専門性を生かし、将来につながる学芸員資格取得の学び /宮本 晶朗(文化財保存修復学科准教授)× 小金沢 智(美術科 日本画コース専任講師)

インタビュー

本学ではすべての学部・学科のカリキュラムにおいて学芸員課程を選択し、資格を取得することが可能です。美術館、博物館で美術品や展示に関わる学芸員は人気の職種の一つですが、実際にはどのような仕事をしているのでしょうか。学科ごとの学びや、社会における学芸員の意義について、学芸員のキャリアを持つ2人の先生に語っていただきました。

対談の様子
対談の様子

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知っているようで知らない? 学芸員の仕事とは

――それぞれ専門が異なるお二人ですが、学芸員としてのキャリアがあるという共通点をお持ちです。まず、一般的に学芸員とはどんな仕事をするのか教えてください

宮本:主要な仕事は、美術館や博物館の展示や展覧会がイメージしやすいかと思います。それ以外には、美術などの美術館博物館に関わることを人々に知らせていく教育普及や、美術や資料の研究。あまり意識されないところだと、美術作品や資料を収集し美術館博物館にどういう作品を収蔵していくべきかを考え実施していくことも仕事です。また、収蔵品をいかに安全に保存していくかも考えます。

文化財保存修復学科の宮本晶朗 准教授
文化財保存修復学科の宮本晶朗 准教授

――美術に関わる多くの内容を含んでいますね。1人で全てを担当するのですか?

宮本:学芸員と呼ばれる職種は細かくいうと、キュレーター (展覧会企画、研究)、レジストラー(作品情報の管理)、ハンドラー(作品を実際に取り扱う)、エデュケーター(教育普及)、ライブラリアン(美術館の蔵書管理)、コンサバター(作品の保存修復)という専門に分かれているのですが、現実的には1人の学芸員が全部やっていることが多いです。海外はともかく、日本ではそれぞれの専門家がいるのは国立の美術館や博物館などごく一部の大きなミュージアムに限られていますね。

――小金沢先生は、世田谷美術館(東京都)と太田市美術館・図書館(群馬県)で勤務されていました。それぞれどのような体制で仕事をされていたのでしょうか

小金沢:世田谷美術館は学芸部の中に企画課、美術課、敎育普及課という3つの課があり、企画課は企画展、美術課は作品・資料の調査、研究、収集と、それらに基づくコレクション展を一年間を通して行なっていました。区民をはじめとする来館者に向けた講演会やワークショップなど、美術館を外に開いていくさまざまなプログラムを行うのが教育普及課です。合わせて10数人の学芸員が勤務してました。太田市美術館・図書館は世田谷美術館と比べると規模が小さかったため、そのような分かれ方はしておらず、基本的に1人の学芸員中心に展覧会とそれに関係する教育普及プログラムを企画していました。こうした学芸員の体制は、美術館が設置される自治体や規模に応じて変わってきます。いずれにせよ、基本となるのは作品・資料の調査、研究、収集であり、それを展覧会や教育普及プログラムの形で「いかに社会、市民に対して働きかけるか」というのが学芸員の仕事です。

文化財保存修復学科の宮本晶朗 准教授
美術科 日本画コースの小金沢智 専任講師

教師との出会いが示してくれた、社会との関わりを広げる学芸員の仕事

――社会教育の面が大きいんですね。そもそもお二人が学芸員になったのはなぜだったのでしょう?

宮本:私の場合は、東京の大学を出てから「文化財の修復をしたい」と思い、本学の学部に入り直しているんですね。最初に入った大学で学芸員課程の授業を履修して資格を取得していたので、学芸員も視野に入れて就職活動をする中で「白鷹町文化交流センターあゆーむ」で学芸員募集があり、就職しました。本学入学時にはまず修復家という仕事が念頭にあったので、興味はあったものの学芸員になるつもりはあまりなかったんです。

ただ、本学の指導教員が修復家でありつつ、宮城県美術館でコンサバター(保存修復)の立場でもあるという方だったんですよ。その先生は美術館の所蔵品の修復をしていることが多く、それを手伝いに行く機会がありました。宮城県美術館以外の美術館にも出向いてバックヤードで作業することもあり、美術館の裏側みたいな部分も見ることができて、大学院修了段階でミュージアムのことも勉強したい、展覧会に関わりたい、と思うようになったというきっかけがあります。

白鷹町文化交流センターあゆーむ 外観
白鷹町文化交流センターあゆーむ 外観
「白鷹町文化交流センターあゆーむ」ギャラリー内展示仏像清掃の様子(同センター在職時の宮本准教授)
「白鷹町文化交流センターあゆーむ」企画展で借用した仏像を清掃している様子(同センター在職時の宮本准教授)

小金沢:ちなみに、高校生の時に学芸員という職種があるのはご存知でした?

宮本:大学1年の時に資格課程の授業をとっていたので知っていたんじゃないですかね。小金沢先生は大学に入ってから知った感じですか?

小金沢:はい、私は大学に入ってから知りました。私は漫画が好きで、それまでは美術館や博物館に行ったこともほぼなく、記憶に残っているのは、漫画家の鳥山明展や、イラストレーターの天野喜孝展に行ったくらいで…。学芸員の存在も知らないで入学していますから、学芸員を目指すのは遅かったですね。私が通っていた明治学院大学文学部芸術学科では、3年から専門を選ぶのですが、そこで日本東洋美術史を専攻して、そのタイミングで学芸員資格課程の授業も始まって、あ、これはすごく面白いなと。つくづく、何も知らないでよく大学に進学したな、と思うんですけど(笑)。

小さな頃から絵を描くのが好きだったのですが、東京で芸術を学ぶってオシャレそう、みたいな軽い理由で進学先を決めて。両親にはさんざん心配されましたが、そこで日本美術史に出会い、というよりも、面白い先生に出会って、こういう学問があるんだ!と思うようになったんです。さらに、私の大学では3年前期から博物館学概論の授業があって、その授業で、いわゆるミュージアムがどのような機能を持った場所で、社会の中でどのようなことが求められていて、これからのミュージアムにあたってはこういうことを考えなければならない、ということを教えていただいたんです。

私は在学当時、大学で芸術を学ぶということに対して、社会とは隔絶されている、狭いイメージを持っていたんですね。これが偏見であることは、今であればわかるんですけれど、「あ、美術史を学ぶということは、社会という広がりの中で考えることができるんだな」と気付く機会になりました。つまり、自分の好奇心が大きな動機でありつつも、ただ自己満足や自分のためではなく、社会との関係性の中から自分が学んでいることを展開することができるのではないかこの授業も、とにかく先生のおっしゃることが面白くて、「学芸員になりたい!」と単純に思いました。

美術館と図書館、ギャラリーとホール。複合施設ならではの多様な企画を実施

――それぞれの施設ではどのような企画をされていたのでしょうか?

宮本:白鷹町にある仏像や陶器、伝統工芸である深山和紙の展覧会など、地域にあるけどあまり知られていない歴史文化を取り上げることに力を入れていました。ギャラリー以外にホールもあるので、クラシック音楽コンサートやコンテンポラリーダンスの企画などもやりましたね。

小金沢:私自身の専門は日本近現代美術史ですが、太田市美術館・図書館も複合施設という大きな特徴があったので、図書館と一緒なのだから本と美術をつなぐ企画も行おうと、美術に限らず、地元の詩人や歌人の調査をしたり、絵本の展覧会も行ったりしていました。大事にしていたのは、地域に積み重ねられてきた文化芸術を紹介するとともに、それらを現代とどのように関係づけることができるかということで、例えば、現在活動している詩人やシンガーソングライターの方にお声がけをして展覧会にご参加いただきました。群馬県太田市では初めての美術館だったので、市民の方に、どうすればわかりやすく、楽しく観ていただけるだろうかと、内容だけではなくタイトルや設え、広報など全体を考えることが多かったです。

太田市美術館・図書館 外観 Photo:Daichi Ano 提供:太⽥市美術館・図書館
太田市美術館・図書館 外観
Photo:Daichi Ano
提供:太⽥市美術館・図書館
本と美術の展覧会vol.2「ことばをながめる、ことばとあるく―詩と歌のある⾵景」(太⽥市美術館・図書館、2018年)展⽰⾵景(「1.詩×グラフィック」:最果タヒ、祖⽗江慎、佐々⽊俊、服部一成) Photo:Atsushi Yoshie 提供:太⽥市美術館・図書館
本と美術の展覧会vol.2「ことばをながめる、ことばとあるく―詩と歌のある⾵景」(太⽥市美術館・図書館、2018年)展⽰⾵景(「1.詩×グラフィック」:最果タヒ、祖⽗江慎、佐々⽊俊、服部一成)
Photo:Atsushi Yoshie
提供:太⽥市美術館・図書館

宮本:複合施設のメリットは、図書館に来たついでに美術作品を見ていこうとか、音楽を聴きにきたついでにギャラリーに寄ってみようとか、そういうことが起こるところですよね。

小金沢:やはりそういうことを期待して、行政は複合施設を設立していると思います。ただ一方で、音楽やコンテンポラリーダンスは、宮本さんが専門で研究されてきた彫刻の保存修復とはまったく違うじゃないですか。ご自身の専門にひもづいた仕事だけではなく、複合的な事業を行うのは、実際にやろうとしても簡単にできるものではないと思うのですが、スムーズにできましたか?

宮本:本来はギャラリーとホール、それぞれに専門家を1名ずつ配置する計画だったんです。ただ、私がホールでの企画に興味があったこともあって結果的に両方の企画をやることになりました。施設の立ち上げのタイミングだったので、地域創造という財団の助成金がついて研修も受けながら割とスムーズにできました。

美術を柔らかく考え、伝え、地域の誇りを育む学芸員に必要なこととは

――学芸員には幅広い知識が必要だということがわかりました。学芸員に向いている人、求められる素養のようなものはありますか?

宮本:複合施設はちょっと特殊ですし、ほとんどの学芸員は創設から携わる経験はしないので、私たちの経験は珍しい部類ですね。ただ、細分化された専門分野だけをやればいいという館は本当に少ないので、いろいろなことができないといけない、というのが学芸員の素養として必要になる部分だと思います。

※宮本准教授は「白鷹町文化交流センターあゆーむ(山形県)」、小金沢専任講師は「太田市美術館・図書館(群馬県)」の立ち上げに携わる

小金沢:例えば、展覧会を作るにあたっては、作家はもちろん、作品を所蔵している美術館や企業、個人の方、さらに輸送、展示、設営、デザインなど、あらゆるプロフェッショナルの方々と一緒に仕事をしていく必要があります。また、特に公立館であれば、地域の人々との関係性の構築や、協働も欠かせません。つまり、対人的なコミュニケーションが得意とは言わないまでも、苦手ではない、ということは大事かなと思います。そして、学芸員の仕事は、専門性はもちろん大事なのですが、自分の持っている専門性をどこまで柔らかく開いていけるか、というところが大きな資質として必要なのではないでしょうか。

宮本:地域や社会との関係の中で、必要なものを見定め作っていくことは学芸員の仕事の中でも非常に重要な部分必ずしも芸術文化に理解があるとは言えない社会で、いかにその必要性を訴えていくか、必要と思ってもらえる工夫をするか、ということは常に考えますね。シビックプライドみたいな。こういう施設を地域に作ってよかったな、こんな歴史文化が地域にあるんだな、というのを知ってもらうのが学芸員にとって重要なことの一つなんです。

※シビックプライド:都市に対する市民の誇り

専門性の高い知識と技術、経験を積むことができる、本学の学び

――本学で学芸員課程を学ぶこと、それぞれの学科での学びはどのような良い点がありますか?

小金沢:例えば、美術科の学生たちは、日本画、洋画、版画、彫刻、工芸、テキスタイル、総合美術…と、各分野の技術や理論を、普段、あくまで自分の作品やプロジェクトのために学んでいると思います。一方、学芸員資格課程を履修すると、そのような自分たちの学びが、ミュージアムという場所を通して社会の中でも求められているということに気づくと思うんですね。実際に、子どもから大人を対象にしたワークショップのプログラムなどで力を発揮している人も、日本画コースの卒業生にいます。

宮本:文化財保存修復学科は、専門性をダイレクトに活かして国立の博物館でコンサバター(保存修復)をしている卒業生がいます。また、コンサバターという超専門的な職務ではなく、一般的な学芸員として働いている卒業生もいます。いずれにしても、作品の保存環境を整える知識を学ぶこと、油絵や掛け軸などの美術品を扱う経験や、現地に赴いて仏像などの調査をする経験は直接的に役立ちます。ただ、日本画コースと比べると展覧会・展示を実際にやった経験が各学生に不足していると思いますね。

文化財保存修復学科 教員と学生で修復に取り組んだ「文教の杜ながい」の石膏像
「文教の杜ながい」の石膏像 文化財保存修復学科学生による修復作業
文化財保存修復研究センターの受託業務として修復している「文教の杜ながい」の石膏像(長沼孝三《東亜進軍》1942年)。
後世に塗られたペンキを剥がす作業などを学生とともに行っている。
今後は、構造の強化やひび割れや穴を埋める作業を行う予定。

小金沢:ああ、確かに。美術科では、作品の制作だけではなく、どのようにその作品を社会に発表するか、という視点を在学中から持ってもらいたいので、学内外での展覧会がカリキュラムに組み込まれてます

宮本:展示設営の経験は学芸員にとって直接的に必要なスキル。予算をかけて専門業者が展示してくれることもありますが、経験のあるなしで指示の出し方や適切さは変わってきますから、友達の手伝いなどでも展示経験ができるのはいいなと思います。

小金沢ゼミ展2023「井戸と窓」(THE LOCAL TUAD ART GALLERY) Photo:Haruko Miura
小金沢ゼミ展2023「井戸と窓」(THE LOCAL TUAD ART GALLERY)
Photo:Haruko Miura
小金沢ゼミ展2023「井戸と窓」 美術科 日本画コース学生の作品展示の様子
小金沢ゼミ展2023「井戸と窓」 美術科 日本画コース学生の作品展示の様子

――学芸員は募集が少なく狭き門とも言われますが、資格取得したとしても実際になれるのでしょうか?

小金沢:先ほども宮本先生からもお話があったように、実は学芸員にはいろいろな仕事があるんですよね。学芸員資格自体、ミュージアム全般に関わる資格ですから、そこには美術館、博物館、文学館、動物園、水族館、植物園…などなど、多岐にわたる分野が含まれています。ですので、前提となっているのは、自分の専門によって働くことができる場所は変わってくるということ。その専門性が乏しいとなるとなかなか難しいものがありますので、まず、基本となる勉強をしっかりすることが大切です。その上で、規模の大小を問わず、自分の学んできたことがどのような場所だと活かすことができるかという視点を持つと、学芸員募集にあたってもより視野がひらけてくるのではないでしょうか。これは質問の答えと合っていませんが、学芸員でなくてもミュージアムに関わる仕事というのも多数あり、市民の立場から関わるということもあります。私は学芸員資格を履修することを通して、必ずしも学芸員という仕事に就かなくても、生涯を通してミュージアムと関わっていくための勉強をしてもらいたいなと思います。ミュージアムは、人がこれまでどのように生きてきて、これからどう生きていくか、ということを考える生涯教育の場ですから。

宮本:学芸員のなり方としては、公立と、財団や民間の施設で異なり、公立の場合は一般的な公務員試験と専門の試験、面接を合格する必要があります。また、自治体に行政職で入ってミュージアムに配属される場合もあり、そこで活躍している卒業生も結構いるんです。異動によって違う仕事をしなければならない点をポジティブに捉え、いろいろな課との連携が取りやすくなれば、結果的にミュージアムのことを多くの人に伝えられたり、環境が整備できたりと、良い状況がつくれます。そういう志向がある人はむしろ専門職より行政職の方がいい場合もあるでしょうね。

学芸員として活躍する本学卒業生

那珂川町馬頭広重美術館・卒業生 山内れい
「展示」と「保存」の両立が、作品そして美術館を守ることにつながる/那珂川町馬頭広重美術館・卒業生 山内れい
 
花巻市博物館・卒業生 髙橋静歩
自分が挑戦してみたい展示の企画を、一から考え作っていける面白さ/花巻市博物館・卒業生 髙橋静歩

好奇心を大切に、将来の自分に生かせる大きな学びを

――では最後に、学芸員資格について興味を持っている高校生へメッセージをお願いします

宮本:修復家を目指す人にとって、学芸員課程は本当に必須の学びということになりますが、資格のために勉強したことは、たとえ修復家や学芸員にならなかったとしてもさまざまな仕事に生かせるはずです。展覧会を作る仕事そのものはなかなかないかもしれないけど、モノをどうやって見せるか、どのようにグルーピングするか、調査のやり方というのは俯瞰で見ればどんな仕事にも必要な場面があります。鑑賞者として展覧会を観に行く際にも、展覧会の仕組みがわかると、それまでとは異なるレベルで理解ができるようになるというのも生涯を通したプラスになるでしょう。

小金沢:私は、「なぜ目指したいか」という動機をぜひ大切にしてもらいたいと思います。それが何なのかによって、学ばないといけないことも変わってきますから。そして、その「なぜ目指したいか」の動機の根本にあるのが、私は「好奇心」だと思うんですね。あることを、知りたい、勉強したいと思うこと。その好奇心を持っていることが、実際の知識や学位、資格より前にある、学芸員のスタート地点のようなものではないでしょうか。その対象は、いわゆる美術じゃなくても、漫画やゲームだっていいかもしれません。ミュージアムが対象としている領域も、今後さらに広がっていくことでしょう。とことん何かを知りたいと思う好奇心と、それを多くの人に伝えたいという気持ち。今、高校生の皆さんが自分の関心を何より大事にして、熟成させていってほしいですね。

対談の様子
 

(文:上林晃子、撮影:法人企画広報課・加藤)

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小金沢 智 専任講師 プロフィール

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