山形ビエンナーレの開幕まで2ヶ月を切り、いよいよ準備が慌ただしくなってきた。展覧会直前のこのタイミングでは、キュレーターの仕事は立ち上がったプロジェクトやプログラムの調整が中心だ。アーティストから作品の意向、プランの提案があれば、キュレーターとしての意見・感想をしっかり伝えることはもちろん、予算面、会場面などから実現可能であるのか検討していく。
例えば、今回出品していただく歌人の伊藤紺さんの短歌、詩人の管啓次郎さんの詩、シンガーソングライターの前野健太さんの詩と歌は、作品のグラフィックとしての展開・デザインをグラフィックデザイナーの平野篤史さんにお願いしている。そして、それら作品の展示場所は、屋内外の複数箇所(20ヶ所前後予定)にわたる。そのため、まず、つくっていただいた、あるいはつくっていただきたい作品にふさわしい展示場所がどこであるのか私が検討し、アーティストにプランを提案・了承を得た上で、三者でのミーティングを行い、平野さんにデザインを検討していただく。
同時に、その場所で展示させていただくことが可能なのか、という点で所有者・管理者がどなたであるのか確認が必要であり、確認でき次第、ご相談・ご提案する。今回の山形ビエンナーレは、大学会場をのぞく蔵王温泉エリアの会場はすべて、所有者・管理者の方々から一時的にお借りして行うため、作家・作品についての丁寧な説明と、借用する会場ごとのレギュレーション(規則・規約・制限など)の確認が必須である。
また、言葉の表現から生まれたグラフィックをどのようにものとして制作するかという点で、造作物・サインの製作などをされている素材・技術のプロフェッショナルの方々にもご相談している。すると、ここであればこういう素材がふさわしいのではないか、ここであればこういった展示方法が検討できるのではないか…という意見をいただけ、制作がさらに具体的に進む。
さて、そうして多くの方々からの多大なご協力を賜わりながら準備をしている山形ビエンナーレのいっぽう、同時に、本学は文化庁の「大学における文化芸術推進事業」に採択され、「温泉地を舞台にした、持続可能な『アート&ウェルビーイング』人材育成プログラム」と題するプログラムも実施している。キュレーション、ダンスワークショップ、ツーリズム、展覧会制作など4つの講座があり、受講生は成果を山形ビエンナーレで発表をする。そのうち、私がコーディネーターを担当している講座(「キュレーションのマテリアル:歩行・言葉・映像」)で、先日、詩をつくり、発表する機会があった。
講座の趣旨は、温泉地(地域・土地)を歩くこと=「歩行」、歩くことを通してその体感や発見を言葉にすること=「言葉」、さらにはその発見を写真や映像を通して撮影・記録すること=「映像」を、アートプロジェクトのキュレーションにおいて重要な「マテリアル」(素材)ととらえ、地域の歴史・風土に根差したキュレーションの創造的なありかたを学ぶというもので、講師として、ビデオグラファーの岡安賢一さん、詩人の管啓次郎さん、グラフィックデザイナーの平野篤史さん、アーティストの大和由佳さんをお迎えしている。詩をつくる課題は、管さんからのものだ。
管さんからは前もってレクチャーがあり、それはこんなお話だった。
歩くことを通して、何かを発見し、そこで意識の変容が生じること。人間の言語は、その場にない(不在の)ものについても語ることができる発明であること。人間は言語の乗り物であり、人間は言語に使われていること。人間の思考とは、言葉とイメージの複合体であること。詩とは、世界の新しい姿を提示するものであること。詩の経験とは、未知の世界がひらくことであり、世界の更新であること。一瞬で気持ちを変えるような経験こそ、程度の差はあれ、「詩的な瞬間」であること。
などなど、管さんがこれまでに書かれた詩を、受講生、講師が管さんとともに順々に読んでいく朗読の時間もまじえながら、お話しいただいた。それは数百字ではとうていまとめることなどできないあまりに濃密な時間で、それこそ、管さんの言う「詩的な瞬間」にほかならなかった。瞬間瞬間、言語について、詩についての考えかたが更新されていく…。
課題は、管さん自身も手がけられている「16行詩」だった。「16行」という定型のなかで、詩をつくる。そう、それは、詩を「書く」というより、詩を「つくる」経験だった。言語とその言語が内蔵しているイメージによって、世界を新しく「構築する」こと。
その意味では、私がつくることができた世界は、まだまだ、「未知の世界」をひらくことはできていない。ただ、タイトルを「蔵王温泉の詩 Ⅰ」としたのは、またつくってみたいと思ったからで、ビエンナーレの準備をしながら、そんなふうに詩のことも考えていきたいと思っている。それは、言語によって蔵王温泉を見つめること、イメージを構築し直すことに繋がるだろうし、かつてこの土地で歌を詠んだ斎藤茂吉の心情にも、もしかしたらほんの少しでも触れることができるかもしれない。
蔵王温泉の詩 Ⅰ
小金沢智
深夜、雪が降っていたことを覚えている
車のフロントガラスはモノクロの映画を目の前に映すようで
あのときの点滅する光はどこへいったのだろうか
深さと浅さ、その間の無数のグラデーションの緑が
世界を覆い尽くしてほしいと思うが
太陽が湖面に光を反射させて私たちをまっしろくつつむ
どうしたらあなたのように歩けるだろうか
どうしたらあなたのように歌えるだろうか
どうしたらあなたのように土を踏めるだろうか
草を食みながら私はあなたのことを考えていない
花を食みながら私はあなたのことをただ見ている
土を踏みながら私はあなたを食べることを考えているかもしれない
すぐそこで遠く山頂から吹き寄せる風の歌を聴きながら
すぐそこで地中から湧き上がる硫黄のにおいを嗅ぎながら
空中に書かれていた詩を読み、しばらく見つめていた
足跡の窪みは夢のようにいつのまにか消えている
(文・写真:小金沢智)
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