現代アートでよみがえる「藻が湖伝説」のリアリティ/三瀬夏之介(山形ビエンナーレ2020 プログラムキュレーター)

インタビュー

昔、山形県の山形盆地全体が湖だった。北は村山市、南は東根市に及ぶ長さ10キロ、幅4キロほどの広大な湖があり、奈良時代の僧・行基が現在の村山市碁点の岩盤を切り開き、現在の最上川ができたとされるのが「藻が湖伝説」です。1975年10月の山形新聞夕刊1面では、「藻が湖はあったか」の見出しで、当時の建設工事の地質調査で湖存在説を実証する新事実が続々でてきたことを報じています。

「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」は、東北芸術工科大学が主催する芸術祭で、9月5日に開幕します。今回は、山形ビエンナーレのプログラムの一つ「現代山形考 藻が湖伝説」をキュレーションする、三瀬夏之介(みせ・なつのすけ)美術科日本画コース教授に話を伺いました。

近代化の歴史150年を地方から読み解く

――「現代山形考」は、前回のビエンナーレで三瀬先生がキュレーションしたプログラムと同じタイトルですね。前回の企画と今回は、どうつながるのでしょうか?

前回、2018年のビエンナーレでは、今回と同じ宮本晶朗(みやもと・あきら)さん(以降、宮本さん)と一緒に、「現代山形考 修復は可能か?」というタイトルで、学内のギャラリーを会場に「民俗資料」と「現代アート」を並列で展示しました。大学が主催する芸術祭なので、学生の研究や卒業生の活躍を通して、これまで誰も着目していない角度から、山形を掘り起こし、展示で見せていく試みでした。

宮本晶朗
地域文化財の保護・修復の支援をおこなう株式会社文化財マネージメント(代表取締役)の宮本晶朗 氏。本学の大学院保存修復領域(立体作品) 修了生でもある。(撮影:草彅裕)

展示にはもう一つのテーマがありました。2018年という年は、首都圏では「明治150年」がプロモーションされていましたが、僕たちは、「地方」「山形」から、この150年を検証していくこととしました。明治から始まった近代化はうまくいったのか、整備されたインフラは機能不全になっていないか、地方には、新しく、我々なりにつくり直す仕組みが必要ではないかということを、「現代山形考」で表現しようとしました。

山形ビエンナーレ
大江町雷神社に奉納されている「風神雷神像」と、日本画家の大山龍顕氏による光背画「雷電光背、竜巻光背」のコラボレーション/撮影:根岸功
山形ビエンナーレ
ムカサリ絵馬を題材にした絵画作品と、「久昌寺」(上山市)に奉納されている本物のムカサリ絵馬を併立で展示した。(撮影:根岸功)
山形ビエンナーレ
出羽三山の一つ、湯殿山の信仰にまつわる神仏群の展示。(撮影:根岸功)

さらに文翔館周辺の歴史を掘り下げると、この辺りは昔、城下の外れの万日河原と呼ばれ、荒れ地と寺社が広がっていたということが分かりました。流域には罪人の処刑場があったという話も残り、江戸時代初めまで遡ると、流路を変更される前の馬見ヶ崎川が流れていました。

近代化から合理主義に走ったツケを考え、そこから僕たちがつくり直したい新しい仕組みを「現代山形考」で表現していくことと、川が存在していたときの「水の記憶」を探るという新しいテーマが決まり、「現代山形考 藻が湖伝説」という企画に行き着きました。

現代山形考 藻が湖伝説 山形ビエンナーレ

「水の記憶」をたどり、よみがえる「藻が湖」

――点在する史跡調査から始めたとうかがいました

「藻が湖伝説」を軸にタウンミーティング型の地域研究をスタートさせました。

藻が湖は寒河江市の西根という場所と、東根市の東根が湖の東西の端で船着場があったとされ、西根には船着観音堂があり、東根には船運の安全を祈願したという貴船神社が現在もあります。

水の記憶を宿す史跡の看板には、昔、西根と東根を船が行き交っていたと書いてありました。そのとき僕には、自分がトンビのように自由に大空を飛び交い、上空から湖面がキラキラと光っている中を何艘もの小舟が行き交う素晴らしいビジュアルイメージが見えて、これを表現したいと直感で思ったんです。それで宮本さんに「藻が湖伝説を調べましょう」と話し、史実を調査していきました。

調査を進めていくと、湖の存在を裏付けるような地名が、海抜70メートル地点あたりに点々としてありました。伝説に関わる文化財もあります。東根市の長瀞(ながとろ)には、市指定の無形民俗文化財の「長瀞猪子踊り」があります。その演目の歌詞に「この土地は 昔湖なりければ 今は豊かな五穀実れり」という箇所があります。

そして長瀞という地名も、湖水で最も泥土深い所だったことから名付けられたと言われています。

藻が湖伝説

――展示イメージはコロナ禍以前に検討されていたものですね?

文翔館の展示イメージは、まず一旦山形を湖に沈め、しがらみのない白紙の状態から、前回同様、学生の研究や卒業生のイマジネーションを通して、これまで誰も着目していない角度から、山形の新しい世界観が描けないか、僕たちがつくり直したい仕組みを、現代山形考として表現していこうとしました。

山形をまっさらな白地図にするというイマジネーションをもって山形をあらためて眺めると、様々な可能性や、ありえたかもしれない世界を感じることができて、親しんだ街が全く違うものに見えてきます。

そうした新しい世界の可能性を、展覧会を通じてお客さんが体験し、ぐるっと回って会場を出てくると、山形が時空を超えて藻が湖に沈んでいるというリアリティを抱けるように、学術的研究も現代アートもそこ一点に向かってざわざわと話しかけてくるような展示を構想しました。

三瀬先生の後ろに設置されている作品は、本芸術祭の出品作品の一つ。日本画家 番場三雄(ばんば・みつお)氏による夜の文翔館の姿を描いた作品『蒼穹の館』。今回の芸術祭のために制作された。

――その壮大な構想も、コロナウイルスの影響で展示そのものがなくなったのですね

企画はコロナ以前にあらかた決まっていて、展示の配置も決めて、これは今の世の中に必要な素晴らしい展覧会になるという確信があったので、新型コロナウイルスの感染拡大が広がるにつれて、絶望的な気持ちになりました。

展示会場の変更については、出品者が集まり今後について話し合いました。オンラインでのビエンナーレというやり方は、モノを扱う、モノと対面する展覧会をつくる者にとっては、モノと対面する体験がずれ、実際の展覧会体験よりも必ず劣化するので、きついものです。

しかし、今回は今回なりのベストなものをつくろう、様々なメディアを駆使して展覧会という体験を伝えていくことにトライしようという結論になり、本来、文翔館で展示されるものだったという前提や、コロナの影響など、いろんな状況で芸術体験が抑圧を受けていることすら表現していこうと話しました。

文翔館でのフルスペックな展示ほどにはなりませんが、大学内ギャラリーでの展示を動画配信したり、藻が湖伝説を学術的に研究した出品者とのトークショーをライブ配信します。オンラインでは地域性が失われるので、なぜ山形から配信しているのかという意味性、現場感を出していくようにします。

本館7階ギャラリー「THE TOP」に設置されたオンライン配信のための「板倉の配信ブース」。山形県村山地区を代表する木材「西山杉」を使い、宮大工の技巧が用いられた釘を使わない「ほぞ継ぎ」で組まれている。(設計:濱定史/施工:荒達宏、藤田謙、坂井直樹)

――今回は新聞や書籍も発行されるそうですが

出品者みんなで、僕たちの芸術体験を劣化させることなく伝えるためのメディアを考えることにしました。面白いことに、出てきたアイデアは、手紙、ラジオ、新聞といった使い古されたアナログなメディアばかりでした。

演劇などのライブは、同時刻に同じ場所に集合して体験を共有するものですが、絵や彫刻作品は、モノがそこにあるので、時差をもってそこに人が集まることができます。そういうモノを伝えるメディアという意味では、新聞も使えるよね、ということになりました。

新聞やコンセプトブックは紙媒体です。部数も限りがあります。オンラインコンテンツのように、世界の誰にでも届くというものではありません。しかし、ポストコロナでは動員を競う時代は終わり、本当に届くべき人、本当に見たい、聞きたい、感じたいという人の手元に大事に届くものとしてのアートメディアを考えていきたいと思っています。見えない相手に叫ぶのでなく、見える相手に手渡す媒体としてのアートです。

藻が湖伝説

――「藻が湖新聞」は朝日新聞とタイアップ企画が決まったそうですね

朝日新聞とのコラボレーション企画は、この企画に共感してくださった山形支局の記者の方とのご縁で実現します。山形版の紙面の半分をジャックして藻が湖新聞になりますが、逆に藻が湖新聞の朝日版として書いてもらったりとメディアクロスができると楽しいと思っています。

でも、これも地方版なので山形の方しか読めません。世界のどこからでもアクセスできるオンラインとは逆説的な企画ですね。新聞を読まないような層にはオンラインで、オンラインなんてよく分からないという層には新聞で完結して理解してもらえるように作っていきたいと思います。

学問が裏付けを。
アートが想像の飛躍を。

――今回のプログラムでは、新しい山形の可能性を掘り起こす「山形考」以外にどんなことを感じてもらいたいですか?

今回の「現代山形考」は前回同様、僕と宮本さんのコンビで企画展示することは決めていました。僕は絵描きで、宮本さんは学問の人です。学問の人にはエビデンスのない想像では語れないという限界があります。アーティストである自分も想像の飛躍だけでやっていると独りよがりなものになります。

だから、学問が突破できないところをアーティストの想像力で突破し、僕らの想像力が閉じてしまうとこところを史実で検証して裏付けていくという、学問のエビデンスと史実と想像の飛躍のちょうど間にあるというバランスを考えた新しい展示だと思います。そして僕らはこうした展示をこれからもどんどんつくって、ここでより豊かに生きていく可能性を考え実践していきたいと思います。

(取材:企画広報課・五十嵐)

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東北芸術工科大学 広報担当
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