高校の授業の必須科目「総合的な学習の時間」は、2022年度より「総合的な探究の時間」として生まれ変わりますが、一部の教育現場ではすでに先行実施されています。山形県は探究型学習の先進地で、本学では2015年より県内の中学校・高校と教育連携し、授業や研究大会などを実施してきました。
教科を越えた学び「探究」は、生徒たちはもちろん、それを教える中学校・高校の先生方にとっても新しい学習様式であり、体得にご苦労されている方も多いようです。
そこで、本学のプロダクトデザイン学科教授で高大接続推進部長の柚木泰彦(ゆのき・やすひこ)先生に、山形県内の高校との探究型学習の取り組み状況についてお話を伺いました。
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――山形県が探究型学習の「先進地」と言われている理由は何ですか?
山形県が主導し、探究を学ぶ「科」と「コース」を創設したことが理由の一つだと思います。山形県教育委員会が、全国の先進校の動向を見渡しながら組織的に探究型学習の導入を検討し始め、2018年に「探究科」を3校、「普通科探究コース」を3校設置しました。
2022年からの「総合的な探究の時間」の全面実施に向け、文部科学省は「高等学校学習指導要領」を2018年に告示しましたが、そうした動きに先駆け、県内では2015年頃から、山形県立山形東高等学校による「山東(やまとう)探究塾」などの取り組みを各校の裁量で実施してきました。
探究型学習のカギは「自身の体験」
――高校の先生方が、この新しい学び「探究」を指導するために必要なことは何でしょうか?
創造的な活動を行う生徒の目線に立った「自身の体験」です。指導的立場にある先生方の中には、探究型学習という新しい学びを経験していない方も多いためです。
――先生方に、どのように「生徒の目線」をご体験いただくのですか?
まずは、教室を創造的な活動を行いやすい空気に変える「クリエイティブ・マインド」を体験いただきます。相手を否定せず、前向きに、失敗を恐れずに発言しやすい環境をつくるためのアイスブレイクです。
具体的には、相手の意見を否定し続ける「No, because」の対話と、相手の意見を受け入れる「Yes, and」の対話とを経験し、それら双方の対話の内容を比較することでアイデアを膨らませるコツを掴むというような方法です。
――アイスブレイクの次のステップは、何ですか?
「身近な課題」に取り組みます。例えば「友人のためのペンケースや財布をつくる」モノのデザイン、「月曜の朝が待ち遠しくなる学校の仕組みを考える」コトのデザインなどです。考えたアイデアを身近な相手に伝え、喜んでもらうことは、探究型学習のベースにある「達成感という感情の経験」につながります。
――課題に対する「当事者感覚」が、教師側にも必要なのですね
教育連携を続けている「東桜学館中学校」の先生からも、「これまでデザイン思考の授業を見ているだけでしたが、担任として実際に自分で授業を行ってみると、さまざまな気付きがありました。体験してみて分かることが多くあります。」と話してくださいました。
「当事者感覚」が育つことで、学校という枠から出て地域のリアルな課題に取り組もうとした際に、生徒がつまずいても乗り越えやすくなりますし、教師側も指導のコツがつかみやすくなります。
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「共に学ぶ」という感覚
――探究型学習では、「教員が教える」「生徒が教わる」という関係ではなく、双方向で「共に学ぶ」姿勢が重要と伺いました
この授業で生徒たちが取り上げるテーマは未知の領域が多分にあるので、先生たちも正解を持っていないことを前提に「クリエイティブ・マインド」を育むことが大切です。
失敗する事も当たり前と捉え、生徒たちと一緒に手を動かしながら未知の答えに向かって学び続けることで、多角的な視点で柔軟に課題を捉える感覚や、解決までの距離感が分かるようになります。
――探究の学習プロセスの中で、先生方が特にご苦労されている事は何ですか?
課題の設定です。良い課題は示唆に富み、その後の創造的な活動を活性化させられる「問い」になるのですが、生徒たちが取り上げるテーマが壮大過ぎたり、逆に結論が見えていたりするなど、課題の設定に苦労されていると聞きます。
――子どもたちの純粋なアイデアを、大人(教員)はどう見守ればよいのでしょうか?
生徒たちが知的好奇心を持ち、試行錯誤を楽しみながら「前のめり」になっている状態を作れるように見守ってほしいと思います。
「Yes, and」の姿勢が定着していないと、「そのアイデアは実現が難しい」などとつい否定してしまいがちですが、アイデアを広げるべき時には生徒たちに任せ、意見を取捨選択・統合するときにアドバイスする、というような見守り方です。
――「実現可能なアイデアに引き寄せる」醍醐味が、この学びの中にはありそうですね
例えば、「どうすれば毎日通いたくなる図書館を創り出せるか?」という問いに対して、「ドラえもんがアンキパン(暗記パン)を出してくれる図書館」というアイデアが出たとします。このままだとただの空想ですが、「図書館の併設カフェで記憶力が高まる日替わりランチを提供する」というアイデアに変換すれば実現可能なアイデアになります。
実現までのアイデアを1人で発想するには限界があるかもしれませんが、グループワークにより複数の視点で考えると新たに気付いたりします。実際に、「みんなで考える協働活動にこそ学びがありました」という授業の振り返りも数多くいただいています。
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「デザイン思考」へシフトする教育現場
――昨年で4回目の開催となった「探究型学習研究大会」ですが、この大会はどのような目的でスタートしましたか?
これからの教育現場で取り組まれる「探究」は、芸工大でも積極的に取り入れている「デザイン思考」と教科横断的な視点で多くの共通点を持ち、親和性が高いと言えます。そこで芸工大では、探究に関心を持つ先生たちの研修の場、体験的な学びの場として2015年より、「探究型学習研究大会」の前身となる「探究型学習・デザイン思考に関わる研究会」を立ち上げていました。
デザインというと、色や形を美しく整える手段と捉える見方をされたりしますが、本質的には、問題を解決するための総合的な計画という意味があります。デザインは、さまざまに異なる領域と連携し社会課題を解決する学問です。
研究会を立ち上げた当初から、工業高校のデザイン科、普通科の美術の先生をはじめ、農業や商業などの多様な専門科の先生、国語や数学などの教科を担当する先生たちも、探究とデザイン思考の接点に関心を持って参加くださっていました。
現在の研究大会も、中高の先生たちを中心に、県内だけではなく、今や「全国規模」の研修および意見交換の場として機能しています。
――ここ数年、県内の中学、高校との教育連携をしてこられた中で「デザイン思考」の受け入れられ方に変化はありましたか?
ここ数年の地道な活動を通して、文系・理系それぞれに、デザイン思考活用の仕方が浸透しつつあると感じています。そして、人々や地域の潜在的な課題を見出したり、分野を超えて協働し、解決のアイデアを導くために、デザイン思考を学ぶニーズがさらに高まっていることを実感します。
――生徒たちに意識の変化はありましたか?
5年前より本学と教育連携を続けている「東桜学館中学校」の生徒たちが、私たちのデザイン思考演習を体験した後に「Yes, and」の姿勢が大切なことをクラスの目標の一つに掲げてくれていたことがとても嬉しい変化でした。
どんな意見でも受け入れてもらえる安心かつ創造的な雰囲気が作られ、自分から発言することをためらわなくなっているようです。
――生徒と先生が「デザイン思考」を共有できると、どんな成果が見えてきますか?
課題に直面しても解決までの見通しが立ちやすくなり、「今どの段階にいるのか」を生徒と先生の双方が把握しやすくなります。生徒自らが立てたテーマの中で壁にぶつかっても、解決への見通しを持ちながら進められるようになると思います。
――最後に、今後の芸工大としての役割を教えてください
最終的には、生徒と先生たちで探究型学習を自走できるよう支えていくことが本学の役割だと考えています。
ある高校の先生から、「教科書に掲載されていないことをいかに勉強するかというときに有効だと思い、芸工大にお願いしました」というご意見をいただきました。この言葉には、生徒たちの探究活動に伴走するため、新しい学びに挑戦しようとされている意思を感じます。
そうした先生たちの思いに対して、芸工大が発信するデザイン思考の講座や創造性教育が縁の下の力持ち的存在となっていればうれしい限りです。
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取材に伺った日は、ちょうど山形県立山形東高等学校の1年生たちが「探究活動のためのデザイン思考実践」の授業を受けている日でした。会場にはアイデアが出やすいように、カラフルな色紙も用意。「ドラえもんのアンキパン」的な生徒たちの伸びやかな発想力を、どのように引き出し、実現可能なアイデアへと導くのか。プロダクトデザイン学科の柚木先生をはじめとする本学教員たちのさらなる検証と実践が続きます。
(取材:企画広報課・樋口)
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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