東北芸術工科大学卒業/修了研究・制作展2007

卒展プライズ2007受賞作品講評(抜粋)

日時=2月16日[土]19:00−20:00
会場=本館3階201講義室
企画=美術館大学構想室/卒展ディレクターズ
スピーカー=
赤坂憲雄[民俗学者/本学大学院長・東北文化研究センター所長]
秋元康[作詞家/京都造形芸術大学副学長・社会芸術総合研究所所長]
後藤繁雄[編集者/クリエイティブディレクター/京都造形芸術大学教授]
酒井忠康[美術評論家/世田谷美術館館長/本学大学院教授]
モデレーター=宮島達男[現代美術家/本学副学長・デザイン工学部長]

1. 『マタギ女房の生活誌〜山形県西置賜郡小国町五味沢地区の事例を中心に〜』[写真1]

菅野亜由美 Ayumi Kanno|歴史遺産学科

赤坂憲雄 評――菅野さんの卒論は小国で伝統的な狩猟を続けているマタギたちの姿を、彼らの家を守る奥さんたちの視点からまとめたものでした。マタギの猟や儀礼を女たちがどのよう支えているのかを、丁寧にフィールドワークを重ねて調査している。マタギ女房の生活については、民俗学の世界でもほとんど誰も研究したことのないテーマですが、彼女はそれを実に三年もかけて調査し書き上げている。僕は論文を読んでいて、研究を支えた小国の人々の存在と、菅野さんの彼らへの感謝の想いをとてもよく理解することができた。この山形にある大学だからこそ書ける卒論でしたね。

2. 『古郷秀一作「限定と無限定」の保存修復』[写真2]

工藤美穂 Miho Kudo|美術史・文化財保存修復学科

赤坂憲雄 評――ここで取り上げられている作品は古郷秀一さんの「限定と無限定」という鉄の彫刻作品です。彼女は錆を落としたり、塗装をし直したりする修復作業を進めながら、その過程を論文にまとめているのです。まず、その論文の内容に圧倒されました。もう修復家のレベルに届いているのではないかと思うくらい立派でした。作品を修復する前に、作者である古郷氏にきちんと聞き取り調査をし、化学的な分析調査も背後にある。その上でどこまでを修復するべきかを誠実に考えている。論文を読んでいて、たいへん印象的だったのは、彼女には、今、生きている芸術作品や芸術家に対して愛があるということですね。僕はその姿勢に感動しながら、同時に、この大学に文化財保存修復学科が存在する喜びを、是非ともほとんどが作り手側である学生の皆さんと分ち合いたいと思いました。君たちの作品がどこかに展示されて、数十年経って修復家の手が入らなければならなくなった時に、こんなふうに愛されて修復されたらたいへん幸せなことです。やっぱり愛があるんです。読んでいて幸せのひとときに包まれました。

3. 『いくつもの世界が混在する』[写真3]

望月梨絵 Rie Mochiduki|情報デザイン学科グラフィックデザインコース

酒井忠康 評――たいへん優れた瑞々しい仕事で、表現者としての高い資質を感じますね。彼女はグラフィックデザインコースで学んだそうですが、作品を見る限り、別にそうした枠組みを必要としていなくて、何よりも、絵筆を持ちながら、画面上に感動のエネルギーや、心の揺れが飛び込んでくるのを素直に表現しています。作品の前に立ってみて、とても嬉しく思いました。

宮島達男 評――これはとても自然ですね。描く喜びが絵からあふれていて、見ている方が楽しくなる天然のグラフィックですね。いや、グラフィックデザインとあえて言わなくてもいいのかも知れない。望月さんにしか描くことの出来ない世界です。

後藤繁雄 評――望月さんの作品は、これはおそらく宮島さんが言われたように天然の才能なのですけれど、手前のテーブルの上にあるブックの仕上がりも抜群に良くて、自分の資質を理解した上で、ちゃんとレイアウトされていた。ここにはグラフィックコースの教員の方々の丁寧な指導の痕跡が見てとれますね。グラフィックの展示会場には全般的にそういう好ましい印象を持ちました。商業的な指向性をもつグラフィックデザイン教育の範疇にも入っていないし、かといって「お前らは自由にアートしてろ」といった、曖昧な自由も与えていない。ここが重要なところで、普通はどちらかに偏ってしまうのですよ。いい指導を受けている、若い人の隠れた才能を深いレベルから引き出しているなぁと思いました。

4. 『踊る身体』[写真4]

花野明奈 Akina Hanano|環境デザイン学科

宮島達男 評――花野さんの建築デザインの魅力は、「その土地から湧き出た建築が存在し得るはずだ」という信念から出発しているところです。「建築家があるデザインを世の中にバッと提案して、次の人がその方法論が気に入らないからバッと壊していくような循環は不健全だ。山形でも東京でも、その土地固有のストーリーから立ち上がってくる建築のエッセンスがあるはずで、それを私は追求したい」という言葉を彼女から聞いた時、やはり制作する際に前提としてあるべき哲学が重要だと感じました。表面だけをとり繕って、他人と比べるのではなくて、今、自分が何を求めているのか、そのためにどんな素材を選んで、どのように構成していくのかを皆さんも彼女のように真剣に考えてほしい。学生でありながら自分自身の二本の足で立って、オリジナルな思索を作品に見事に転換した希有な作品です。

酒井忠康 評――私は何十年ぶりでこういう資質を持った人に出くわして驚いています。といいますのも、私の親しい友人で若林奮という彫刻家…もう亡くなったのですけれど、彼と最初に出会ったときのことを思い出しました。若林さんは昔、私にこんなこと言ったのです。「雨は下から降ってきますね」とか、「風景が僕の体の中に入ってくる」、あるいは「彫刻によって新しい鉄をつくっている」と。素材や対象を究極まで突き詰めていくと、自分が立っている場所がしっかりしてきて、そこから人間の持っている命と、それから自然や身体のもつ機能の対応性というものが見えてくる。花野さんはそれをさまざまな形で組み合わせながら、空間として巧みに演出している。とても素晴らしい作品だと思います。ところで建築にこういう才能が出ているのに、彫刻コースの人たちはどうしてこんなに元気がなかったのかな。花野さんは建築のことを考えていますけれど、それは彫刻において最も重要なことでもある。彫刻の学生は彫刻の世界だけで凝り固まっていないで、時間をつくって建築の人たちと交流した方がいいですね。

後藤繁雄 評――花野さんの『踊る身体』は、これまで語られてきた作品とはまったく異なります。小さな枠を自分で決めて、そこに収まるように仕上げていくようなプロセスではつくられていない。やっている内に自然に枠が隠れています。最初からある質に到達するための枠を決めていくことも重要なのですが、その枠からはみ出てしまうことはもっと大切なのです。そういう意味では、絵画の枠は怖いですね。今回、絵画系のコースから受賞した先崎真琴さん(美術科洋画コース)の『form』[写真5]や、中田朝乃さん(大学院芸術文化専攻日本画領域)の『maintain』[写真6]は、一見して完成度が高いのですが、だからこそ、花野さんのような仕事と並べてみた時に、仕上がってしまっていることへの批判が生まれてきてしまう。重要なのは作品の仕上がり感ではなくて、自分の内側で、与えられた領域を批判的に超えていくことなのです。

5. 『悦楽オムニバス』[写真7]

藤村悦洋 Etsuhiro Fujimura|大学院ビジュアルコミュニケーションデザイン専攻映像領域

宮島達男 評――藤村君の映像作品は、短いアニメーションを26話くらい積み重ねたものです。ナンセンスなものをこれでもかと沢山つくっている。題材も映像技術も全部わかったうえで見る人との「間」 をハズしている、つまりヘタウマですね。でも単にユニークなだけでなくて、僕はとてもフェティッシュな印象も受けました。彼に関しては審査員も満場一致で面白いと言っていたので、この先も「我が道を行く」で、自信を持って続けてもらいたいですね。

『卒展プライズ2007(買い上げ賞)』公開審査会の様子。2007年度は464作品・研究の中から7作品が選出された。写真はゲスト審査員として「芸工大の作品はまったく独自」と発言するクリエイティブ・ディレクターの後藤繁雄氏。

『卒展プライズ2007(買い上げ賞)』公開審査会の様子。2007年度は464作品・研究の中から7作品が選出された。写真はゲスト審査員として「芸工大の作品はまったく独自」と発言するクリエイティブ・ディレクターの後藤繁雄氏。

菅野亜由美『マタギ女房の生活誌〜山形県西置賜郡小国町五味沢地区の事例を中心に〜』歴史遺産学科

1

工藤美穂『古郷秀一作「限定と無限定」の保存修復』美術史・文化財保存修復学科

2

望月梨絵『いくつもの世界が混在する』情報デザイン学科グラフィックデザインコース

3

花野明奈『踊る身体』環境デザイン学科

4

先崎真琴『form』美術科洋画コース

5

中田朝乃『maintain』大学院芸術文化専攻日本画領域

6

藤村悦洋『悦楽オムニバス』大学院ビジュアルコミュニケーションデザイン専攻映像領域

7

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