「展示」と「保存」の両立が、作品そして美術館を守ることにつながる/那珂川町馬頭広重美術館・卒業生 山内れい

インタビュー

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嬉しいのは誰よりも近くで作品を見られること

――はじめにこの美術館の特徴について教えてください

それからこの美術館は、新国立競技場を設計した隈研吾さんの出世作でもあって、見ていただくと木のルーバーや天井の雰囲気が似ているのが分かると思います。そういったデザインをし始めたのがこの美術館からで、村野藤吾賞といった大きな建築賞を受賞したことで名前が知られるようになったとご本人にもおっしゃっていただいています。

馬頭広重美術館 山内れいさん お話をされる山内さん
お話をお伺いした山内さん

――こちらでの山内さんのお仕事内容は?

山内:私は学芸員として、またここは町営の美術館なので町の役場職員として、主に展示や作品の調査、収蔵作品の保護などを中心に行っています。他にも環境整備を兼ねて設備のチェックをしたり、また広報の仕事なども担当しています。

2022年の頭には、山形県天童市にある広重美術館さんからも作品をお借りして「浮世絵版画の色とワザ」という展示をさせてもらいました。浮世絵の色材ってこういうものが使われているんだよとか、自分の専門である保存科学と近い内容でやらせてもらって。ただ、浮世絵というのは染料を使ったり植物由来のものを使ったりしているので、光にすごく弱くて退色してしまうんですね。なので、作品保護のために展示期間を1ヶ月に設けさせていただいています。

馬頭広重美術館 山内れいさん 業務中の山内さん

――特に印象に残っている展示はありますか?

山内:2021年に前期・後期に分けて開催した明治期の洋画家、川村清雄さんの展覧会ですね。漆に油絵を描く特殊な作家さんで、関東の美術館からも作品をお借りしたんですけど、借用するとなると保存的な意味でも知識やノウハウが結構必要になるんですね。なので信頼していただけるようファシリティレポートを作ったり、またコロナの影響で前期の期間がまるっと休館になってしまったので、借用館に許可をいただいて作品を期間限定で公開する動画を作ったり。いろいろと試行錯誤しながら新しいことに挑戦させてもらったという面でも印象に残っています。

――このお仕事のどんなところにやりがいを感じていますか?

山内:大学の時はずっと研究を楽しんでいた人間なんですけど、展覧会というのはそういったものを一般のお客様にもお知らせする機会になるので、どうやったらより伝わるかを考えるのはとてもやりがいのあることですね。また、それで反応をいただけた時がやっぱり一番嬉しいです。

ただどこの美術館も悩んでいる点だと思うんですけど、予算というのがどうしてもついて回るので、いかにコストを抑えて良い作品を出すか、そして年に1ヶ月という制約がある中でどう魅力的に展示するかというのがすごく難しいところだなと。だからこそそれがうまくいった時の達成感は半端ないです(笑)。

それから学芸員の特権だと感じるのは、やっぱり作品を生で取り扱えることですね。改めて「浮世絵って素敵だな」とか「この作品好きなんだよな」っていうのを、誰よりも近くで見て感じられるというのはすごく良いなって思います。

――お仕事される中で大切にしていることを教えてください

山内:美術館の活用と、自分の専門である保存。その両立を大事にしていかなくちゃいけないと思っています。ものを保存するってすごくお金がかかるので、その中でどう効率良く、かつ町民の方にも触れてもらえるよう展示していくかっていうのが結構難しいところであり、一番大事なことなのかなと。この美術館は2000年11月にオープンしたんですけど、20年以上経つと建物も老朽化してくるので、虫とか湿度の対策というのもとても重要になるんですね。作品にとっては展示しないというのが一番良いんですけど…、やっぱり展示しているからこそ、町民の方や周りの方々に「この美術館があって良かった」と言ってもらえると思うので、作品の保存場所でもある美術館という場所をしっかり守っていくことが学芸員の責務だと考えています。

馬頭広重美術館 山内れいさん お話をされる山内さん

現場で学んだ、文化財調査に欠かせない大切な心得

――文化財保存修復学科に進もうと思った理由を教えてください

山内:芸工大は、手に職を持った方がいいだろうということで母が見つけてきたんです。その時に修復分野があると知って、親は修復士がいいんじゃないかって思っていたみたいですけど、当の本人は保存科学、研究の方にめちゃくちゃ興味を持って(笑)。保存科学だったら日本美術でも西洋美術でもできそうだし、素材として見るって面白そうだなと思って選びました。

そしてちょうど大学3年に上がる時、研究室も選んでこれからゼミ入って頑張るぞってタイミングで東日本大震災が起こって。そこでカビ(微生物)の被害がとんでもないことになっていると分かり、卒論で被災資料のカビの研究をさせてもらうことにしたんです。ただ、芸工大にある研究センターは調査・分析に特化しているところなので、研究は山形市内の研究機関にも助けていただきながら進めました。「芸工大なんですけど」と言うと助けてくれる方がたくさんいらっしゃって、そういう意味でも芸工大ってすごいなって今でも思いますね。

また大学院時代は、主に文化財の微生物被害について研究していました。山形県白鷹町にある「御沢仏」という文化財の環境整備とその微生物被害の調査を行い、限られた条件下でいかにそういった被害から仏像を守っていけるかをご提案するところまでやらせてもらいました。

――今の仕事に生かされていると感じる当時の学びは?

山内:この学科では調査現場に行くことが多くて、どちらかと言うと座学よりも現場を大事にしていたと思うんですね。それが今の仕事でも生きていて、作品を目の前にしても怖くないなって。作品に対して恐れが多くなってしまうと、手が震えてしまったり手汗をかいてしまったりすることがあるんですけど、その緊張から解かれるまでの時間は比較的短くて済みましたね。それはやっぱり学生のうちから現場でやらせてもらえていたからで、かなり貴重な学びだったなと改めて思います。

また当時私が行っていた現場は、扉を開けると上から虫が落ちてくるといったことも多かったんですけど、その時にびっくりしたり叫んだりしてはいけないということも先生に教えていただきました。「その場所を大事にしている地元の方や所有者の方にとっては、そういう反応一つ一つが心に来るから気を付けてね」と、細かい気遣いの部分まで学べたのは非常に大きかったですね。仕事で町の文化財を調査することもあるので、町民の方に信頼してもらうためにも必要な学びだったなと。虫は決して得意なわけではないんですけどね(笑)。

馬頭広重美術館 山内れいさん お話をされる山内さん

――また思い出に残っている学生生活はありますか?

山内:私は出身が千葉なんですけど、山形に行って気候が全く違うことに驚きました。雪国ってことももちろん驚きでしたけど、実は夏もそれなりに暑い!山形市は猛暑日もあるところだったので、日本ってどこでも一緒ってわけじゃないんだなって改めて実感しました(笑)。

――今後に向けて思い描いていることなどあれば教えてください

山内:2015年からここで学芸員として働いているんですが、やっぱり私が一番興味あるのは保存環境が限られた現場でどう展示・保存していくかなんですね。全国にはここと同じくらい、もしくはもっと小さい規模の美術館がたくさんあるので、そこで働いている学芸員さんや文化財を守っている人たち、所有者の方々にちゃんと役立つ保存の仕方や環境の整え方を研究、発信していけたらいいなって思っています。そのためにも他の美術館・博物館で働かれている学芸員さんとの横のつながりを大切に、これからも情報共有していきたいですね。

――それでは最後に、受験生にメッセージをお願いします

山内:もし美術館や博物館に少しでも興味があるなら、ぜひ高校生のうちに足を運んで、作品を生で感じてほしいなと思います。そして、それを勉強する起点にしてもらえるといいんじゃないかなと。今はスマホやパソコンの画面で簡単に作品を見られる時代ではありますが、やっぱり生でしか得られない体験というのがありますし、あまり興味がなかった授業でも、美術館や博物館に行ったことをきっかけに面白く感じるものも出てくるかもしれませんので。

馬頭広重美術館 山内れいさん 展示室にて、山内さん

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「美術館のあり方というのも時世と共に変わっていて、学芸員が動画で作品を解説するデジタルミュージアムトークをやっているところもあったりします。この美術館でも川村清雄さんの展覧会を機に動画を作成するところまではできたので、今後もそういったところに挑戦していこうかなと思っているところです」と山内さん。コロナ禍による休館などこれまでにない状況が続く中、困難を新しいことに挑戦する機会と捉え、新しい作品の見せ方やより良い保存方法について思いを馳せるその姿は、とても生き生きとしていました。今後の山内さんの研究、そして那珂川町馬頭広重美術館の新たな展開がとても楽しみです。

(撮影:根岸功、取材:渡辺志織、入試広報課・土屋)

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東北芸術工科大学 広報担当
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