東京の短大から芸工大のテキスタイルコースへ編入学した小川麻衣子(おがわ・まいこ)さん。現在は株式会社ビコーズの洋傘デザイナーとして、傘生地のプリントやそこに施す刺繍のデザインなどを担当しています。小川さんがお仕事をする上でいつも大切にしているもの、そして山形での学びの中で得られたものについてお聞きしました。
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「雨の日=憂鬱」というイメージが変わる瞬間
昔から絵を描いたり色を扱うことが好きだったという小川さん。卒業後は雑貨店で販売員として働いていましたが、「やっぱりものづくりを続けたい」との思いから8年ほど前に現在の会社へ入社しました。
――普段のお仕事内容について教えてください
小川:普段は、雨傘・日傘の生地のプリントデザインや刺繍のデザイン、また傘の骨などの機能的な部分の開発などを行っています。それから毎年行っている展示会のブースのディレクションなども担当しています。傘の柄は私ともう1人の計2名でデザインしているんですが、私は花柄をメインに担当しています。
傘の生地は1リピートのものをつなげて模様を作っていくことがほとんどなので、まずは大体手描きで絵柄を描いてリピートに起こします。そしてIllustratorを使ってデータ化し、そこから配色をいくつも考えていきます。弊社は人数が少ないので、企画の会議には営業も参加して、みんなでどんなデザインがいいか決めていくことが多いですね。
配色が決まったら、次はPANTONEから色を選んで生地メーカーに指定します。するとビーカーという色見本が上がってくるので、それを自分の理想の色になるまで何度もやり直します。その後、染色された生地が上がってくるんですが、防水・撥水のかかった傘特有のハリ感のあるものになるので、見え方なども紙の時とは変わってきますね。あとはハンドルの部分の素材をアルミにするかレザーにするかバンブーにするかなど、プリントと組み合わせながらトータルでデザインしていきます。ちなみに生地を染める作業は台湾、傘の生産は中国の工場にお願いしています。
それから日傘の場合は、プリント以外に刺繍も手掛けていて、雨傘の時と同じように配色を考え、糸見本帳から色を選んでメーカーに指示します。実際に糸を走らせてみると光の反射などで色の見え方も結構違ってくるので、何色か依頼して一番いい色をピックアップするようにしています。
――お話を聞いていると配色へのこだわりを感じます
小川:わずかな色の差でも、全然違う印象になりますしね。色使いの繊細さや使っている色数の多さなど、奥行きのある色彩の表情を出せるのはビコーズだからできることだと思っています。実際、「色がいい」と言っていただけることがあって、先ほどビーカーを何度もやり直すという話をしましたが、やっぱりそこは妥協できない部分ですね。常にこの配色で一番かわいい!というものを目指して作っています。
それから、ビコーズの傘はアパレルだけでなく雑貨屋さんにも置いてもらっているので、シンプルなものや花柄などのフェミニンなもの、北欧雑貨を好む人が持っていそうなもの、またカジュアルな人が持てるもの、トラッドな人が持てるものなど、幅広いユーザーに当てはまるような柄域というのを意識してデザインしています。
――どんなところに傘のデザインの魅力を感じていますか?
小川:身に付けるものの中で、テキスタイルの世界を最大限に生かせるアイテムだというところですかね。洋服だとシワになったりして柄域が全部見えなかったりしますが、傘は雨の日も晴れの日も自分の頭の上に好きな世界を広げられて、それを身にまといながら街を歩けるっていうのが素敵だな、といつも思っています。
広大な自然が教えてくれた無限の可能性
――小川さんは東京の女子美術短期大学から編入学されていますが、芸工大へ進学したきっかけは?
小川:山形の親戚の家に遊びに行った時、山形にも美大があることを知って、次の日連絡を入れてみたんです。そしたら事務局の方が案内してくれて、そこで芸工大の敷地の広さに衝撃を受けました。私は神奈川出身なんですけど、当時、東京のキャンパスまで1時間半くらいかけて通っていて、人混みとか通学に対する疲れが作品にまで影響してしまっているように思える時期があったんです。なので、こんな開けた空間でものづくりができたら自分をイチから変えることができそうな気がして、ここで勉強したいと思いました。
学生の頃は自分の中から滲み出たものを作品にすることが多かったので、自然からインスピレーションを得ながら、きれいだなと思った色や形を生地に落とし込んだり作品にしたりしていました。中でも工芸棟から見る夕日は本当にきれいでよくみんなと眺めていたんですけど、そういう時ってテキスタイルだけじゃなくて金工とか陶芸の人とか、他のコースの人も同じように眺めているのが見えるんですよね(笑)。なんか「感動ってこういうことなんだ」みたいな瞬間が毎日のようにあって、大変なことがあってもそれがちっぽけに思えるくらいの美しさに心が浄化されるような感覚がありました。東京にいた時はそういうことにも気付けないくらいギスギスしていたので…。
――特に印象に残っている学びはありますか?
小川:肘折温泉で灯籠絵を展示する「ひじおりの灯」プロジェクトが印象に残っていますね。それまでは自己表現みたいなものづくりしかしてこなかったんですけど、三春屋さんという旅館の灯籠を作るため、同期の仲間と2人でご主人にどんなものがいいか聞いたり、その土地を歩いて見つけた山菜の形を絵柄にして、その場所でしかできないものづくりができたという実感があって。自分だけじゃなくいろんな人と喜びを共有できるものづくりの形を初めて経験して、すごく楽しかった思い出があります。温泉も良かったですしね(笑)。
今の仕事も、自分の表現というよりはユーザーが求めるものを作ることになるので、トレンド情報を得たり、ずっと歩き回って今どういう柄域が流行っているのかをリサーチするようにしています。雨の日はわざと外に出て、カフェとかでいろんな人を見ながら「あの人はああいう感じの傘を持つんだ」というのを観察したり。私の作った傘を使ってくれている人を見つけた時は、「あ、あの時の柄だ!」って思ったりしますね(笑)。
――そんな小川さんが考える、このお仕事に求められる力とは?
小川:あきらめないことですね。テキスタイルコースで、種を播き、そこから植物を育てて色を採るというゼロからのものづくりを学べたことがとても大きくて、そういう無限の可能性みたいなものを学んだ経験が今の自分に影響を与えていると思っています。理想とするものを段階を経て作り上げていく過程の中で、「あきらめなければ絶対形になる」という信念を育てることができたかな、と。
今の私の仕事って、最初にどんなものを作りたいか考えることはできても、そこから先の工程を自分の手でできるわけじゃないんですよね。例えばビーカーの色を染めるのも、傘を実際の形にするのも工場の人なわけで。特に、新しい生地を開発する時なんかは無理難題みたいなことをリクエストしてしまうので、「やっぱりできない」とか「難しい」という答えが返ってくることもよくあるんです。そういう時はあきらめない心で、「こういうやり方に変えてみたらどうだろう」とか「もっとこうしてみたらできるかも」と一緒に考えながら作るようにしています。そうやって最後まであきらめず、形あるものをみんなで導き出すことが大事だと思っています。
そんなふうに一緒に試行錯誤していくうち、工場の人からは「君には困ることを言われるけど、新しい発見ができて面白いよ」と言ってもらえるくらいまでになったので、信頼関係みたいなものは築けているんじゃないかな、と。
――工場の人とのコミュニケーションもとても大切にされているんですね
小川:傘って工業製品じゃないですか。学生の頃は工芸で自分の手を動かして作ることを学んでいたので、最初は工業製品に対して冷たいイメージを持っていたんです。でも入社後、中国工場へ出張に行った時にそのイメージがすごく変わる光景を目にして。
工業製品というと、機械を使って全部オートで作ってるのかな、と思うじゃないですか。そしたら全然そんなことなくて、まずパーツごとに工場があってすごく仕事が分散化されているんです。で、それぞれの工場で作られたものが傘工場に一気に入ってきて、目視でしっかり検品したり、また生地を作る時は木型を作って裁断していくんですけど、ミリ単位の違いで傘の見た目って変わってくるんですね。そういうカットの作業を専門に行ってくれる職人さんがいて、それから生地をミシンでつなげる作業も人の手で行われていて、もう「この職人さんじゃないとできない」というレベルに達している人たちがいるんですよね。そうやって1本の傘ができるまでいろんな人の手が加わり商品となっていることを改めて感じました。多くの行程を機械で行う工場もありますが、ビコーズには「できる限り手作業でいいものを作ろう」というこだわりがあるので、そういうところまで徹底することで質の差が出てきているのかな、と思います。
――今後、力を入れていきたいものはありますか?
小川:2020年に「U-DAY」という新しいブランドを立ち上げたんですが、全てのアイテムに軽量や自動開閉といった機能が付いていて、染料もエコテックス®という環境に配慮されたものを使っています。シェアリングやボーダーレスというような、男女や大人子ども問わず、誰でも使えるようなアイテムになっています。
そういうサスティナブルなものに力を入れていこうと、ペットボトルの再生生地を使った「RE:PET」というシリーズも新たに展開し始めたところです。「自然と人を想う」というテーマのもと、ビコーズとしてもSDGsと向き合ったものづくりができればな、と。出張でヨーロッパの展示会に行った時はサスティナブルやエコといったことがすでにあたり前のように打ち出されていたので、これから必要不可欠な分野だと思っています。
――それでは最後に、受験生へメッセージをお願いします
小川:芸工大の魅力はやっぱり、自然に包まれた広大なキャンパスでいろんなことを勉強できるところだと思います。空のきれいな色を見て「今日も1日いい日だったな」って感動できたり、道を歩いているだけでも緑がキラキラしていたり、花の色や形がきれいなことに気付かせてくれる。すごく心穏やかになれるんですよね。そうやって心が動いたり熱くなったりすると、「何かを形にしたい!」と思うことがあると思うんですが、そういうインスピレーションというか、ものづくりの根源みたいなパワーがあの土地にはたくさん詰まっています。それは東京では感じられないものだと思います。
芸工大には自分と向き合っていける環境があるので、きっと個性を大事にしながら、周りに影響されることなくものづくりに没頭できるのではないでしょうか。
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テキスタイルのデザインはもちろん、製品開発にも関わりながら、傘というプロダクトの魅力を追い続けている小川さん。芸工大で学んだ無限の可能性と「あきらめなければ形になる」という強い信念が、ものづくりにかける思いを強く支えているのだと感じました。
(撮影:永峰拓也 取材:渡辺志織、企画広報課・須貝)
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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