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盛岡:チルアウトシティ

編集・テキスト 佐藤美風

山形県出身。企画構想学科地域デザインコース所属。

写真 望月孝

写真家。1967年東京生まれ。多摩美術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
2013年に BIFE pictures を設立。2022年には東北芸術工科大学の教授に就任。広告を中心に多分野で活動。

ニューヨークタイムズ紙が2023年1月に発表した「52 Places to Go in 2023 (2023年に訪れるべき52の場所)」にて、岩手県盛岡市がイギリスのロンドンに次いで2番目に紹介されたニュースから早3年。

しかし、盛岡の魅力は大都市や典型的観光地とは異なるものがある。

盛岡から発信される「小さな波」の魅力を現地を訪れ、さまざまなクリエイターとの対話を通して探ってみた。

撮影場所は「盛岡という星で BASE STATION」(岩手県盛岡市菜園1-8-15 パルクアベニュー・カワトクcube-ⅡB1F)。盛岡に関わる人々の交流拠点となっている。

盛岡という
エスケープゾーン

ホームシックデザイン

清水真介

合同会社ホームシックデザインは、盛岡市を拠点とするクリエイティブ事務所。中でも関係人口に着目した「盛岡という星で」プロジェクトでは、フォトエッセイやデザインを通して、いわゆる「無意識に見落としていた景色」を切り取り、発信している。

代表を務める清水さんは 1982 年岩手県一関市生まれ。岩手大学大学院在籍の頃から homesickdesignの屋号でフリーランスで活動。2010年に正式にデザイン会社を立ち上げた。そんな清水さんは盛岡をどのような場所だと考えているのか。「小さな波が緩やかに続くような」という表現を使い、こう続けた。

「まとめることができないような、小さくて、1 個だけだとなんでもないような魅力、その数の多さと多様性みたいなものがあるのかもしれないと思いました。それこそ景色や橋だけでもいいし、小さなお店やセレクトショップ、レコードショップや飲食店も多い。音楽をやっている人、創作活動をしている人、文学が好きな人も街づくりが好きな人もいる。1 個取り上げてもなかなか大きく伝わらないようなものが集積しているから、小さな波になり、そういった印象を作っているのかもしれないと思いました」

取材をおこなった場所から 10 分以内のところにも、お気に入りの喫茶店が 7、8 軒あるんだそう。「みんなそれぞれ 7、8 軒ぐらい持っています。この人とはここに行こうとか、この本を読みたいんだったらあそこに行こうとか ...」と笑顔。そして「自分の中で波を作れるんです」と続けた。「小さい街だけれど多様なコンテンツがあるので、人生の状況や気分によってセレクトしやすいのかなと思います」

ここで疑問がひとつ。小さな魅力がこんなに集まる街なのに、私はどうして盛岡で寂しさを感じたのか。その疑問に答えるかのように、清水さんはこんなエピソードを挙げた。「私は遠くから盛岡に来る人に、頑張るためではなく、自分に戻ったり逃げたりするための、東北のエスケープゾーンのようなイメージでお誘いする時があります」つまり気持ちを高揚させることが目的にはならない、と語る。

確かに私も盛岡で、歩く時、バスを待つ時、喫茶店でコーヒーを飲む時など、ふとした時に何かを考えていた。答えのないことも、今どんな気持ちかということも_。この気持ちは寂しさというよりも、自分の心に向き合うような「落ち着き」に近かったのかもしれない。
準備をしなくても、自分の気持ちに委ねて行き先や過ごし方を選ぶことができる。盛岡は外から足を運ぶ人の心にも、小さくて緩やかな波を起こしてくれる。

盛岡の魅力を
言葉にする

盛岡を世界に推薦したクレイグ・モド氏と、新しい書店のモデルとして先駆けるBOOKNERD の早坂大輔氏に、盛岡の魅力を言葉にしてもらった。盛岡ではなぜ「落ち着いた変化」が起こるのか。その理由を求め、話を聞いた。

写真家・作家
歩いて旅をする人

クレイグ・モド

1980年、アメリカ・コネチカット州生まれ。2000年より日本在住。2023年に「The New York Times」紙の「2023年に訪れるべき52の場所」に岩手県盛岡市を推薦した。

写真は BOOKNERD の外にて。盛岡との出会いは偶然だったと話すモドさん。時が流れた今も、盛岡に対する期待を持ち続けている。

盛岡の「健康な街」の魅力

モドさんは作家と写真家の他に「歩いて旅をする人」という肩書きを持つ。日本の様々な場所を自らの足で歩き、写真に収め、会話を通して見つめてきた。そんなモドさんは、街には健康と不健康があり、注目すべき点は「街並み」と「人」だと語る。健康な街だと認識している盛岡は、そのふたつが良いバランスで保たれていると評価する。 人が多すぎることは、街の不健康に繋がる場合もあると言う。「目的を取ることがその街の健康さを奪っていく。例えば、最近では人が殺到している観光地でも、少し前までは優しく参加しようとしていた人が多かったはず。しかし現在は、まるでその場所をわがままに食べてしまうような人が多い」ニューヨークタイムズ紙に盛岡を推薦した後、不健康な街に変わってしまうのではという心配もあったそうだ。しかし実際の推薦後の観光客についてモドさんは、「盛岡を尊敬した上で、自分の目で見たいと思っている。そういう観光客は街の健康のプラスになると思う」と評価する。

日本各地でオーバーツーリズムが問題となる中、盛岡は世界に注目された後も過ごしやすさを保ち続けている。そこにあるのは昔ながらの風景と市民の暮らし。集まるのは欲望を発散する人ではなく、日常にリスペクトを持ち、貴重な時間の中で、まるで市民として暮らしているような体験を望む人。やはりモドさんの言葉通り、人の優しさが健康な街を作っている。

ブックナードという盛岡のハブ

BOOKNERD

早坂大輔

1975年生まれ。サラリーマンを経て、2017 年に新刊・古書店「BOOKNERD」(岩手県盛岡市内丸 16-16 大手先ビル1F)を開業。

写真のように BOOKNERD の店内には、早坂さんが選び抜いた本が並ぶ。まだ見ぬ世界との出会いを求め、訪れた人はじっくりと店内をまわる。

店内に入ると、まるで読書が好きな知り合いの書斎をのぞくように、初めて見る本の数々に心が弾む。BOOKNERDは書店の他に出版にも携わり、「わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版」(くどうれいん、2018年)の出版は、彼女の才能を世に伝えるきっかけとなった。開店する場所に盛岡を選んだ理由について、「ひとりが連続して街を周遊するみたいなことが起こりそうだなと思ったんです」と早坂さんは語る。

さらに盛岡に対して寂しさに近い印象を感じ取っていて、著作「ぼくにはこれしかなかった。」(2021年、株式会社木楽舎)にも綴っている。「僕は、風情という風に受け取ったんですね」風情という言葉は綺麗な意味だけではない。「意味をたどっていくと、風情とは何か物が朽ちていく様や朽ちていく前の状態の、移ろっていくものの瞬間を捉えた様なんですよ」盛岡は歴史を感じる街並みが残る一方、現代的な景色に変わりつつあると早坂さんは捉える。「街は近代化を目指そうとしているけれど、反するように古い建造物も残っていて、今ギリギリ混在している状態、移ろっていく前の寂しさ、それを含めて風情があると思ったんです」

懐かしさが残ることも、便利になることも、単なる街の移ろいにすぎない。変化に身を任せながら、自分たちのペースで時間が流れる。そんな盛岡で本を開けば、人生もそんなものなのかと受け入れられそうだ。

旅先を故郷と呼べる時

クレイグ・モド トークイベント

NEW TRIP, NEW HOME
僕らの新しい旅先、
私たちの故郷

モドさんがBOOKNERDから「KISSA BY KISSA 路上と喫茶ー僕が日本を歩いて旅する理由」を刊行して1年。これを記念して2025年11月29日に著者のモドさんと、翻訳を担当した今井栄一さんによるトークイベントがBOOKNERDで開催された。テーマは「旅先と故郷」。旅先に選んだ場所が大好きになったとしても、そこに住むかと問われると戸惑う人は多いはず。2人が紐解く、好きな旅先と新しい故郷の距離感とは。

今井栄一

フリーランス・ライター & エディター。国内外を旅し、執筆、撮影、編集、 企画立案、番組制作などを行う。

これまで様々な旅先と向き合ってきた2 人。同じ場所の話題でも印象や見方が異なることも。じっくりと見解を広げていた。

アメリカでは新しい仕事のためにそこに行くという感じがあるのかもしれない、という話題に。日本よりも移動が頻繁なのか?についてモドさんは「より良く快適に生活できる場所をずっと探しに行っているんだと思う」と答える。さらに「でも日本も変わってきていると思う」と続けた。日本の場合、街が小さくなって仕事が無くなることで、都会に逃げる人が増えた印象を受けるそうだ。その後、盛岡の話題になった。「盛岡は、人が集まってきて、新しい人たちにとって、そこが家になるような場所としてのパワー、魅力を持っていると思う?」と今井さんが問いかけると、モドさんは迷うことなく「全然あると思う。僕も盛岡に住みなさいって言われたら、あ、いいよ!と言える。全然想像できる。盛岡に住んでいる人生」と答えた。トークは終了時間を忘れてしまう程続いた。これまで旅した場所の話、住んでもいいと思える街の話など。まるで日本中、世界中の街を覗きながら旅をしている気分になった。

チルアウトな盛岡の先に待つのは寂しさではなく、これからの私たちの生き方と地方の未来の姿だった。小さくなること、少なくなること、静かになることを焦らない。動きながら、変わりながら、時間に任せることも悪くない。心地よいと思えることを、ひとりでも、大切な人と一緒でも、まっすぐに向き合う喜びを思い出すことができたのなら。これまで出会えなかった、新しい過ごし方を見出すことができるのかもしれない。

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