケル(1899-1981)の熱心なファンでもあるジョージのことだから、ビートルズの4人が幼かった頃の大人たちが聴いていた曲の世界観を描こうとしていたのかもしれない。このことが見てとれる歌詞が曲の中盤に出てくる。

I don’t want to leave her now
今 彼女のもとから離れたくない
you know I believe and how
どれだけ信じているかわかるかい

 ”now” と”how” が脚韻を踏んでいるが、この”and how”というフレーズ自体、戦中・戦後間もない頃のアメリカ大衆音楽でよく聞かれたものだ。当時の用法としては「まったく!」とか「もう!」とか、「!」マークがつく感嘆の意味を表すフレーズだったらしい。今ならば「実に(indeed)」に近いだろうか。こんなフレーズを持ち込んでやや古風な世界をジョージは演出しているのだ。ただし、現代的な英語感覚の耳にこの”how”は、どれだけ信じているかという「どれほどに」という程度の意味に聞こえるものと思われる。

 そして、この曲はシンプルなラブソングのようでいて、実は奥が深い。冒頭では、彼女の仕草のなかの「何か(Something)」がぼくを惹きつけると歌っている。おノロケを続けながら愛しているよベイビーと続いていくのかと思いきや!いよいよ盛り上がってくると、いきなり冷静な態度を見せるのだ。突然、彼女との間にちょっとスペースをつくって、抱き寄せるのは今はやめておきます、というツンデレなジョージ、その真意とは?

You’re asking me will my love grow
きみはぼくの愛が育ってく?って訊く
I don’t know I don’t know
わからないよ わからないよ
You stick around and it may show
一緒にいればきっとわかるかも
I don’t know I don’t know
わからないけど わからないけど

 え?冒頭ではノロケていましたよね?それなのに、愛の行方はわからないんスか?と、呆気にとられたわたしたちは、この壮大なサビの真っ只中、ジョージに尋ねたい気分になる。しかし、よく考えれば、ジョージは優柔不断でも、思わせぶりでもなく、彼は正直であり誠実なのだ。

 そもそも未来のことなど誰もわからない。さらに、愛とは一体何なのか?さらにいえば、今感じているこの彼女への感情とはそもそも愛と断言できるのか?そこに愛はあるんか?その感情は何なのか?という話である。だから今、彼女の「何か(Something)」に惹かれていることだけは確かで、けれど、愛が育っていくのかという話についてはわかりません、というのは実に正直な態度のラブソングだと思う。永遠にきみを愛するよ、みたいなことをいう奴よりはるかに信用できると思うのだ。

補助教材「愛のてだて」
補助教材「愛のてだて」

 答えがすぐにわからない問いというものは、世に多くあるものだ。それで、ジョージ・ハリスンの後年の曲にもついでにここで触れておきたい。1976年発表の曲に「愛のてだて(“Learning How to Love You”)」というものがある。タイトル自体がジョージの誠実さであふれている。「きみの愛し方を学んでいる最中」とは、なんて正直な姿勢だろう!”I Love You”なんてジョージは言わず、愛し方を学ぶところから始まるのだ。つまり、その人をどう愛したらよいのか、言いかえれば、その人のためになる愛し方とはどのようなものなのかという模索があってはじめて、愛というものは育つ、ということだ。愛し方を学ばないと、育つはずの愛も育たない。

 この感情はなに?興味?関心?恋?愛?他のいろいろな感情と比較し、価値を見出して名前をつけてそれぞれひとつずつ認識していきましょう。それでそれが愛だったとわかったのであれば、いよいよその愛は育っていくかもしれません。この手順をすべて踏んではじめて「ぼくの愛は育ってく?(Will my love grow?)」という問いに答えられるようになるでしょう。そんな言語学者ソシュール的な感情認識論を愛に応用するジョージ・ハリスンの正直さがわたしは大好きだ。

【お知らせ】2023芸工祭 Glowのご案内

 ”Grow”は愛が育つの「育つ」ですが、”Glow”は輝き、高揚、悦びです!

2023芸工祭 GLOW
2023芸工祭 GLOW

 9月23日(土)、24日(日)の2日間、Glowというタイトルのもと、東北芸術工科大学の学園祭が開催されます。ここ数年はコロナ禍の影響で中止、規模縮小を余儀なくされてきましたが、今年は盛大に開催予定とのこと。

MTオリジナル「かんがえるジュークボックス」マステ
MTオリジナル「かんがえるジュークボックス」マステ

 そして、このコラムも芸工祭に出店を予定しています。MT(カモ井)オリジナルの「かんがえるジュークボックス」特製マスキングテープをこの2日間のみ数量限定で販売いたします。大学のどこかに筆者のわたしが売り子としておりますので、コラムを読んでくださっている方もマステのコレクターの方もみなさまぜひお越しください。お待ちしております。

 それではまた。次の1曲までごきげんよう。
 Love and Mercy

(文・写真:亀山博之)

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亀山博之(かめやま・ひろゆき)
亀山博之(かめやま・ひろゆき)

1979年山形県生まれ。東北大学国際文化研究科博士課程後期単位取得満期退学。修士(国際文化)。専門は英語教育、19世紀アメリカ文学およびアメリカ文学思想史。

著書に『Companion to English Communication』(2021年)ほか、論文に「エマソンとヒッピーとの共振点―反権威主義と信仰」『ヒッピー世代の先覚者たち』(中山悟視編、2019年)、「『自然』と『人間』へのエマソンの対位法的視点についての考察」(2023年)など。日本ソロー学会第1回新人賞受賞(2021年)。

趣味はピアノ、ジョギング、レコード収集。尊敬する人はJ.S.バッハ。