大学生のときの趣味の一つとして、大学教員のホームページに掲載されている日記を読むというものがあった。今と違ってSNSはないし、ブログもない。自前でホームページを制作し、さらに日記を載せている人が数多くいたのである。そんな私も今はなきgeocities(Webサイト作成サービス)でホームページを公開していたが、中身は特になく、友人たちとの交流を目的とした掲示板やら何やらがあるぐらいであった。
そのため実際には情報発信に力を入れていたというよりは、情報収集と暇つぶしを兼ねてネットを漂っているだけで、いかにも大学生の日々の過ごし方だったと言える。当時のネットサーフィンは今のようにtwitterならtwitterのなかだけで検索するという同一サービス内で探すのではなく、まだgoogleもなかったのでいくつかの検索システムを駆使して、どこかのホームページにたどり着き、そこから貼られているリンク(懐かしきバナーつきの相互リンク)をたどって、果てのないネット空間を泳いでいる気分であった。
とカッコつけたが、こちらは暇な大学生なので学内で友人がつかまらなかったときはパソコンルームに行き、あいているPCを利用してネットサーフィンしているだけといえる。無意味な時間であったかもしれないが、そのなかで習慣化されていったのが大学教員のサイトで公開されている日記を読むことであった。一番、よく見たのは小説家の森博嗣の日記で、当時はN大学に勤務しつつも兼業作家として活動している時期で、朝見ると日記が更新され、夕方あたりにアクセスするとやはり更新され、夜も書かれている、という流れに合わせて、朝起きたときや、授業の合間、帰宅後など一日何度も読んだものである。本当に暇である。ちなみにその日記は『すべてがEになる』や『MORI LOG ACADEMY』(こちらはブログになってから)として書籍化されており、今でも刹那的な時間ができたら一部分を読み返したりする。
もちろん森博嗣だけではなく、自分の専門分野や他分野の研究者の日記をずっと読んでいて、そのうち理解が深まっていくと論文を読むようになり、昨日花に水をやっていた人はこんな文章を書くのか、と妙に感心したりしていた。そして何より驚いたのは、なかには10年後ぐらいに実際に会う機会があり、「変なことを申しますが、学部生のときにホームページを読んでおりました」という熱心なのか気持ち悪いのかよくわからない挨拶をしてしまったのである。
何が言いたいのかというと、今でもSNSやこちらのコラムなどで何かを発信しているのは、あのときの自分自身が楽しんだことへの恩返しの部分もあるので、久しぶりの更新で大変申し訳ありません、ということである。
文芸学科の前期で個人的に一番大変なのは編集長をつとめている『文芸ラジオ』の発行で、5月末のオープンキャンパスに間に合わせるために4月・5月は大詰めの作業をしている。はずなのだが、4月に入ってもインタビューしたり、文字起こしをしたりしていたので、本当に危ない橋を渡って奇跡のように通常通りの発行となったのが今年の『文芸ラジオ』9号である。
表紙はわらびもちきなこさんの『しあわせ鳥見んぐ』である。『まんがタイムきらら』で連載しているこの作品がなぜ表紙を飾るのかというと、主人公の一人である宮内すずが通うみちのく芸術大学のモデルが東北芸術工科大学なのである。我々は毎日のように聖地巡礼をしているのだ。バードウォッチングを描いた作品なので、芸工大だけではなく山形を中心とした実在の場所をめぐっていくし、主要人物である時庭翼の出身地である飛島も訪れるので、山形は聖地だらけになっている。皆さん、作品を読んで来てほしい。
巻頭インタビューは声優の伊達さゆりさんである。仙台出身ということで編集メンバーたちが親近感をもっているというより、ほぼ同世代なので地元の星であり、憧れであり、一つの象徴なのだなと学生たちと話をしていて思ったものである。伊達さんには非常に丁寧に接していただき、自身のチャレンジから現在の取り組みにいたるまで話をしていただいた。
今回の特集は2つあり一つは「バディ解剖論」であり、もう一つは「1日だけ子供に戻れたら」になる。「バディ解剖論」では先述のわらびもちさんのほかに、小説家の伊坂幸太郎さん、精神科医の益田裕介さん、お笑いコンビのストレッチーズさんにインタビューを行った。バディをマンガや小説で描く場合、バディをめぐる人間関係を考える場合、そして実際にバディを組んでいる人たちの場合とそれぞれの取り組みのなかで話をうかがえたのは非常に貴重な体験であった(編集長なので、どれも参加している)。
「1日だけ子供に戻れたら」では、タイトルの通りなのだが、子供に戻ったらというテーマで散文をご寄稿いただいた。文芸学科の卒業生である大久保開さん、猿渡かざみさんの2名の小説家だけではなく、多様な分野で活躍している方々に書いていただいた。一つの広がりのなかで描かれる作品群をぜひお読みいただきたい。
そして全員を紹介していると紙幅が尽きないのだが、今号でも多くの小説家の方々に作品を寄稿していただいた。まことに頭の下がる思いである。学生からの突然の依頼に驚かれただろうが、それでもお引き受けいただいたのはありがたいことである。『文芸ラジオ』9号の目次をご覧になりたい場合は、文芸学科ブログで公開しているのでご確認ください。
ご寄稿いただいた小説家のなかで本学との関係が強いのは桑原水菜さんで、個人的には「炎の蜃気楼」シリーズでおなじみの大ヒット作家さんであり、大ベテランの作家さんでもあるので、お引き受けいただいたときは学生とともに、いや、学生より驚き、うれしかったのを覚えている。特に「米沢上杉まつり」が全国区として有名になった契機は、「炎の蜃気楼」シリーズ4巻『琥珀の流星群』によるものなので、山形とも浅からぬ縁があると思っていたが、ご本人の日記を読むと、その昔芸工大生による企画でワインが発売されたとのことで、遠い先輩たちの取り組みが今もこうして縁をつないでくれているのは非常にありがたいことである
もうお一人紹介すると「バディ解剖論」の企画のなかで、真っ先に挙げられた作品がアニメ「リコリス・リコイル」であった。ちょうど企画を考えているときに放送が開始され、あっという間に大ヒットしていったアニメであり、この作品がなければ学生たちから企画案があがってこなかったかもしれない。そのぐらい影響のあった作品であるが、原案と小説を担当したアサウラさんに小説をご寄稿いただけて、ここまで適任の人に書いてもらえるのはなかなかない機会となった。タイトルがまさに「バディ」なので、特集としても文芸誌の誌面としても非常に充実したものになって、編集側としても大満足である。
すべての紹介はできないが、これ以外の方々にもご寄稿いただけたのは非常にうれしかったので、ぜひ買い求めて読んでいただきたい。ただウェブ書店の在庫はかなり払底してしまっており、また書店での販売も数が減ってきている印象なので、ご興味ある方はぜひ7月29日(土)・30日(日)に行われる東北芸術工科大学のオープンキャンパスに足をお運びいただきたい。そこで最新号だけではなく、絶版した過去の号も含めて販売する予定で、もちろんすでに読んでいる人は学生や教員に感想をお伝えください。もちろん創作志望の方による作品持ち込みも大歓迎。お待ちしております。
(文・写真:玉井建也)
BACK NUMBER:
第1回 はじまりはいつも不安
第2回 よふかしのほん
第3回 夏の色を終わらせに
第4回 本はブーメラン
第5回 サボテンの本
第6回 君の本まで
関連ページ:
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玉井建也(たまい・たつや)
1979年生まれ。愛媛県出身。専門は歴史学・エンターテイメント文化研究。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。東京大学大学院情報学環特任研究員などを経て、現職。著作に『戦後日本における自主制作アニメ黎明期の歴史的把握 : 1960年代末~1970年代における自主制作アニメを中心に』(徳間記念アニメーション文化財団アニメーション文化活動奨励助成成果報告書)、『坪井家関連資料目録』(東京大学大学院情報学環附属社会情報研究資料センター)、『幼なじみ萌え』(京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局 藝術学舎)など。日本デジタルゲーム学会第4回若手奨励賞、日本風俗史学会第17回研究奨励賞受賞。
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