新しい「学食体験」への挑戦/シェフ・猪倉 健

インタビュー 2019.10.20|

大平目のムニエル、チキン唐揚げマレンゴ風トマトソース、カツオのカルパッチョ、ポークカツミラノ風、鯛めしと冷汁。これは東北芸術工科大学・学生食堂の、ある一週間のランチ定食メニューの一部です。こうしたメニューを発想する学生食堂のスタッフで、ホテルの西洋料理部門から山形にUターンして1年目の食育推進室・猪倉健(いのくら・けん)シェフにインタビューしました。

――料理の仕事をしようと思ったきっかけは?

猪倉:小学校高学年のころ、テレビ番組に影響されて、母親に刺身用のマグロをバターでソテーしたものを作りました。そのときの「おいしい!」といってもらったことが、料理をする楽しさを知った最初の体験だと思います。

――高校を卒業後、東京の調理専門学校に入り、ヒルトン東京に勤めたのですね

猪倉:下積みを積んで、系列の「ヒルトン北谷」(沖縄)のオープニング・サポートメンバーとなり、イタリアレストラン「コレンテ」で働き、東京に戻ってからはメインダイニング・レストランで前菜料理を担当しました。その後、メイン料理担当部署に異動してソースやドレッシングの開発などをしてきました。

――約9年のヒルトン勤務から芸工大に移った理由は?

猪倉:私には2人の子どもがいますが、子育ては山形でしたいと考えていました。子どものころ、よく両親に近所の山や川に遊びに連れていってもらいましたが、虫、木々、川と視界に入るものに好奇心を駆り立てられ、時間を忘れていつまでも遊びました。自然と遊ぶということは実にエネルギー使うものです。何が危険なことなのかも遊びで覚えました。子どもにも自分と同じような体験をさせたい、遊びから自分がしたいことを見つけてほしいと思い、山形に家族と帰ってきました。

芸工大で働こうと思ったのは、自分の体験したことがないことに挑戦する性分からです。山形に移ってからは、父が突然、脱サラして始めた洋食屋を手伝っていました。

芸工大の食堂は一般の方も利用していますが、私も子どもと時々ランチに来ていました。おいしいとは噂で聞いていましたが、本当においしいと思いましたし、メニューの斬新さにも驚きました。私の学生食堂のイメージが覆りました。芸工大の学生のエネルギッシュな感じも好きになり、ここで料理をしたいと思うようになりました。勿論、その時は、厨房にいるのが、私のように元ホテルシェフのみなさんだとは知りもしませんでした。

食堂2F「COPAiN(コパン)」奥の厨房にて。手際よく、さまざまなパンが生み出されていく。この日は翌日提供されるという「ラグー」の仕込みが行われていた。

――学生食堂で働きはじめて、驚いたこと、勝手が違ったことなどはありましたか?

猪倉:いろいろあります。戸惑ったのは料理を提供するスピード感です。前職ではコースとして前菜から始めて、次にメイン料理というパターンでした。しかし、ここでは学生が食べたいメインの一皿を、注文を受けて、その場で素早く提供します。そして驚いたことは、先輩シェフたちの学生に対する思いやりです。

――それは具体的にどんなことでしょうか?

猪倉:日替わり定食のメニューの多さに驚きました。ホテルと違い、大学は4年間同じ学生が毎日、食堂を利用します。先輩シェフは、学生のことを思い、メニューが被らないようにすることに注力していました。

メニューの開発量もすごい。そして、週2日は朝早くから市場にシェフが直接、食材を仕入れに行っています。市場という場所は、お店の知名度は通用せず、通い続け、時間をかけて市場の方々と信頼関係を築いた人だけが、より良い食材を紹介してもらえる世界です。私も近いうちに、市場の仕入れに行きたいと考えています。

――ホテルシェフの経験を今に生かしていることはありますか?

猪倉:ホテルで培った技術は勿論生かしていますが、かけられる予算が違います。そのため、全く同じものを再現することはできませんが、工夫をしてそれを補う努力をしています。例えば、サンドイッチの付け合わせのトマト。ホテルでは糖度の高いアメーラトマトを使いますが、それでは提供価格も上がってしまいます。そこで、ミニトマトをにんにくで香りをつけローストします。時間と手間はかかりますが、高級感のある味になります。

また、「コパン」で提供した「紫芋クリームコッペ」でしたら、普通は干芋をそのままパンにサンドしますが、それではみなさんが「知っている味」です。干芋を揚げる手間を加えることで食感に訴えるようにしました。

猪倉シェフのイチ押し商品は、から揚げを挟んだコッペパンだそう。ここでも「すだちおろし」のソースを添えるなどの工夫が(写真・下)。

――芸工大学生食堂で働いて良かったことを教えてください。

猪倉:ホテル時代、お客様に料理を提供するのはサービスの仕事で、お客様の声を直接聞けるのは彼らでした。しかし今は、自分が調理したものをカウンター越しに学生さんに手渡していますし、彼らの感想を聞くこともできます。時には料理とは関係のない会話もしていますし、悩みの相談をされることもあります。それはそれで楽しいです。

――今後挑戦したいことは?

猪倉:デザートメニューを充実させたいと思います。以前、夏休みに提供していた特別フレンチコース料理も復活させたい。そして、山形の農家を巻き込み、学生食堂とのコラボイベントなど、山形の大学の食堂にしかできないことをしてみたいと思っています。

芸工大の学食は、全国でも珍しく「直営」で管理されています。それは、大学の職員であるシェフが直接食材を選び、調理し、提供することにより、安全で安心な食事を提供できると考えているからです。朝食から夕食まで低価格で提供できるのも、直営だからできること。学生はもちろん、地域のみなさんからも支持される理由には、猪倉さんをはじめとするスタッフ一人ひとりの奮闘があるのだと感じました。
(取材:企画広報課・五十嵐)

東北芸術工科大学 学生食堂
1F 食堂 朝定食 200円 各種定食ランチ 380~420円 夕定食 380円
2F BAKERY & CAFE COPAiN(コパン) 常時50種類のパンをご用意しています。

学生食堂で働くシェフを募集しています

SHARE

東北芸術工科大学 広報担当
東北芸術工科大学 広報担当

TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp