北欧フィンランドの「心の風景」を描く/画家・卒業生 佐藤裕一郎

インタビュー 2019.10.29|

日本画を出自とする作家グループ「ガロン」による作品展が、2019年9月、本学内で行われました。所属メンバーの一人で、本学の卒業生でもある、佐藤裕一郎(さとう・ゆういちろう)さんは、2016年に制作拠点を北欧・フィンランドに移し、それ以降は「白樺と湖」を描く作家として再認知されるとともに、作品は国内外から高く評価されています。

作品展に併せて帰国した佐藤さんに、大学在学中のこと、フィンランドでの制作活動についてお話を伺いました。

周囲の人に本当に恵まれた。
応援してもらって成長できた学生生活

――芸工大に入学されたきっかけは?

佐藤:高校時代は3年間陸上部でしたが、最終的にインターハイに出場することはできなくて。スポーツを続けるのは難しいと見切りをつけました。そして、もともと絵を描くのが好きだったこともあり、美大に進みたいと考えるようになりました。それが3年生の秋くらい。本当に安易なんですけど、油絵よりは水溶性の絵の具である日本画の方が、自分の肌にも合いそうだなと。当然画力が追い付かなくて、現役では不合格になりました(笑)

――日本画コースに入学されてからの学生生活はどんなものでしたか?

佐藤:僕が入学したころの日本画コースは、どちらかというと院展系の先生が中心で、日本画の手法や工程などの習得には、もしかすると今より時間をかけていたかもしれません。(こうしたインタビューでこんなことを言うのは良くないのかもしれませんが、という前置きの後)実は入学してすぐに、自分のやりたいことと違う、と悩んだんですよね(笑)当時の授業や演習内容が悪いということではなくて、僕が思っていた絵を描くということと、日本画のそれが違うように思えたんです。日本画は習得するのにすごく時間がかかるし、素材の扱いもすごく大変です。いろんな制約のなかで描いていかなくてはいけない。そういうところが合わないような気がしたんですね。

どうやったら自分の表現ができるのか、描きたいものが描けるのかと、洋画コースの木原正徳(きはら・まさのり)先生※1 に相談したことは今でもよく憶えています。油絵って瞬間的にぱっと描ける材料でもあるので、そういう自由さみたいなものに憧れてしまって。木原先生は「どこにいたって、自分の描きたい絵は描けるよ」と。とにかく、日本画コースの先生に自分の思いをぶつけてみろ、と諭されました。

日本画コースの先生方には、僕の考えの甘さを当然見透かされていて、日本画をやめたければやめたっていい、違うところに行って好きなことをしたっていいと言われました。意図せず突き放されたことで、吹っ切れたような気がします。それからは、日本画材とは全然違う素材を使って、描きたい作品を描き始めました。きっと当時の日本画コースの先生方には、あまり良く思われていなかっただろうと思いますね(笑)

「Underground stem」  2005(大学院修了制作) 270×720cm 合板にベニヤ板、土、砂、鉄粉、岩絵具、顔料  撮影: 草彅裕

そしてちょうどその頃、岡村桂三郎(おかむら・けいざぶろう)先生※2 が日本画コースに着任されて。おもしろいことをやってるやつ、と取り上げてもらえるようになりました。岡村先生が自分の居場所を作ってくれた、そんな気がしました。

その後、大学院に進学してからも、当初から僕は土やセメントをこねたりなんていう、制作工程で汚れるような、それもサイズの大きな作品を描いていて。でもその横には、院展に出品する人が作品を描いていたりするんです。そういう環境に、どうしても気兼ねしてしまって、夜な夜な教員棟の広いところに作品を出して制作したりとか、駐車場に作品を並べて制作したりしていました。

きっとそういう姿を先生方が見ていてくれたんだと思うんです、ちゃんと環境を作んなきゃだめだって大学側に掛け合ってくれて、別のアトリエを建ててくれた。僕の場合は、本当に周りの人に恵まれた、応援してもらえたと思いますね。

大学院修了後、制作の拠点を埼玉県川口市に移した佐藤さん。その後も作品を精力的に発表、賞も多数受賞されます。生活・制作の基盤ができていただろうこのタイミングで北欧フィンランドへ。

フィンランドで、
本当に描きたいものに出会えた

――2016年からフィンランドに。その理由は?

佐藤:文化庁の海外研修制度に応募したことがきっかけです。僕は地元・山形県出身で、それまでも北の自然をテーマにずっと制作していたこともあり、海外の同じように自然が豊かな地域に行って、そこに住む人たちの生活、文化というのを見てみたいという思いをずっと持っていました。

――1年滞在の予定が、渡航4年目になりましたね

佐藤:フィンランドをすごく気に入ってしまって。でも苦しんだ時期もあったんですよ。実は渡航前までは、抽象の青い作品を描いていたんですけど、フィンランドに行ったら、それが描けなくなってしまって。なんか青いイメージが全然出てこなくなったんですね。

――冬が長く厳しいフィンランドと、青い氷柱の絵のイメージは重なるような気もしますが

佐藤:そうなんです、僕もそう思っていました。フィンランドに行って何かを見つけたいと期待していた一方で、そんなに大きな変化は訪れないんじゃないかと内心そう思っている自分がいました。でも、それまでのようには描けなくなってしまった。これにはかなり焦りました。向こうに行って何か月かは、自宅近くの森のなかをとにかくさまようように歩きまわって。何かきっかけがほしいと思っていました。

「Glacier」 2013 240×700cm 紙に顔料

そんなとき、湖畔で1本の白樺の木に出会ったんです。それはもう色のない水墨画の世界でした。描かずにはいられないというか。あ、これだ!と思って描き始めたんです。

――フィンランドに来て、ようやく「描きたい」と思えたわけですね

佐藤:そうですね。ただ、これまで描き続けていた作品は、本当に描きたいものだったんだろうか。実は惰性的だったり、新しいことへの挑戦というより、手の伸ばしやすいものになっていたんじゃないか。フィンランドで出会った風景は、そんなふうにさえ思わせるものでした。

――改めて絵を描くことの本質に向き合えたと

佐藤:なんか、思い出したというか。絵を描くのってこういう感じだったんだって。そしたらもう、スルスルっと絵が描けるようになりました。

発表の機会もなかったので、最初は自分のための記録としてスケッチを描いていました。そのころ住んでいた自宅の近くに、画家が何人か住んでいたんですが、そのうちの一人のフィンランド人が、僕のスケッチを見て「すごくいいね」と感動してくれたんです。

ちなみに、フィンランドの公用語はフィンランド語なのですが、僕はフィンランド語があまり話せません。こんなときは英語でコミュニケーションするのですが、お互いに第一言語が英語ではないので、いつも深い話まではできないでいました。でもそのときは、すごく共感してくれたのが分かったんです。僕の絵をとおして、言語の壁を越えたところで通じ合えた気がしました。彼に「もっとお前の絵が見たい」と言ってもらえたことがきっかけで、スケッチではなく、ちゃんとした絵として描き始めました。

制作には、鉛筆やシャープペンシルを今でも使っています。スケッチをしたときの気持ちがぶれないように、スケッチの状態をそのまま大きくしたいという思いがあるからなんです。

「Koivumaisema」 2018 300×780cm 紙に黒鉛、胡粉
上記の作品は、鉛筆とシャープペンシルだけで描かれている。1日8時間以上描き続け、完成までに6か月を要した。

――作品を観たフィンランドの方たちの反応はいかがでしたか?

佐藤:白樺と湖のある風景のことをフィンランド語で「Koivumaisema(コイブマイセマ)」と呼ぶのですが、僕がフィンランドで初めて描いた風景画を見た人たちが「これはコイブマイセマだ。フィンランド人にとっての原風景だ」と、とても喜んでくれたんです。誰かの共感を得ようと思って描いたわけではなく、自分が惹かれた風景を描いた絵にそう言ってもらえて、すごく驚いたし、うれしかったです。

それと、僕は細かい描写がすごく好きで。木に生えた苔とか、ひび割れとか、樹皮がところどころめくれている様子とか、そうした細かなところも描くことで、木の生命力を表現できたらと思っているのですが、僕の描いた絵を見て、フィンランドの人たちは、普段身近にあってよく知っているはずの木々や自然の魅力、尊さに改めて気付かされたと言ってくれます。

「Forest」 2019 180×285cm 紙に黒鉛、純金泥、顔料

2019年夏には、フィンランド・ユヴァスキュラ美術館で個展を開催し、ここでも手応えを感じたという佐藤さん。フィンランドでの暮らしはどんなものなのでしょうか。

――フィンランドでの暮らしは、日本とは違うんでしょうね

佐藤:そうですね、なんかのんびりしているっていうか。休みも長くとるし。家族のために早く仕事を切り上げて帰ったりとか。そういうのが許される社会です。

2019年夏、フィンランド・ユヴァスキュラ美術館で開催された個展の様子

周囲のフィンランド人には、「なんで裕一郎はそんなに働けるんだ」とよく言われます。日本人だからね、と答えていますが(笑)

消費税は24%。物価も高いですが、生活自体がとてもシンプル。田舎に住んでいるということもあって、娯楽もほとんどありません。だから本当にお金を使わないんです。買うのは食べ物と生活雑貨くらい。持つものは少ないですが、豊かに暮らせている気がします。

自宅前に広がる湖(写真:佐藤さんご提供)

――アート作品に対する考え方に違いはありますか?

佐藤:アート作品を家の中に飾るという行為は一般的です。また、公共の建物を建てる時には、総予算のうち数パーセントはアートに使わなければならない、というルールを設けている地域があり、プランニングの段階から絵画や彫刻を募集して、アート作品ありきで設計が進められていきます。ちなみに、アート作品の購入にかかる税金は10%なんですよ。(消費税が24%なのに対して)税率が低く抑えられていて、アートを購入しやすくなっています。アートを大事にしようと国がバックアップしていると感じます。

――芸工大の後輩たちにメッセージを

佐藤:自分がいいなと思ったこと、これはやってみたいと思ったことを大事にすることですかね。制作、発表、何かをする時にはいつも自分以外の人の声や目が付きまといます。それが自分を成長させることもありますが、自分を見失うことに繋がったりもするかもしれません。まずは自分を信じてやってみること。その先に何かがあると思うんです。海外に出てみるのも突破口のひとつかもしれない。視点が変わった、そんな感じはありますね。

フィンランドで作家として認知され、さまざまな人との繋がりができているという佐藤さん。フィンランドは、本気で永住したいと思うほど気に入っているそう。絵を描くことの楽しさ・喜びを、フィンランドで再び手にして、大きくジャンプできた印象を持ちました。

そうした機会が、いつ自分に訪れるのかは誰にも分かりません。だからこそ、やりたいことを見つけ、自分を信じてやり続ける。それ自体が才能なのではないかと佐藤さんのお話を聞いて改めて感じました。(企画広報課・須貝)

佐藤裕一郎(さとう・ゆういちろう)
1979年 山形県山形市生まれ
2003年 東北芸術工科大学芸術学部美術科日本画コース卒業
2005年 東北芸術工科大学大学院芸術文化専攻日本画領域専攻修了
2016年 文化庁新進芸術家海外研究員としてフィンランド・ユヴァスキュラに滞在(~2017年)
2017年~ フィンランド・ラウカー在住

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東北芸術工科大学 広報担当
東北芸術工科大学 広報担当

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