アーティストは特別な存在ではない/映像学科 屋代敏博 准教授

インタビュー

映像学科の屋代敏博(やしろ・としひろ)准教授は、自らが被写体となりパフォーマンスをするなど、写真表現の可能性を探る実験的な試みを続けてきたアーティストです。これまでも様々なプロジェクトや「山形ビエンナーレ」などの芸術祭に積極的に参加してきました。映像学科では主に写真の授業を担当しながらも、アーティストとして精力的に活動し続ける屋代先生が大切にしていること、パフォーマンスに込められた意味についてお聞きしました。

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辿り着いたのはシンプルに楽しむ気持ち

――まず、屋代先生の作家活動についてご紹介いただけますか?

作品画像・回転回
「​回転回 KAI-TEN-KAI LIVE!」シリーズ

――不思議な物体に見えますが、この正体は回転している人なんですね

屋代:そうなんです。色んな人に参加してもらうこともあれば、僕自身が全身タイツ姿で回転する場合もあります。アイデアを思い付いたのは僕が大学生の頃で、「どんな写真を撮ればいいんだろう」と悩んでいた時期でした。複雑に考えすぎていたんだと思います。その当時からレコードが好きでよく流していたときに、「回転させれば何でもシンプルに見える!」と気付いたんです。

屋代先生取材の様子

それからはレコードの上に色んなものを置いて回してみました。家の中にあるケチャップとか、ペンとか、とにかく何でも回してみました。それを脚立に乗って上から撮影してみたのが始まりです。

――回転させるのは「シンプルでいいんだよ」というメッセージが?

屋代:大学生時代の僕と同じように、今の学生や世の中も複雑で難しく考えてしまうことが多いと思います。それも大切だけど、でももっとシンプルでいいんじゃないかとも思うんです。

色んな発見や変化を見つけたり、面白そうだと思ったことをしたり、純粋に楽しくシンプルに生きていきたい。回転させれば何でも同じに見えるように、物事は意外とシンプルなんです。

全身タイツで回転するのは実はちょっと恥ずかしかったりするんだけど(笑)、でもそういう突飛なことをするのもアーティストの仕事かな、と思っています。既成の概念を壊したり、新しい価値観を見つけたりするのは大事な役割です。

――そんな「回転回」のアイデアが生まれた頃、先生ご自身はどんな学生だったんでしょう?

屋代:僕は高校生の時、暗室で写真の現像をしてその面白さに引き込まれました。暗室の中で写真が浮かび上がるのが「まるで魔法のようだ」と感じたんです。進学した多摩美術大学では映像と演劇を学んだんですけど、当時はちょうど新校舎ができたタイミングだったのでまわりに上級生がいなくて。気分は1期生という感じでした。その分自由にやれたし、横のつながりがとても強くなったんです。絵画やいろんな分野を勉強する友達との出会いとか、大学以外での遊びなどが、枠にとらわれない今の制作スタイルにつながっている気がします。

屋代先生研究室のレコード
研究室には今もたくさんのレコードが並んでいる

最初は自分の卒業のために撮っていたけど、真剣に向き合う内にだんだん「日本特有の文化である銭湯を記録として残さなくてはいけない」という使命感が出てきて。細かなデティールよりも、大きく捉えて全体をしっかりと見せる方向に作品が固まってきました。構図や構成のシンプルさ、というところでは「回転回」にも通じるところがあるかもしれませんね。

作品画像・銭湯
「銭湯」シリーズ

結局、無事大学を卒業した後も使命感に駆られて銭湯を撮り続けました。アルバイトしながらで大変ではあったけど、車で全国を回りました。今ではなくなってしまった銭湯も多いから、写真に残せて良かったと思っています。

――その後、屋代先生はアーティストとしてどのような道を辿られたのでしょう?

作品画像・回転回
「回転回・無言の客」シリーズ

アーティストとして実験を続ける意味

――そんな中、屋代先生が2007年から芸工大に赴任されたきっかけは何でしょうか?

屋代:海外での活動を続けていましたが、子どもが生まれるのをきっかけに日本に戻りました。「これからどうしようかな」と思っていたあるとき、母校の多摩美術大学の学生たちと話をする機会があって。その時は学生の作品について話を聞いて意見交換したんだけど、すごく刺激的で面白かったのを今でも覚えています。その頃ちょうど芸工大の教員募集の話を聞いて、「おもしろそうだ、やってみよう!」と思ったんです。

授業では作品を作る過程を楽しんでほしいな、と考えています。写真を現像してみたり、写真集ができる喜びや展示が完成する喜びを感じてほしい。学年が上がると難しく考えることも多くなると思うけど、やっぱりできるだけシンプルに楽しんでくれると嬉しいですね。

――今年5月には【アート×イノベーション実験室】というチュートリアルを立ち上げました

屋代:最近はアート思考、デザイン思考という言葉も徐々に浸透し始めてます。これからもっともっとアーティストが必要とされる社会になっていく中で、その可能性を広げたいと思ってを立ち上げました。

例えば「エンギニア」というプロジェクトがあります。名前は縁起、演技、エンジニアが由来になっています。色んな専門分野を学んでいる学生たちが集まってアート・身体・技術を使って総合芸術としての舞台を作り上げるプロジェクトです。バウハウスのオスカー・シュレンマーによる「トリディアックバレエ」という舞台をモデルに新しいものを作り上げます。

トリディアックバレエ
オスカー・シュレンマー「トリディアックバレエ」の衣装

最初は何人か集まればいいな、と思ってたんだけど、結局45人くらいの学生が集まってくれました。「何かしたい」という気持ちを抱えている学生が結構いるんだと再認識しましたね。

――具体的にはどんな舞台になるのでしょう?

屋代:今回のエンギニアでは、限られた素材から衣装を作成したり、炎や夜を連想するダンスを考えたり、自然の音を録音して音楽にしたりしています。学生たちは衣装班・ダンス班・音響班に分かれてどんどん自分たちで制作を進めています。そして最後は全員でパフォーマンスをするんです。

エンギニア活動中の様子
「エンギニア」のミーティングには多くの学生が集まっていた

その場にあるもの、限られたもの、偶然生まれたものから衣装・ダンス・音楽を考える。そういう意味では生き物のようなもので、どう変化し、どんな表現になるのかはジェネラティブ(自律的、有機的、予測不能)になります。既成の概念にとらわれず、新しいものを作る。まさしく可能性を広げるための実験といえますね。その実験に色んな考え方、専門分野を持ったメンバーが一緒に取り組んでいるんです。いったいどんな化学反応が起きるのか楽しみですね。

エンギニア活動中の様子
「エンギニア」ワークショップ中の様子

――いまから本番が楽しみです。屋代先生の今後の展望を聞かせてください。

屋代:アーティストが特別な存在ではなく、空気のように行き渡る社会にしていきたいと思っています。そのために授業やチュートリアルでその可能性や認知を広げたり、自分自身もプレーヤーとして発信していきたい。
アート関係の一部の人だけが頭でっかちになってやるのではなく、たくさんの人にアートに触れてもらうのがその近道なんじゃないかなと思います。

屋代先生取材の様子

――最後に学生、高校生、受験生に一言お願いします

屋代:クリエイティブは楽しいし、刺激的なものです。写真でも絵でもインスタレーションでも、楽しそう・面白そうと思ったらまずはやってみてください。難しそうでもやってみないとわかりません。まずは体を動かしましょう。その体験はきっと糧になり、作品は宝物になるはずです。

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アート、と聞くとついつい難しく考えてしまいます。ですが、自ら作品を作っても良し、誰かの作品に参加するも良し、作品を鑑賞・体験するでも良し。楽しいと思ったことをすればいいのだな、と屋代先生にお話を聞いて感じました。
屋代先生は普段は優しく物静かな印象ですが、写真やアートについて語るときは熱い情熱が溢れ出します。その情熱に引き付けられ多くの学生達が集まってきたのではないでしょうか。私も毎日が実験だと思って、色んなことに挑戦してみようと思います。

(取材:入試広報課・加藤、撮影:入試広報課・須貝)

Information

9/4(日)① 19:30~20:00 ② 20:30~21:00
9/17(土)① 18:30~19:00 ② 19:30~20:00

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東北芸術工科大学 広報担当
東北芸術工科大学 広報担当

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