視点を変える声掛けで、美術に対する苦手意識をプラスの方向へ/中学校教諭・卒業生 鏡菜花

インタビュー

山形市立第三中学校で教員生活をスタートさせた鏡菜花(かがみ・なのは)さんは、美術科・総合美術コースの卒業生。現在1年目ながら、2・3年生の美術の授業、計11クラス分を担当しています。美術に対して苦手意識を持っている生徒も少なくない中、日々どのように声掛けをし、指導しているのか。教員を目指したきっかけや大学時代の思い出と合わせてお話をお聞きしました。

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美術という教科に「間違い」はない

――学校での普段のお仕事内容を教えてください

鏡:2年生の全クラスと、3年生7クラス中5クラスに美術の授業を教えています。あと今は3年生持ちの担外なんですけど、育休を取っている先生がいるのでその担任の代わりをしたり、ソフトテニス部の主顧問として練習試合を組んだり、保護者会と連携を図ったりといろいろありますね。

中学校教諭 鏡菜花さん
お話をお聞きした鏡菜花さん。

――現在はどんな授業に取り組まれていますか?

鏡:2年生の授業で言うと、「動き出しそうな動物たち」をテーマに、ATねんどという紙粘土と樹脂粘土を使って、リアルに動き出しそうな質感とか躍動感ある動物を一人一人つくっているところです。動物が完成したら、それぞれが持っているタブレットを使って学校内外で撮影してもらうんですけど、どんな場所に置いて撮るかで印象が全然違ってくるじゃないですか。そういう見せ方の部分も考えてもらおうかなと。2年生に関してはそんな感じで私の方で授業内容を考えているんですが、3年生の授業になると受験内容や評定に関わってくるので、経験のあるもう一人の美術の先生が考えて、それを私に教えてもらうようにしています。

――授業で生徒たちと向き合う際、大切にしていることはありますか?

鏡:美術に苦手意識を持っている生徒って結構多かったりするので、「国語だったら言葉、体育だったら身体で表現するように、美術も表現方法の一つ。だから“間違い”はない」ということを授業が始まる4月に伝えました。なるべく褒めて良いところを言うようにしたり、進みが遅い生徒には「じっくりやっていいよ」とか、逆に進みが早い生徒には「他の人のを手伝ってあげようね」などと声掛けするようにしています。

中学校教諭 鏡菜花さん

――実際、美術に対して苦手意識を持っている生徒さんは多いですか?

鏡:最初は多かったですね。主に絵を描くことに苦手意識を持っている生徒が多かったので、それも含めて粘土を最初の授業にしました。柔らかいうちは修正がきくので。あと3年生は自画像を描いているところなんですけど、自分の顔を見ながら描くことを苦痛に感じる生徒って結構いるんです。なので、写実的でリアルな描き方をしっかり教えることも大事ですけど、「誰でも分かるコツ」という感じで絵描き歌風に指導してみたりしています。

中学校教諭 鏡菜花さん

そんな中、嬉しかったのは、美術の授業がある時だけ学校に来る生徒や、美術の授業だけたまに来て参加する別室登校の生徒がいたりすることですね。いろいろ問題を抱えている子はいるんですけど、ただペースが遅いだけだったり、一度の指示では感覚が掴めないというだけで、やり方によってはみんなできるんだと思うんです。それが分かったのは先生になってからなんですけどね。

――そもそも、鏡さんが「美術の先生になりたい」と思うようになったのはいつ頃から?

鏡:高校ぐらいからですね。美術の授業を受けていた時、周りから「美術って苦手。絵、描けないもん」って声が聞こえてきて、「美術って絵だけじゃないのにな」とか「なるべくいろんな見方をすればいいのにな」ってちょっとモヤモヤしてて。実際、芸工大に行ったら絵だけじゃなくていろんなコースがあるじゃないですか。彫刻とか工芸とか。だからその思いがより一層強くなって。

中学校教諭 鏡菜花さん 美術の授業で生徒たちが制作した「動き出しそうな動物たち」
生徒さんたちの作った「動き出しそうな動物たち」。何とも柔らかな良い表情をしている。

それが美術の先生になりたいと思うきっかけの一つになったのと、あとは一番自分が好きなこととかなくしたくないと思うものが、美術だったんですよね。私にはコンプレックスがあって、中学までは勉強できていた方だったんですけど、進学校に入ってみんなが勉強できる子ってなった時に、私はむしろ“できない子”の方になってしまって。それで「学校、楽しくない」ってなった時があったんですけど、授業の中で唯一楽しかったのが美術で、他の人と比べても美術だけは良い成績の方にいられたので、「美術だけは負けない」と思ってましたね。

教員生活を支える、外に開かれた学び

――山形市のご出身ということで、地元で働く良さを感じることはありますか?

鏡:研修に行った時に知っている先生がいたり、ここ三中にも私が中学生だった時の学年の先生が3人もいるんですよ。あとはやっぱり周りが支えてくれるというか、家族や友達ともすぐに会えますし、方言が使えるので生徒や先生とコミュニケーションがとりやすいとか、たまに芸工大に行って教職の先生と情報交換する、といったこともできています。

中学校教諭 鏡菜花さん

――高校生の頃から美術教員を目指していた中で、芸工大の総合美術コースを選んだ理由は?

鏡:最初は「家から近いし行ってみようかな」という感じでオープンキャンパスに行ったりしていたんですけど、芸工大ってすごく自由っていうか個性が認められる校風があるな、って。あとは机の上でやる勉強だけじゃなくて、地域と連携していろんなことをやってる外向きなところが、高校生の私にはすごく魅力的に感じました。また芸工大は就職に強い美大で、教員を目指している総合美術コースの先輩が大学案内に載っていたこと。それから総合美術はアートワークショップを主にやっているコースで、ただ美術を個人制作するというだけじゃなくて、人との関わりとか、地域と美術を一緒に掛け合わせた「外向けの美術」をしていたところが、学校の授業をつくる上で活かせそうだなという印象を持ちました。

中学校教諭 鏡菜花さん

美術の授業はずっと好きだったんですけど、高校の時はサッカー部で、美術部だったわけではないんですね。なので、もし洋画とか日本画のように個人で制作するコースに進んでいたら、美術部出身の人が多い分、また高校の時のようなコンプレックスが出てきていたかもしれません。でも総合美術に関してはアイデア勝負だったので、そういう面でコンプレックスを感じることはなく、楽しく学ぶことができました。

――コースの学びの中で、今の仕事に特に生かされていると感じることはありますか?

鏡:例えば地域でワークショップを行う場合、「何のためにそのワークショップをするのか」とか「対象者に対してどういうことを考えてほしいか」というねらいがあって、それを踏まえて企画するんですけど、そこが授業者の立場の美術に近いんですよね、総合美術って。そういう観点からもためになりましたし、「こういう言葉があったら嬉しいだろうな」といった言葉掛けの部分ですごく鍛えられたっていうのがありますね。中学生って思っているほど大人じゃないので、より伝わりやすい言葉選びをする上で、子どもとのワークショップの経験はとても生きていると感じます。

中学校教諭 鏡菜花さん 鏡さんのつくった美術の教材たち
鏡さんのつくった教材たち。なかには、総合美術コースで頻出のモダンテクニックも。

――また、教職課程の学びの中で今、生かされていると思うことは?

鏡:三中への配属が決まったのが3月末で、そこから4月に入ってすぐ授業だったので、教職でやったことをベースに考えられて助かりました。それがないと多分無理でしたね(笑)。教員採用試験の対策としてタイポグラフィをやっていたんですけど、よく、うなぎの「う」をうなぎの形にしたりするじゃないですか。そういう感じで自己紹介の時に黒板にササッと自分の名前をタイポグラフィで書いたら、みんな「おぉ~」って。あとは、教育実習の時につくった色の塗り方の標本をそのまま今も使っていますし、教職でやってきたことは教員になった時にそのまま生かされるということをぜひ伝えたいです。

中学校教諭 鏡菜花さん 教職課程の演習にゲスト出演した際の様子
2023年11月には教職課程の演習にゲスト出演。実際に働いてみて分かった、教員として働くことの大変さ、やりがいなど語っていただいた。先輩であり現役の教員である鏡さんの言葉に、学生たちは真剣に聞き入っていた。

それから、教職とはまた別に教員採用試験の勉強を仲間と結構やっていて、チームプレーだったので辛くなかったですし、すごく楽しかったです。教員って狭き門なので結構プレッシャーあるんですよ。特に美術なんて採用人数少ないですし。でもみんなと問題を出し合ったり、「ここ試験に出るらしいよ」とか「自分たちだけで面接練習しよう」とか、とても濃い楽しさがありましたね。

――今後に向けて、何か目標などあれば教えてください

鏡:学校内だけじゃなく、地域と連携したり企業さんと協力しながら「外に出る美術」をやってみたいな、という理想があります。でもまだ勝手が分かっていないところもありますし、私だけでできることではないので、そこは学校に相談しながら慎重にという感じですね。

中学校教諭 鏡菜花さん

――それでは最後に受験生へメッセージをお願いします

鏡:私は高校を受験する時、「自分の学力だとここら辺かな」みたいなざっくりとした選び方で入っちゃったんですね。中学生の時はまだ、先生になりたいっていう意識も特になかったですし。でも“何となく”で入ってしまったことで、「何のために勉強してんだろう…?」って分からなくなってしまった時期があって。なので、私の場合はちゃんと目的を持った上で高校進学した方が楽しかっただろうなって。それはあくまでも私の体験談なんですけど、でもやっぱり、芸工大に入ること自体を目的にしてしまうよりは、「何のために学びたいか」という意志を明確に持った上で入った方が「なぜ学んでいるのか」の理由付けにもなりますし、それによってモチベーションも全然違ってくるんじゃないかなと思います。

中学校教諭 鏡菜花さん

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大学生活の多くをコロナ禍の中で過ごした鏡さん。そのためイベントごとは少なかったものの、チュートリアル活動に参加したり、またコロナ禍だったからこそ、リモートでできるワークショップの方法なども学ぶことができたと言います。さらに在学中は、母校である山形西高でサッカーの指導にも力を入れていたそうです。鏡さんのように高校生の時点で将来就きたい職業を見い出すのは、そう簡単なことではないかもしれません。でもアートにはさまざまな視点や形があるということを知っておくだけで、その後の進路目標や選択をより明確にしていけるのではないでしょうか。

(撮影:渡辺 然、取材:渡辺志織、入試課・須貝)

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東北芸術工科大学 広報担当
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