ドキュメント "ひじおりの灯 2008"

text=宮本武典 photo=JEYONE

1. Art Projects

2008年版「ひじおりの灯」の設置と点灯

 今年の『ひじおりの灯』は、昨年よりも8基多く、温泉街に点在する21軒の温泉旅館に加えて7つの商店と共同浴場に設置された。また、合計31基分の灯籠絵は、東北芸術工科大学大学院洋画・日本画コース有志と卒業生が、昨年同様、6月に肘折地区で合宿をおこなって画題を探し、岩彩、アクリル、銅版画やシルクスクリーンなど、多彩な技法を用いて制作した。
 東北芸術工科大学の学生たちは全国から芸術を学びに山形に集まっているが、アトリエで制作する日々の中で、東北固有の精神文化や風土を意識することはむしろ少ない。「山形だからこそ可能な教育の特色」を考えたとき、「肘折」の小規模ながら起伏に富んだ地形、厳しくも美しい自然環境、濃密な民俗学的世界、温泉街を営む人々のオープンな気質は、「東北」の学びのフィールドとして理想的であった。
 事前に開催された研究会では、森繁哉教授や赤坂憲雄東北文化研究センター所長らが、1200余年の歴史を持つ湯治場・肘折温泉の歴史や民俗、自然環境などについてのレクチャーがおこなわれた。また、現地では灯籠絵のモチーフの収集とともに、地域の人々への「聞き書き」調査を取材のプロセスに盛り込むなど、本企画は、民俗学と絵画制作を融合させたスタディー・ツアーとしても実験的かつ充実した試みとなった。
 温泉街を訪れた学生らは、それぞれ旅館に分宿し、受け入れ先の宿のご主人やお女将さんと相談しながら灯籠の図案を決め、完成した灯籠は各々が宿泊したその旅館の軒先に設置された。点灯期間中、夜の温泉街には浴衣姿で灯籠鑑賞に巡り歩く人々が絶えることなかった。
 また、2007年に描かれた灯籠絵は木枠から外し、新たに額装しなおして旧郵便局舎(※期間中は「gallery ひじおりの灯」として開放)に常設で展示された。毎年の張り替えによって地区に収められる灯籠絵により、肘折温泉の「美術館化」が緩やかに進んでいくことになる。

灯籠絵鑑賞会[ひじおりの灯]

  • 点灯期間=2008年7月13日[日]8月20日[水](18:3020:00)
  • 会場=肘折温泉地区(温泉街通り)
  • 参加アーティスト=東北芸術工科大学学生・大学院生:大塚麻美/加藤彩子/古木美智子/松山隼/須藤光和/三浦弘恵/栢谷めぐみ/林こずえ/岩本陽子/海老名麻末/柴野緑/竹下修司/土井沙織/針生卓治/松浦翼/菊地渉/鈴木邦之/須藤詩織/田中敦子/戸村歩/斉藤修/*佐藤賀奈子/*立花泰香/太田代菜穂/尾崎万里奈/竹田奈那/羽賀文佳(*=代表)
  • 洋画コース卒業生有志:佐藤真衣/佐藤妙子/後藤拓朗
  • 特別出品:若月公平(版画家・東北芸術工科大学教授)
  • 灯籠制作=竹内昌義(デザイン)/庄内木工技術研究会(組子制作・表具)/下山基行(鍛造金具)/三浦一之(月山和紙)

丸屋旅館の軒先で点灯する戸村歩(大学院洋画領域1年)の灯籠絵。肘折の開湯伝説を絵物語風に描いた。

関連URL=DIARY:今年もまた、肘折へ|「ひじおりの灯 2008」が賑々しく点灯中

共同浴場“上の湯”に「肘折媒染」を設置

 2007年度に建築・環境デザイン学科の竹内昌義研究室がファザード部分のリニューアル・デザインを手がけた共同浴場「上の湯」の内壁に、テキスタイル学科学生による壁画およびオブジェが設置された。
 内壁の装飾では地元の手漉き和紙・月山和紙を使用した。西川町で紙漉きをおこなっている三浦一之氏の協力のもと、肘折地区の温泉で媒染した生糸や、採取した植物などを和紙に漉きあわせたものを貼り込んだ。また、タモ材の枠に糸をはり巡らし、紙の繊維が溶解した「舟」に浸した紙の「オブジェ」を、壁紙の上にランダムに配置した。
 肘折の温泉水が含有する酸化鉄の色彩や、肘折特有の植生、地下の分水パイプを流れる湯のイメージを造形化した作品『肘折媒染』は、今後、約2年間隔でテキスタイル学科生による張り替えがおこなわれる予定である。伸縮性があり水に強い和紙を上から張り重ねていくことによって、歴史ある湯治場に相応しい風合い加えられていく。
 なお、『肘折媒染』に制作に伴い、同テキスタイル学科院生の加藤みな美によるオ藍染めの縄暖簾と、プロダクトデザイン学科院生の築地敦司デザイン・制作による木製の椅子もあわせて設置された。椅子には狭い通路に設置・収納されるためスタッキングが可能で、さらに座る人にあわせて座高を調節できるなど、使用状況に配慮した機能的デザインが施された。

[肘折媒染(ひじおりばいせん)]

  • 公開期間=2008年7月より恒久設置
  • 設置場所=共同浴場「上の湯」ファサード内壁
  • 壁画制作=加納里美/坂内まゆ子/佐々木周平/二階堂恵/平田真 理江/平塚太一郎/藤本紗世/松田かや(工芸コーステキスタイル専攻4年)
  • 暖簾制作=加藤みな美(大学院工芸領域1年)
  • 椅子制作=築地敦司(大学院プロダクトデザイン領域1年)
  • 制作指導=辻けい/山崎和樹/柳田哲雄
  • 紙漉指導=三浦一之

『肘折媒染』設置終了直後の共同浴場「上の湯」。

関連URL=DIARY:初夏の肘折で感じたこと+「肘折媒染」の設置

2. Talk Event

トークリレー「肘折絵語り・夜語り」を夜の温泉街で開催

 7月13日に毎年開催されている肘折温泉の「開湯祭」の翌・14日夜に、31基の灯籠絵制作者全員が肘折を再訪、自作の灯籠の灯りの下で作品解説をおこなうトークイベント『肘折絵語り・夜語り』がおこなわれた。
 共同浴場・上の湯からスタートした「夜語り」は、温泉街を約90名の聴衆とともにゆっくりと移動し、日が暮れるにつれて幻想的に浮かびあがる灯籠の光のなか、夕方6時から夜21時まで、休憩を挟みつつ3時間にわたって続けられた。
 温泉街にずらりと並んだ灯籠『ひじおりの灯』は、肘折の街並みや動植物、温泉客、浴衣の柄、周辺の景観や、民話や地蔵といった具体的なモチーフを描いたものだけでなく、湯を中心に脈々と受け継がれてきた人々の「絆」や、縦横無尽に街中を流れる水路の「音」を抽象的に表現した作品もあった。
 一つひとつの灯籠を囲む観客の輪は、最後まで途切れることがなく、浴衣姿の湯治客はもちろんのこと、特に旅館や商店の人々など地域住民の関心は高く、趣向を凝らした灯籠絵にたくさん質問が寄せられた。灯籠の解説を通して語られる、学生たちの「肘折観」は、永きにわたって肘折の地に暮らしてきた人々に、新鮮かつ好意的に受けとめられたようだ。トーク終了後から盆送りが終わる8月20日まで、31基の灯籠『ひじおりの灯』の点灯とその管理は、温泉街に連なる家々に委ねられた。

[肘折絵語り・夜語り]

  • 開催日時=2008年7月14日[月]18:0021:00
  • 会場=肘折温泉街(18:00に「上の湯」を出発)
  • 鑑賞順路=「上の湯」→「葉山館」方面→旧肘折郵便局舎(小休止)→「元河原湯」方面

共同浴場「上の湯」に設置された自作の灯籠について解説する若月公平教授。肘折温泉の御本尊である地蔵菩薩像や、地蔵講の大数珠、杉林などが灯籠の8面に描かれた。

関連URL=DIARY:「ひじおりの灯 2008」が賑々しく点灯中

3. Cafe Gallery & Bar

ギャラリー&バーと移動カフェが期間限定オープン

 肘折温泉街の夜ははやい。商店はみな毎朝5時に開く朝市のために極端に朝方の営業体制をとっている。そのため夜に点灯する『ひじおりの灯』の時間帯にあわせて、温泉街の中心にある旧郵便局舎が、灯籠鑑賞の起点として開放された。
 木造の旧郵便局舎には、2007年度の『ひじおりの灯』で披露された灯籠絵が展示され、さらにオープニング・イベント時は、竹内昌義研究室ゼミ生による3日間限定のBarとして営業した。往時は郵便窓口として使用されていた木製のカウンターはBarの立ち飲み用テーブルとなり、スタッフや地区の人々、「開湯祭」や「夜語り」に集まった多くの湯治客が間々に立ち寄り、味わい深い局舎の内部を照らす控えめな照明のもと、夜遅くまで親交を深めた。
 局舎はこれまでも地区のお年寄りによる「昔語り」やジャズコンサート、古写真の展示などが不定期でおこなわれていたが、ガラスの間仕切りと郵便窓口を、「Bar」のカウンターに見立てた若者たちの斬新な発想が、普段はひっそりとしている肘折の夜に開放的な賑わいをもたらし、宿泊客や地元の人々が区別なく集い交流する場としての新たな活用方法をアピールした。
 また、局舎前のスペースでは、水戸市を中心に活動しているアーティスト・渡辺秀明氏の『出張お茶サービス社』が、軽ワゴンの内部をカフェの厨房に改造した移動店舗を設置した。渡辺氏が産地を自ら訪れて仕入れるという中国茶の他、様々なハーブを体調にあわせて調合してくれるオリジナルブレンドのハーブティーが、肘折の湯の癒しの効果と絶妙なマッチングとなり、「飲む湯治」として好評を博した。

[gallery ひじおりの灯]

  • 開廊期間=2008年7月13日[日]8月20日[水]9:0021:00
  • ※土・日・祝日は常時オープン。平日は鑑賞台帳に名前を記入の上、「カネヤマ商店」か「お茶道楽ワゴン」で旧肘折郵便局舎の鍵を借りて鑑賞する。8月24日[日]〜11月3日[月]までは日・祭日のみ限定でオープン。
  • 会場=旧肘折郵便局舎内
    会場設計=亀岡真彦(大学院建築テサイン領域1年)

[Bar 郵便局]

  • オープン期間=2008年7月12日[土]14日[月]18:0022:00
  • 企画・運営=建築・環境デザイン学科 竹内昌義研究室

[お茶道楽]

  • 滞在期間=2008年7月13日[日]7月下旬頃まで営業
  • 営業場所=旧肘折郵便局舎前
  • 店舗管理=渡辺秀明(出張お茶サービス社)

4. Workshops

番場三雄准教授による一般対象のスケッチ旅行

 農作業の疲れを癒すため、農閑期にゆっくり(2週間ほど)湯につかっていた「湯治」のスタイルは、時代の変化により急激にニーズが減りつつある。湯治のリズムによって長い時間をかけて形成されてきた肘折地区は、(長くて2泊3日の)観光型の温泉旅行に対応するため、ホテル型の客室数を増やすなどの努力もおこなっている。しかしその一方で、古くからの伝統である湯治の形態を守っていくために、温泉客の長期逗留を促す新たな誘客プログラム(現代版湯治)の創出が急務であった。
 こうした状況を踏まえて、『ひじおりの灯』の点灯期間中に、温泉に逗留しながら東北特有の自然や民俗文化に触れ、それぞれの創作の時を楽しむ参加型プログラムを地区と共同で試みることになった。
 山形在住の日本画家・番場三雄准教授の引率による1泊2日のスケッチ旅行は、東北芸術工科大学の社会人講座(エクステンション事業)として一般から参加者を募り、山形県内から壮年層を中心に21名が参加した。受講者は、番場准教授からはスケッチの心得を、また地元のガイドからは肘折周辺の自然や史跡に関する解説を聞きながら温泉街を散策した後、めいめいポイントに分かれて、持参したスケッチ道具で写生に取り組んだ。また、日が暮れてからは、すでに温泉街に設置されていた灯籠や、地区のお祭り(開湯祭)、旧郵便局舎のBarなどで肘折温泉の夜を楽しんだ。
 このように、肘折に残っている湯治文化や、地元の人々との気取らない交流の魅力を、東北芸術工科大学のクリエイターたちの視点で掘り起こしてデザインし、発信していけば、身体の癒しだけではなく「地域文化を楽しみ、芸術や文学などの創作を楽しむ場」として肘折温泉が認知され、『ひじおりの灯』の継続が具体的な誘客効果を地域にもたらし、さらに発展的に展開していくだろう。
 スケッチ・ツアーの試みは、『ひじおりの灯』の点灯終了後も、9月末に引き続き開講が予定されており、また温泉街が最大の繁忙期を迎える秋には、旧郵便局舎のギャラリーで番場三雄准教授による素描展(10/1→11/7)も開催される。

[番場三雄の肘折スケッチ旅行]

  • 開講日=2008年7月13日[日]14日[月]
  • 会場=肘折温泉
       ※2〜3人部屋で分宿
  • 交通=東北芸術工科大学から送迎バスを利用または現地集合
  • 対象=スケッチ初心者から経験者まで丁寧に指導します
  • 定員=30名(先着順)
  • 講師=番場三雄(東北芸術工科大学准教授)他、日本画コース卒業生

番場三雄|Mitsuo Banba(写真手前)
1953年新潟県生まれ。東北芸術工科大学美術科日本画コース准教授。日本画家。院展、龍生会展、旅人会展などで活動する。1999年に山形松坂屋で個展を開催。2007年にはチベットに生息する牛の仲間ヤクを描いた「風の道」で日本美術院賞大観賞を受賞。主な受賞作品に「峠」(秋季院展奨励賞)、「祈り」「寧児」(春の院展奨励賞)など

肘折の子どもたちによる流し灯籠制作“肘折のふるさと灯ろう”

 大蔵村内に点在する5つの学区のうち、「赤松」と「南山」にある小中学校はすでに少子化によって閉校となり、「沼の台」と「肘折」も、今年度でその長い歴史に幕を閉じる。今後、この4つの学区は、役場のある清水地区の学校に統合される。
 学校は、地域にとってコミュニティーの中核的存在である。とりわけ秋と冬におこなわれる運動会は村をあげての一大イベントであり、児童・生徒だけでなく、地区内のあらゆる世代が競技に参加する。実質的にOBの集まりであるPTAや青年団は、こうしたイベントの運営を教員と連携して主体的におこなっているだけでなく、日頃から地区全体でこどもたちを育て、見守っていこうという意識が強い。それだけに、「閉校」の決定は地域にとって極めて重大な出来事である。
 学校が統合され、児童・生徒が地域から離れた場所で教育を受けるようになると、これまでは教育プロセスのなかでごく自然に、かつ必然的に付与されていた「地域性」は希薄化していくと予想されている。地域固有の歴史や文化は、地域の共同体がこれまでより意識的に伝承の場や機会をつくることで、次代に伝えていかなければならない。
 折しも、肘折小中学校の閉校決定と時期を同じくしてはじまった『ひじおりの灯』は、地域の活性化を目的としたアート・イベントであると同時に、制作プログラムに参加する学生たちの地域学習の機会でもある。2回目となった今年は、『ひじおりの灯』の体験型教育プログラムとして、肘折小中学校の児童・生徒(参加者は24名)を対象に灯籠づくりのワークショップを開講した。
 ワークショップは、テーマを「肘折小中学校の思い出」とし、地区の人々への「思い出の調査」を交えながら、彩色木版画の技法で進められた。児童・生徒の活動を指導や支援には、教員ではなく造形教育を専門に学ぶ大学院生があたり、参加者と指導者の双方にとっての学習の機会とした。
 完成した『肘折小中学校の思い出灯ろう』は、8月17日[日]に肘折地区で毎年執り行われている精霊流しの夜に、銅山川の川縁で披露され、子どもたちが木版画で表現した「肘小」の図版と、そこに寄せ書きされた地区の人々の学校の思い出が盆送りの夜を照らした。

[肘折のふるさと灯ろう]

  • 開講日=2008年8月3日[日]10:0017:00
  • 精霊流し=2008年8月17日[日]19:00〜
  • ワークショップ会場=肘折センター(「上の湯」2階)
  • 対象=肘折地区のこどもたち(小学生・中学生)※見学自由
  • 講師=林こずえ(大学院こども芸術教育研究領域2年)
  • アシスタント=佐藤賀奈子(大学院版画領域1年)

関連URL=DIARY=もうひとつの「ひじおりの灯 」ワークショップの報告

5. Publishing

古き良き湯治場を偲ぶ、「復刻絵葉書」の発行

 今年度から『ひじおりの灯』が温泉街の各商店に設置されるにあたって、「肘折らしい新たな土産物の開発を」という声があがった。そこで、東北芸術工科大学の民俗・考古・歴史研究機関である東北文化研究センターが収集・公開している膨大な絵葉書データベースを参照し、昭和初期に販売された肘折温泉の絵葉書と、いでゆ館が保管している古写真の一部を、「復刻絵葉書」として再生・販売することになった。
 地蔵倉、石抱温泉、共同浴場上の湯などを撮影した白黒写真が、古色を帯びたまま温泉街の6枚組の絵葉書セットに収められ、撮影場所を示す地図に実際に立ってみれば温泉街の変遷を伺い知ることができる。

[肘折温泉復刻絵葉書]

  • 販売=肘折温泉商店組合
  • 企画監修=赤坂憲雄
  • デザイン=鈴木敏志(JEYONE)
  • 写真協力=東北文化研究センター/肘折地区・肘折温泉郷振興株式会社

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