東北から東京へ。芸工大が取り組む東京3展覧会の特色と学び/青山 ひろゆき(美術科長)×三瀬 夏之介(大学院芸術工学研究科長、美術館大学センター長)× 深井 聡一郎(大学院芸術文化専攻長)

インタビュー 2024.02.09|

インタビューの様子

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東北での学びの成果を東京へ。卒業・修了制作展[東京選抜]

――まず、卒業・修了制作展[東京選抜](以下、「東京展」)についてお聞きします。なぜ東京で展示をするのでしょうか?

青山:2月の上旬に大学内を舞台に大学全体の卒業制作展が行われます。その後、2月の下旬に美術科の卒業制作から選抜した作品を東京で展示するのが「東京展」です。もともとは「東京でやりたい」という美術科の学生が自主的に上野の森美術館を借りて開催したのが始まりでしたが、学生が自主的に開催しているのを知り、大学側で支援していこうということになったのが15年ほど前になります。

東京卒展の様子

関東圏から来ている学生が比較的多い美術科が主体となって、大学院も加え今まで続けてきました。東京五美術大学連合卒業・修了制作展(以下、五美大展)をやっているタイミングで本学の卒業制作を見せるということは、学生にとって4年間の学びの比較ができるんですよね。

青山先生インタビューの様子
美術科洋画コースの青山ひろゆき教授

深井:学生たちも東北で学んでいるという意識が強いから、東京で美大に通う人と比べて自分の実力が分からなかったりこれから作家としてやっていけるのかだったり不安に思う気持ちがあります。「じゃあ、五美大展に行って見てきなよ」と言うと、安心して帰ってくるんですね。「自分はなかなか頑張ってるな」と。

青山:出版社やギャラリストなど、対外的にもこれまで非常に高い評価を受けています。東京で4年間学ぶのとは違う、東北独特の学びから唯一無二の特色があるということでピックアップされるているようです。

三瀬:山形で行う大学全体の卒展は、学生が実際に制作している環境で見てもらえる、というのが一番の意義だと思います。老若男女問わず、様々な地域の方が降りしきる雪の中、スノーブーツを履いて足を運んでくれる姿が話題となり、今や恒例の風景になっています。とはいえ首都圏からは遠い場所なので、来ることのできない方もいるでしょう。東北で生まれた芸術文化を、情報の発信拠点である東京でショーケース的に行っているのが「東京展」です。

本学は公設民営の成り立ちを持つ大学なので、地域のリサーチや市民の方と一緒に創るプロジェクトなど、ここでしかできない作品は結構多くて。山形の気候風土、広いアトリエだからこそできるスケール感の大きな作品は、首都圏の人が見ると驚かれますよ。選ばれた学生は多くの方々と交流してチャンスを掴んでほしいと思っています。

三瀬先生インタビューの様子
美術科日本画コースの三瀬夏之介教授

青山:そうですね。美術科は学生の後押しをするコンテンツが多くありますが「東京展」もその一つ。アーティストとして一歩を踏み出すというような場であり、後でお話しする「DOUBLE ANNUAL」や「ART-LINKS」など、その方向はさまざまに進んでいきます。

――長く続いている「東京展」ですが、社会や学生の志向の変化はありますか?

深井:これまで様々な形で「東京展」を開催してきました。現在よりも学生の数を減らし、代わりに教員や卒業生の作品も一緒に展示したこともあります。卒業した後の姿も見せることで芸工大の底力を感じさせることができたと思いますが、その背景には「東京展」に対して学生たちのモチベーションが落ちていたことがありました。それならいっそ高嶺の花のような、選ばれた者しか行けないものにしようという意図で実施したんです。

青山:新型コロナ以前は確かに、学生が「東京展」の意義を見失っている感じがありましたね。強制参加というわけではないですが、東京に行くには費用もかかりますし。

深井:本学のキャリアセンターの支援もあって、高い就職率を保つようになった反面、就職が決まり引っ越しもあって大変な時期なのに東京になぜ出さなければならないのか、という学生が増えた面もあるんじゃないかな。

深井先生インタビューの様子
工芸デザイン学科の深井聡一郎教授

青山:そうですね。ただ、美術科のカリキュラムを通じて、仕事をしながら制作を続ける必要性への理解が浸透してきているので、就職をしっかり決めて東京展の出品も目指すという学生も増えてきました。コロナ以降は、外に出たいという意識とモチベーションが上がって出品を希望する学生がより増えたように思います。これからも時代や学生の状況を合わせて考え、変化させていく予定です。

――先生方にとって「東京展」はどういう意味を持つのでしょうか。

青山:長い人生を考えたときに、卒業のタイミングでチャレンジしてほしいと思えるものですね。山形はいわばホームですから、そこから一歩飛び出して、大学で頑張って学んできた成果をより客観的に確認できる機会だと思います。

東京卒展の様子

三瀬:卒展は、教員としては学生と4年間一緒にやってきて一番最後の喜びを共有できるとき。その後にある東京展は延長戦のようなもので、授業ではありません。山形展の後、あえて大変な労力をかけて東京展をやるのは、山形で生まれた成果物を東京の人にも見せたい、という思いがあるから。ここ山形だけに閉じるのではなく、お世話になったたくさんの方に、地域の方に、カルチャーに関わる人たちに、他の大学の人にも見せたいんです。

――その思いは学生に伝わっていると感じますか?

三瀬:伝わるというよりも、同じ思いなんです。一緒に半年かけて制作していますから(笑)。

都内画廊の展示で未来につながる卒業生展覧会「ART-LINKS」

――次に、今年で9回目となる「ART-LINKS」について教えてください。

深井:「ART-LINKS」は卒業生支援プログラムで、卒業後も制作を続けている人たちに募集をかけ、選考を行い、都内複数の画廊を会場に展覧会を行っています。卒業生は会場費がかからずに展示ができ、グループで展示することでたくさんの人に見てもらえます。「TUAD ART-LINKS 2024」は5会場11名の卒業生が参加します。

ART-LINKS

「作品を発表する場が欲しいけど、なかなか機会がない」「制作は続けているけども、もうワンステップをどのように踏み出していいかわからない」という卒業生に向けて場を設けるので「駆け上がってみないか?」という提案のような展覧会ですね。協力してくださる画廊は、本学のコンセプトを理解し、芸工大の教育で学んだ学生であることを魅力に感じているところだけ。複数の画廊で同時多発的に開催するので、一気に相乗効果を狙って仕掛けることができます。最初はギャラリージャックみたいなイメージでした。

三瀬:各画廊も、卒業生がしばらくは新生活が厳しい状況に置かれていることを理解してくれているので、マーケットや鑑賞者に一番近い画廊目線でいろいろ教えてくれるのが特徴としてありますね。値段の付け方、会場での人との接し方、作家としてのマナー、ノウハウなどを教えてくれます。大学を出た後の社会人スクールに近い雰囲気かもしれません。

青山:アーティストとしてデビューするタイミングは、必ずしも卒業してすぐではありませんからね。30、40歳になってから花開く人もいます。デビューまで働きながらも制作をして発表できるように、という支援の形を整えたのが「ART-LINKS」です。

――働きながら制作をする、という方は多いんですね。

青山:ほとんどがそうです。なかなかすぐに大きい金額を得るのは難しいので。

深井:三瀬先生や青山先生は高校教師をしてたり、その頃僕はガスのメーター検針をやったりもしていましたし。副収入を得ないと生きられない時代はあります。

三瀬:卒業後すぐにフルタイムの社会人となった僕は「ART-LINKS」に応募してくる学生にシンパシーがあって。人生良いときもあれば悪いときもあります。でも、自分で時間を見つけて制作をするというのは一生できる。そういう卒業生たちが地道にずっと、ものを作り続けているところが素晴らしいなと思うので。アーティストの基準って「食えるか食えないか」になっていることが多いけど、そうじゃなくて継続的に制作を続けている人たちにも光を当てたいんです。

深井:大事なのは東京展と同じ時期にやるという点ですよね。その年の卒業生と、制作を続けている卒業生の作品が同時期に見られるパッケージになっています。一時期に全部見られるのは来場者にとっても魅力的ではないでしょうか。「ART-LINKS」を開催した後、展示した画廊での個展が決まったり。その後の活動につながっていると思います。

学生の思いとキュレーターの視点が絡み合う「DOUBLE ANNUAL」

――そんな東京展、ART-LINKSが長く続いている中、「DOUBLE ANNUAL(ダブルアニュアル:以下、DA)」が昨年度から始まりました。DAはどういった内容でしょうか?

DAの様子

「DA」では両校で応募をかけ、選抜された学生たちは外部のキュレーターから指導を受けながら制作を進めていきます。選考が終わった7月~2月までの期間で直接講評を受けながら作品をブラッシュアップしていくのが特徴ですね。

――「外部のキュレーション」について詳しく教えてください

三瀬:「DA」には総合ディレクターを世界的に有名な森美術館の館長・片岡真実さん、本学担当キュレーターを服部浩之さん、京都芸術大学の担当キュレーターを金澤韻さんが担ってくれています。まずキュレーター側からテーマの投げかけがあり、それに対して学生たちが応答するようにプランを応募をします。

大学内で教員による専門チームを立ち上げ、プランに沿って制作を進めていきますが、その後もキュレーターが月に1回、山形に来て学生たちとディスカッションしながら制作を深めていきます。プレビュー展(中間発表)まで面談や作品指導をしてくれますし、作品設置や照明のプロフェッショナルとも実現に向けて対話を重ねていきます。学生の段階でプロの仕事を目の当たりにしながら協働し実現していく贅沢な学びの時間です。

DAの様子

青山:アーティストになってからはそれが当たり前になりますが、学生の段階から経験できるって、本当に羨ましい!

三瀬:今年度は洋画コースの2年生の学生が選ばれていて、2年次にそんな経験ができるなんてびっくりですよね。中には自分の専門領域から越境する制作に取り組む学生もいます。そういう場合には、各分野の先生をつけて応援しながらやっていくことになります。例えば民俗学的アプローチのプロジェクトを進める人は歴史遺産学科の先生も見てくれたり、文章を作るときには文芸学科の先生がアドバイスをくれたり。分野を横断したチームを作って応援していくんです。

ファインアート系の学生だけでなく全学生を対象に募集をかけるので、ファインアートだけじゃない映像やコミュニティデザインの分野でアート思考がある学生も選ばれることがあります。

青山:洋画コースからも3名入っているんですが、映画を撮ったことのない学生が映画監督したりしているんです。表現がそれぞれのジャンルではなくて ”アート” というところで、いろんなジャンルを網羅しながら作っています。外部のキュレーターとの関わりが持てることは贅沢だし、半年で人間ここまで変わるんだということに、専門性を教えている立場からすると驚きがありました。

――今回はどんなテーマが投げかけられたのでしょうか?

三瀬:作家募集時には「問い合わせ中」という一風変わったテーマがキュレーターから投げかけられました。パンデミック以降の世界で様々な領域で未来への模索が始まる中、いろいろなところに問い合わせているという意味もありますし、「私たちもあなたたちに問い合わせています。これからの世界はどうなるんですか?アートって?作品の存在意義って?」という問いかけだったと思います。

両校から83組、106名の応募があり、そこから本学から5組、京都から5組が決まりました。そこからさらに、選ばれた作家が制作を進めていく中で「DOUBLE ANNUAL 2024 瓢箪から駒–ちぐはぐさの創造性」という展覧会のタイトルが名付けられました。

――瓢箪から駒! 意外なタイトルですね。

今の学生は「外見と中身の違い」や「ギャップ」を肯定的に捉えている部分もあると思いますし、だからこそ生まれる創造があるのではないか。「瓢箪から駒–ちぐはぐさの創造性」というタイトルにはそんな意味が込められています。

――通常、選ばれるのは4年生が多いのでしょうか?

三瀬:いえ、大学院生や学年の混ざったグループが選ばれることもあります。昨年はグループの応募がとても多くて。本学はプロジェクトベースの授業や企画が多いので、みんなコレクティブ的に一つの目的に取り組んでやることに抵抗感がないようです。これは芸工大の校風だね、と話していました。

――2月の展示に向けて、現在はどのように進行していますか?

三瀬:通常の展示ではキュレーターがトップダウンで展示内容を落とし込んでいくやり方もありますが、これは教育プログラムなので学生の思いとキュレーターの視点が絡み合って進んでいきます。12月のプレビュー展でも「ここが足りないね」「ここはもっと深められるよね」と、かなり揉みました。2月の本展に向けてさらなるブラッシュアップをしているところです。

DAの様子

プレビュー展:12月時点での作品を、各大学のギャラリーで展示する中間発表。展示期間には監修・キュレーターの3名による公開講評が行われ、アドバイスを元に2月の本展に向けブラッシュアップをしていく。

深井:キュレーションがかかるというのは、「このレベルまでは到達してね」と線引きされるということなのでそこに達しないといけないという厳しさはあります。最後の方は「頑張れー!」と声援を送っていますよ。

三瀬:キュレーションの語源は「curare」に由来します。気にかける、世話する、手当てするという意味で、その名の通り学生を丁寧に見て育てていくんです。時代背景やいろんなことを含めて作品を鍛えていく。個人の意図を超えて俯瞰するキュレーターとのやりとりを通して学生も自己表現からジャンプします。もちろん自分を動機とした表現ではありますが、それだけでは伝わらないことが学べるのが「DA」の大きな特徴でもありますね。

――外部のキュレーションや監修が入ることが、学生たちにとって非常に贅沢で大きな学びの機会になることがよくわかりました。では最後に展覧会に来る方にメッセージをお願いします。

青山:是非、3つの展示を全部見てください。一つのジャンルやコンテンツには収まらないもの、関東にはないものがジワッと感じられると思います。

深井:それぞれ趣旨が違うプロジェクトから、僕たち教員が学生ときちんと向き合っている姿が奥底に感じられるんじゃないかなと思います。

三瀬:在学生、卒業する学生、活躍する卒業生、というそれぞれのステージの作品が一時に見られるので、巡るとそのステップが垣間見えて面白いんじゃないかな。ぜひたくさんの方に見てもらいたいですね。

インタビューの様子

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3つの展覧会は同期間に開催!

 

(文:上林晃子、撮影:法人企画広報課・有澤)

美術科洋画コース 青山ひろゆき教授 プロフィール

美術科日本画コース 三瀬夏之介教授 プロフィール

工芸デザイン学科 深井聡一郎教授 プロフィール

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東北芸術工科大学 広報担当
東北芸術工科大学 広報担当

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