「現代山形考~藻が湖伝説~」。大学主催の芸術祭が「修復」するもの/宮本晶朗(山形ビエンナーレ2020 プログラムキュレーター)

コラム

その一つに、山形県村山地方にある湖水伝説「藻が湖(もがうみ)伝説」をテーマにしているプロジェクトがあります。キュレーターとして、また、文化財の保存修復を行う専門家の視点から、この伝説を読み解いた先に見えてくる「現代の在り様」とは一体どんなものなのか、宮本晶朗(みやもと・あきら)氏に寄稿いただきました。

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「現代山形考」は、「山形ビエンナーレ2018」の企画展「現代山形考:修復は可能か?−地域・地方・日本−」 を、芸工大美術科教授で日本画家の三瀬夏之介(みせ・なつのすけ)さんと共同キュレーションしたことに始まります。

※参照記事:
芸術の諸ジャンルが交わる“山のような”芸術祭。小金沢智評 「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2018」

現代山形考
「山形ビエンナーレ2018」での「現代山形考」展示風景。大江町雷神社に奉納されている「風神雷神像」と、日本画家の大山龍顕氏による光背画「雷電光背、竜巻光背」のコラボレーション(撮影:根岸功)
現代山形考にて展示されたムカサリ絵馬
ムカサリ絵馬を題材にした絵画作品と、「久昌寺」(上山市)に奉納されている本物のムカサリ絵馬を併立で展示した。(撮影:根岸功)

今回の「現代山形考~藻が湖伝説~」はその続編で、前回扱ったテーマでもある「風神雷神像」「ムカサリ絵馬」「山寺油絵展覧会」などの山形に関連する文化財と関係づけながら、山形、日本、メタボリズム建築(人口増大などで有機的に成長する都市建築の在り様を意味する)、東京オリンピック2020などにも思考を飛躍させて言及するプロジェクトを行いました。

「最上」の地名の由来は「藻が湖」?

現代山形考でテーマとなった「藻が湖伝説」

山形県村山地方に伝わる「藻が湖伝説」は、「山形盆地の中央はかつて“藻が湖”といわれる大きな湖となっていましたが、碁点山を開削して水を流して湖を干上がらせた」というもので、開削した人物は、奈良時代の僧侶・行基、平安時代の僧侶・円仁、または双方が挙げられることがあります。

付随して、湖の西側が西根(寒河江市)、対岸の東側が東根(東根市)と呼ばれ、舟で行き来したということや、「藻が湖(もがうみ)」が「最上(もがみ)」という地名になったということも語られています。

山形盆地の東根市、寒河江市、村山市を中心に伝わり、郷土史関係の書籍にも多く取り上げられ、東根市役所のウェブサイト内では「市名の由来」として藻が湖伝説を紹介するなど、ある程度の認知もなされています。

他方で、昭和50年(1975)の山形新聞夕刊一面に、『「藻が湖」はあったか “ナゾめく7世紀の奇跡”遺跡ぞくぞく発見(村山・東根の平野部)』という記事が掲載されています

その内容は、広く知られる「藻が湖伝説」が、発掘調査によって湖であるはずの場所に古墳時代の集落跡が発見されるなどして、伝説の内容との矛盾が大きな関心となっています。

「藻が湖伝説」はいつからあるか

さて、「藻が湖伝説」はいつ頃からある話なのでしょうか。山形盆地に大きな湖があったという話としては、寛政4年(1792)に書かれた『乩補出羽国風土略記』に「古代の村山地方は山形と天童方面だけが陸地で、六田、楯岡、大石田辺りまので7、8里は湖であった」と書かれています。

文字資料とは別に、口頭で語り継がれてきたこともあったと思いますが、今のところ、これ以前の資料は見当たらず、この時点では物語的な内容にもなっていません。その後、明治25年(1892)の田嶋新五郎編『東根町郷土史談』では、冒頭に記載したものと同様の内容になっています。

こうしたことから、湖にまつわる話はともかく、「藻が湖伝説」が現在知られるような形になったのは、江戸時代の終わりから明治時代前半と考えています。

「藻が湖伝説」と山形盆地を地図上で重ね、どのような風景が立ち現れるのかを試験的に描いた後藤拓朗氏(東北芸術工科大学洋画コース卒業生)による絵画作品
「藻が湖伝説」と山形盆地を地図上で重ね、どのような風景が立ち現れるのかを試験的に描いた後藤拓朗氏(東北芸術工科大学洋画コース卒業生)による絵画作品『新しい生活のための試作』(キャンバスに油彩/2020)。

こうした伝説は山形盆地以外にも存在しています。たとえば、岩手県遠野市の遠野盆地では、柳田国男『遠野物語』に「遠野盆地はかつて湖だったが、自然と水が流れ出て現在のような村落となった」という伝説が書かれています。また、山梨県の甲府盆地にも、『甲斐国志』には「国建大明神は蹴裂明神とともに甲府盆地南部の山を切り開き、水を流して肥沃な土地に変え、甲斐国四郡を創設した」と書かれています。

この他にも、信州の松本平や奈良盆地などの全国各地の盆地に、「盆地はかつて湖だった」、「湖だった所を神仏や龍などが山を壊して水を抜いた」という話があり、これらは湖水伝説や蹴裂伝説と言われています。つまり「藻が湖伝説」は山形固有の話ではなく、湖水伝説の類型の一つと言えます。

そして日本に留まらず、外国にも同様の伝説があります。ネパールでは、15~16世紀の仏典『スヴァヤンブー・プラーナ』に「カトマンズ盆地は湖だったが、文殊菩薩が山の一部を断ち切って水を流したことによって、人間が住めるようになった」という説話が記され、ネパール開闢伝説として広く知られていますし、南アジア、東アジアには類似する伝説が幾つも点在しています。

伝播によるものなのか各地で独自に生まれたものかは定かではありませんが、「藻が湖伝説」にはこうした世界的な背景があります。

民俗学・考古学から歴史的事実を検証

私がこの「藻が湖伝説」を知ったのは10年ほど前です。あまり覚えていないのですが、県内の郷土史関係の本の中で見掛けたように思います。最初の印象としては、そのような大きな湖が古代にあったとは到底思えず、めちゃくちゃな話だと思った記憶があります。

この「藻が湖伝説」について調べ始めてみると、前回の現代山形考で扱った美術史、文化財保存修復という分野の他にも、民俗学、考古学、文化人類学、地質学、古生物学などにリンクできる可能性があると気付きました。

また前回の「現代山形考」のときから、大学が主催する芸術祭なのだから研究機関でもある大学の成果を織り込むべきだと考えていたため、今回はそれを進めて、芸工大の教員から、歴史遺産学科教授で民俗学を専門とする田口洋美(たぐち・ひろみ)先生、同学科准教授で考古学を専門とする青野友哉(あおの・ともや)先生、建築・環境デザイン学科教授で建築史を専門とする志村直愛(しむら・なおよし)先生にご参加いただきました。

田口先生からは、山岳信仰やため池の分布から、伝説の中には歴史的な事実が含まれるのではないかということ。青野さんからは、山形盆地の遺跡分布から、湖の有無や場所についての検討をしていただき、多角的に研究・検討することできました。

山形ビエンナーレ
東北芸術工科大学本館7階ギャラリー「THE TOP」に展示された出品作品。オンライン開催のため、実際に鑑賞者が入ることができないが、本プロジェクトの研究成果として動画配信・紹介されている。

現代を生きる大学院生たちが、
歴史文化の世界観を現代アートで再構築。

大学が主催する芸術祭として、教育的な視点からのアプローチも考えました。私が三瀬先生と共に担当する大学院の授業「アートプロジェクト特講」では、講義だけではなく現場に行って文化財の見学や調査を行い、それを元にアート制作や展示のコンセプト・プランをつくってプレゼンテーションしてもらいました。

大江町中の畑地区の「雷(いかずち)神社」では、住民のいなくなった集落とそこにある神社の状況を視察したり、山形市山寺では、現在もお寺に奉納されている「ムカサリ絵馬」を見させていただいたり、住職のお話を伺うことができました。芸術祭という機会を通しての歴史文化の理解は、学生たちにとっても刺激的で、良い影響があることを実感できました。

「藻が湖伝説」に関わるアート作品のプレゼンテーション風景
保存修復や絵画表現を学ぶ大学院生らによる「藻が湖伝説」に関わるアート作品のプレゼンテーションの様子。
東北芸術工科大学の大学院での授業風景
地獄と女性に関するアート作品のプレゼンテーションの様子。
東北芸術工科大学の大学院での授業風景。雷神社の視察の様子
「雷神社」の見学・調査の様子。「山形ビエンナーレ2018」で展示した江戸時代後期制作と考えられる風神雷神像が祀られていた(現在は大江町歴史民俗資料館の中に収蔵・展示されている)。

文化財はその物自体だけでなく、その文化財について書かれた文書、置かれている場所、それに関わる人々の話なども大変重要なので、そういった事柄から切り離されてしまうと、その文化財が持つ情報というのは大変限られたものになってしまいます。たとえば仏像は場所性が重要です。その像が安置されるお寺の立地や、お堂の周囲に何があるかなどは、その像を理解するために欠かせないことなのです。

講義を受講した大学院生たちには、文化財が置かれている(いた)現場を多面的に理解し、現代山形考のために我々がおこなっている調査の一側面を知ってもらえたと思います。村山地方の独特な風習である「ムカサリ絵馬」を、現代的、サブカルチャー的に転換しつつ供養について再考した大学院生の作品も生みだされ、今回の「現代山形考」に出展されています。

『推しのいる世界』青山夢。山形ビエンナーレ出品作品
『推しのいる世界』青山夢/(大学院絵画領域1年)/パネル、油彩/2020
『カリソメ同盟』青山夢。山形ビエンナーレ出品作品
『カリソメ同盟』青山夢/(大学院絵画領域1年)/パネル、油彩/2020

見学で現場を見る中で私自身が新たに気付いたこともあり、今回の展覧会や展示解説のテキストに反映させることができました。調査してきた物や場所であっても何度も現場で見ることは大切で、(警察の捜査ではないのですが)文化財調査も「現場百篇」だと思います。

今回の山形ビエンナーレはコロナ禍によってオンライン開催となり、現代山形考もインターネット上での展覧会がメインとなって、実物の文化財やそれが置かれる現場を見ることができなくなりましたが、そうした状況を補完するため、見学の様子や、文化財、現場、関係者のインタビューを収めたドキュメント映像も制作しました。

「山形ビエンナーレ2020」の動画配信ブース
会場内に設置された配信ブース。会期中にここから「山形ビエンナーレ2020」の様々な動画コンテンツが配信される。

通常の展覧会でも、文化財自体を見ることができても、現場を見たり関係者の話を聞いたりはできないわけで、今回のドキュメント映像制作は、実物に対する情報を補完するとともに、アーカイブすることにもなり、意義は大きいと感じています。

「藻が湖伝説」は、山形盆地に関わる身近な地域の話ですので、県内の多くの人々にも関心を持ってもらえると思っています。

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宮本 晶郎
宮本 晶郎

1976年、東京都生まれ。株式会社文化財マネージメント代表取締役。文化財(仏像、近現代彫刻)の保存修復。2008年、東北芸術工科大学大学院修士課程保存修復領域(立体作品)修了。2008~2014年、白鷹町文化交流センターにて学芸員として勤務し、展覧会としては「山形若手アーティスト展」、「塩田行屋の仏たち」、公演としては「鈴木ユキオ、白鷹と踊る」、「森下真樹 それってダンスなの?」、「向井山朋子 夜想曲/Nocturne」などを企画・担当する。東北芸工大文化財保存修復研究センター学外共同研究員として、仏像等の調査・研究や保護活動に参加。2015年、国内最大級のビジネスコンテストである「TOKYO STARTUP GATEWAY」において、「仏像修復クラウドファンディング」のプランをもってファイナリストに選出。「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2018」にキュレーターとして参加。現在は地域文化財の保存や修復を軸に、文化財・アート・人を繋いで場を作る活動を実践中。