狩猟芸術
東北地方は狩猟とアートが出会う場所。
自ら狩猟する注目のアーティストと、狩猟を文化として伝えていく人々の活動を追った
写真 / テキスト / 編集:黒沢 凜
野生動物の絵を描くなら、きちんと知ってから描きたい。そう考えて、私は2025年の11月に大学の先輩に誘われて、狩猟免許を取得した。実家が山に近い分、熊などが身近な存在だったこと、また何より自然に関わることが好きだったので、私は狩猟の分野に足を踏み入れた。
そうすると、狩猟をしながらアート活動をするアーティストの存在も知り、また狩猟を文化として継承しようとしている人々にも出会えた。
彼らの活動を総称すると「狩猟芸術」と言えるのではないか。これは現在の東北の狩猟芸術の報告だ。
画家
永沢碧衣
受賞歴
秋田県美術展覧会 デザイン部門 特賞 2012
第2回アートイマジン芸術小品展 入選・入賞者展覧 2014
第21回アートムーブコンクール 入選 イロドリ賞 2016
秋田公立美術大学卒業制作展 理事長賞 2018
VOCA展 2023 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─VOCA 賞 2023
第9回東山魁夷記念日経日本画大賞 入選 2024
秋田県芸術選奨 芸術部門受賞
狩猟と創作が交差する
場所で自然にお返しする
自らが狩猟・有害駆除事業を行い、解体した熊や鹿や猪などから膠を抽出するなど山と向き合いながら制作をするアーティストがいる。画家・永沢碧衣さんがその人だ。
1994年秋田県横手市で育った永沢さんは、山の大自然の環境で育った背景もあり、秋田公立美術大学在籍時は大自然の中でフィールドワークを行っていた。そのフィールドワークを通して、学び合いながら知りあいが増えていったという。
永沢さんは東北の狩猟文化に関わり、自らも狩猟免許を取得する。狩猟者としての経験を重ねていくことで、出会う種々のものとの関係性を記録・表現した絵画作品を制作しするようになる。
現在も日々、山と向き合いながらフィールドワークを重ね、生命の根源や循環、記憶の痕跡を(cid:7735)る旅を続けている。
採れた肉や山菜を全て平等に仲間に配り、それは猟にその時行かなかった人にも配られる。さらには狩猟に行かなかった時にもらった人は、次の自分の時に渡そうと、お返しの気持ちになるという考え方もあるという。永沢さんは自分なりの方法で大自然にお返しできることは何かと考えた時に、絵画で表現して伝えることができると考えた。
永沢さんは狩猟を通じて、仲間同士で経験を踏まえて、より狩猟の奥深さを知っていくことになる。彼女は大自然の本質にどんどん近づいていく感覚が面白く、毎回の気づきの新鮮さが、狩猟と創作が交差するのが面白さだと感じている。
――永沢さんが狩猟の道に行こうと思ったきっかけはなんですか?
「海から山の川に帰ってくる(cid:7722)上魚を主にフィーチャーして取材していたところ、秋田県 北の地域に訪れる機会がありました。そこで偶然釣り人の取材で訪れた宿が、マタギの方が営む松橋旅館でした。そこに泊まらせていただきながらマタギの人を紹介していただいて、山に入ったこと、それまでは釣りはやっていたんですけど、狩猟の猟期に山に入ることが初めてで、そういったものがきっかけで始めました」
――永沢さんは動物の題材を自分の作品に組み入れていますが、どんなことを考えて制作していますか?
「描こうと思った動物に関しては、大体はモデルが存在します。実際に出会った生き物、クマだったり魚だったり、シカやイノシシなどです。さらにその生き物たちの身体を素材として使わせてもらって画材を作っていく中で、同じモデルで何度も何枚も絵を描くということがないようにもなっていきました。絵を描くためのモチーフや素材として判断するよりも先に、彼らを一個人として捉えている分、下手に増やしたり、コピーしたりする感覚にはなれないですね。1枚の絵で描き切りたい、魂を移植する感覚に近いと思っています。」
――そういった考えは狩猟をしてきた上での経験やマタギの風習などを合わせたものなのでしょうか?
「まずマタギというのは、動物や山菜などを神様から授かった、自然がもたらしてくれたものである、という山の神信仰があります。そしてクマによって経済的に発展してきた歴史を持ちます。それらの文化的背景に加え、古くは国から伝統狩猟・集団狩猟を実践するための特別な許可をもらった猟師の方々がマタギと呼ばれてきました。そのマタギ発祥の地域が秋田県の阿仁(あに)という地域です。
人間と自然の関係性において、マタギの人たちの感覚では1対1で切磋琢磨した上で「山から頂くもの」「授かるもの」であって、奪い取るものではないんです。こういった感覚を実践する信仰の形の一つとして、『マタギ勘定』というものがあります。
狩猟で得たものを集落全体に平等に分け、山の恵みを無駄なく利用し、猟に参加できなかった人は貰った恩恵を別の機会にお返ししようとする心がけ。いわばシェアの思想ですよね。そういったマタギならではの感覚からは『究極のシェアリズム(※共和主義的な価値観)』が感じられます。
私の場合、山の恵みからもらったものをお返しする方法の一つが『絵で表現すること』でした。もちろん授かった恩恵を自家消費で終えてしまうこともありますが、人間として表現していけることこそが大切な部分だと捉えているので、お返しの意志を絵にして残したいと思うのです。
これらの方法は、絵に限らずどんな手段でもいいと思っています。すべての活動の根底には「表現」があり、作品を作ることが終わりではなく、体験を形に表して、次に繋げていくことが大切な流れだと思っています。」
現在のハンターが抱える
問題と可能性
今回は懇意にさせてもらっている猟師の方、(事情があり匿名希望のため、以後 A さんと呼ぶ)に取材させていただいた。
A さん曰く、今の猟友会には様々な動機で始めた方がいるようだ。
知人の畑を害獣被害から守るため、山と自然に触れるため、肉を食べるためなど趣味の延長線上や、職場で集団資格を取るケースが多いそうだ。
まず A さんの狩猟のきっかけを伺った。
本人曰く、彼自分が小さい頃から家族が狩猟をしていて、当時は肉も少なく、高く、友人たちとの交友関係などもあり、猟師になったらしい。
山が好きで、食が好きで、趣味にしたくて狩猟を始めた人がいる。「動機は人それぞれ違うけれどが、みな好きでやっていて、それでいて生き物の命を無駄にしないようにしているんですよ」
ただその方法が人によって違うのだろうとお話を通して感じた。
Aさんはご自身のことを「日曜ハンター」だとおっしゃった。「自分は他にも仕事をしてい
るし、山で暮らしているわけでもないから」。それでも彼は山に携わることを楽しみ趣味として生活しているし、狩猟をすることはとてもいいことだとおっしゃった。山に入り、景色の移り変わりや自然を楽しみ、動物の痕跡を見つけたら仲間と盛り上がる。
この交流をしたくて猟を始めることは全く間違ったことではないと私も思った。
体毛が少し付着している。
趣味で狩猟を始めることが一般的になりつつある今の環境は、とてもいいのではと私は考える。命を扱うものだからと重苦しく捉えてばかりでは、この太古から続く営みへの敷居は高くなるだけだ。
楽しく狩猟は可能だが、一方で自分の責任の取り方を考えることも大切だ。
Aさん曰く、捕獲した動物は、肉は食べても骨や皮は埋めるか燃やしてしまうそうだ。「たくさん獲れてしまうと、全てを加工する時間はないから、残念ながらよって廃棄せざるをえないんです」
彼は狩猟をするだけでなく、毛皮を滑したり、「クマの胃」という漢方を作ったりしている。
新潟の会社に剥がした皮を塩漬けにして輸送すれば、左の写真のように加工を依頼できるようだ。しかしそれにも莫大な費用がかるため、結果として廃棄してしまうらしい。
狩猟の成果をどう社会に活かせるのかを、日々模索しているそうだ。
「今の時代、狩猟工芸品を取り扱うところが少ないんですよ。捕獲しても自分で加工する術を持っていない人が多いのが現状なんです。工芸品にするとしても、全て標本や絨毯にしては保管ができなくなってしまう。人に譲るのも、規律の範囲内で売却するのも、人によっては気持ちのいいものではないので、そのため捨ててしまうことが本当に心苦しいんですよ。」
そのような背景があるせいか、私たち、芸工大生2名が狩猟後に廃棄される予定の皮や骨を素材に作品にしたいと申し出たら、彼は快く素材を譲ってくださった。
彼の話を聞いて、ハンターたちも狩猟の成果の有効な使い道が欲しいことがわかり、一方で自分たち美大生がそれらを作品にする術をもっていること、さらに私の「捨てられる素材に価値を見出す」という制作に対する考えと、ハンターたちが持つ「頂いた命の責任」という倫理観が噛み合ったと感じた。大学内でも狩猟に興味がある声はよく聞くので、双方を組み合わせて問題解決と知名度の向上を行いたい。
東北芸術工科大学 美術科 総合美術コース



