東北芸術工科大学卒業生支援事業

I'm here. 2007|根の街へ

「街もアートも根/Rootを求める」 宮本武典

いま、地方は、画一化した価値観に覆われようとしています。国道に並ぶ、どこも判を押したように同じ24時間営業のレストランとコンビニエンスストア。商店街をシャッターストリートへと変えていく郊外の巨大ショッピングセンター。経済のグローバリゼーションの利便性は、本来、固有の町並や食文化、季節感や方言などを有し、起伏に富んでいたこの列島の多様な暮らしぶりを、ローラーで押しつぶしていくように均質化しています。そして都市では、古く淀んだ地方の「しがらみ」から解放されるかのような「自由と豊かさ」が華々しく演出される一方で、学校にも、職場にも、家庭にさえ依拠できず、サイバーネット上の閉じた世界を彷徨する、若者たちの抜け道のない閉塞感が蔓延しています。
核家族化、地域コミュニティーの消失によって「根」を失い、没個性化する地方と、土地や共同体との繋がりから分断され漂泊する都市生活者の孤独。グローバル時代の利益追求のために規格化された「便利・簡単・クール」な平坦な価値を、時代の「リアル」として語ることに慣れてしまった私たちは、そのフラット化によって生じたアイデンティティーの歪みや痛みを、現実社会の疲弊を目の前に認めないわけにはいきません。21世紀の世界も同じ状況です。経済的に豊かなほんの一握りの人々の、大量生産・大量消費の欲動を支えるための流通システムは、文化の多様性を否定し、利益の一局集中を生み出し、深刻な経済格差や原理主義による文明の衝突を生み出しています。

東北に根ざし、地域に開かれた大学として『東北ルネサンス』を標榜する東北芸術工科大学では、このようなグローバル・スタンダードの浸透に抗して、空洞化する街の中心に取り残された荷蔵を、所有者とともにカフェやギャラリーとして再生する『ヤマガタ蔵プロジェクト』(http://www.yamagata-net.jp/kura/)や、過疎化の一途をたどる山間地域の廃校をアーティストの工房として活用する『芸術工房ネットワーク』(http://gs.tuad.ac.jp/a-gakko/)など、地域固有の衣・食・住文化伝承への想いを溜め込んだまま、ひっそりと忘れ去られようとしている建造物を核に、「芸術」と「デザイン」による新しいコミュニティーづくりに取り組んでいます。
また、古い湯治のスタイルを活かしたアーティスト・イン・レジデンスを村の温泉組合と共同主催するなど、土地の歴史と垂直に繋がったヴァナキュラーなアート活動を試みることで、東北というフィールドが継承してきた素朴な造形や知恵を恩恵として受け取り、自らの創造性を発揮しながら、街や自然と共生していく術を模索しています。
こうした地域社会と連動した学びを経て本学を卒業し、将来の活躍が期待されるクリエイターを紹介する展覧会『I'm here.(私はここに)』は、2005年以降、仙台市のせんだいメディアテークで毎年開催されてきましたが、3回目の開催となる本展では、キーコンセプトを『根の街へ』と題し、地元・山形市内のギャラリーやカフェ、古い荷蔵やビルの一室を会場にした、同時多発的な展観に生まれ変わります。

阿部亮平による絵画制作は、綿布を床にひろげ、手のひらで布目に絵具を摺り込んでいきます。自身の関節に組み込まれた「田植え」の型を頼りに、絵画と自分史の融合を模索する試みです。
後藤拓朗の描く絵の中の部屋には、雑多な日常品が散乱し、閉じた私的空間の中での、静かな混乱を感じさせます。本展では1ヶ月前から、会場となるビルの壁紙を剥がしてドローイングを施し、田宮印刷株式会社の協力のもと、本紙フライヤー上の作品『共同体(仮設)』として発表しました。
京都在住のペインター・池谷保の絵画は、画面に置かれる一筆一筆が突起物のように盛りあがっています。本展では、そのざわめき、色めく荒々しい肌理を細い糸に乗せ、筆致そのものを古いビルの室内空間に浮遊させるように展示していきます。
仙台を拠点に活動する大沼剛宏は、砂の流動性を活かして幾何学的な紋様を浮かび上がらせる、観客参加型のマルチプルを制作しています。本展では、古い蔵の内部で色砂を使った新作を発表します。
コンテンポラリーダンスの舞台美術も手がけるメディアアーティスト・酒井聡は、蔵をリノベーションしたカフェで、音と映像を連動させたインスタレーションを発表します。漆喰の壁に、音に共鳴する光の揺らぎが映し出されます。
国内の彫刻展で受賞を重ねる松岡圭介の木彫は、ヒトガタに切り抜いた合板を幾重にも重ねて制作され、作者自身の「影」のような心象に、ダイナミックなフォルムと動勢を与えています。
そして、陶芸家の長瀬渉は、同じ工芸コース出身者とともに長崎県波佐見町でカフェやギャラリーを運営しながら、ユーモラスな陶作品を精力的に制作・発表しています。自然の造形への細部にわたる注視は、陶による博物誌ともいえる精巧な作品を生み出しています。

この他にも、プロダクトデザイン学科領域の院生によるデザイナー集団『Link』が、「地産地消」をテーマにした交流パーティーをプロデュースし、金工や漆など工芸領域の院生5名は、古いカフェの空間に堆積する時間と交流の記憶を基に、サイトスペシフィックな作品『1984-espresso』を共同で制作します。
本展『I'm here. 2007|根の街へ』は、東北芸術工科大学で育った若い才能への支援を、大学が地域住民と共同で推し進めることで、YAMAGATAの地図に、アートによる新しい人・芸術作品・情報の循環を記し、地域社会とアーティストの相互補完的・継続的な関係が生み出すであろう文化創造のエネルギーにこの街の未来を託していきます。
[東北芸術工科大学学芸員]

山形駅前の空き店舗壁面に描かれた後藤拓朗(洋画コース卒業)によるドローイング『共同体』

「土井ビル」2Fから路上へとのびる池谷保(洋画コース卒業)のインスタレーションと階段の踊り場壁面に描かれた後藤拓朗のドローイング

上:山形駅前の空き店舗壁面に描かれた後藤拓朗(洋画コース卒業)によるドローイング『共同体』
下:「土井ビル」2Fから路上へとのびる池谷保(洋画コース卒業)のインスタレーションと階段の踊り場壁面に描かれた後藤拓朗のドローイング

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