「日本画とは何か」を問うことで生まれる、高い画力と思考力。その両輪が、やがて唯一無二の表現力になる/美術科 日本画コースをレポート

レポート

自らの眼で時代を見つめ、思考し、自らの手で新しいものを生み出すことで未来を切り開く絵画表現を探求する本学の日本画コースには、4つの学びの柱があります。

Field  フィールド(写生)を重視し、観察力と画力を鍛える
Exhibition  エキシビション(展覧会)を学生主体で企画・運営し、展示技術を学び、思考を磨く
Local  ローカル(地域交流)を通し、表現力と精神力を育む
Study  スタディ(研究)により、自らの制作と思考を深める

これらの学びを可能としているのが、従来の日本画教育にとらわれない新しいカリキュラムや教員の布陣です。主たるコンクールにおいても、学生・教員ともに受賞が続いている日本画コースで、今何が起こっているのかをレポートします。

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日本画を語る上で欠かせない、画材の魅力

最初に紹介した4つの柱の頭文字を組み合わせると浮かび上がる、「FELS」という文字。ドイツ語に置き換えると「」という意味になります。日本画にとって岩、つまり自然の岩石や鉱物は、絵具の顔料となる大切な存在。それは他の美術表現との違いを表す上で最も特徴的なものと言っても過言ではありません。金子朋樹(かねこ・ともき)コース長は、「岩絵具は中国から日本に伝わった後、製法などにおいて独自に進化を遂げ、今では世界に類を見ない素材になっている」と話します。その一方で、大学へ入学するまで岩絵具を使ったことがないという学生は多く、ぜひこの素材の魅力に気付いてほしいという想いも。

美術科 日本画コースをレポート/美術科・日本画コース長の金子朋樹(かねこ・ともき)准教授
美術科 日本画コース長の金子朋樹(かねこ・ともき)准教授。

芸術工学研究科長である三瀬夏之介(みせ・なつのすけ)教授は、日本画で使われる画材について次のように話します。
「まず和紙は植物繊維ですよね。そして岩絵具は鉱物で作られていて、そこに動物性たんぱく質であるにかわを加えて使用します。さらに筆は動物の毛というように、いつでも土に還ることのできる自然素材でできているんですね。本学では、山形県西川町で作られている月山和紙を使ったり、また『素材学』という授業では拾ってきた石を砕いて岩絵具を作るんですが、ここは火山地帯なので結構面白い鉱物が落ちていたりして。そうやって地域にあるもので作られた自然素材を使って、地域で描き、地元で発表するという、地産地消のような活動をしています」。

美術科 日本画コースをレポート/日本画コース実習棟に並ぶ、岩絵具
日本画コース実習棟に並ぶ、岩絵具。

また、東北ならではの色彩に惹かれて芸工大へ学びに来る学生も少なくないと言う三瀬教授。
「僕自身、山形に来てすごく驚いたのが色のビビッドさでした。東北ってなんとなく白茶けたモノクロームのイメージだったんですけど、冬の真っ青な空と白い雪原の組み合わせだったり、白い雪に包まれていたところから一気に芽吹く春の風景とか、紅葉の上に白い雪が降り積もる感じとか、そういった色のぶつかり、色彩世界がここにはあるなと驚かされました。奈良で生まれ育ち京都で絵の勉強をしていた関西人の僕にとっては、とても考えられない景色でした」。

美術科 日本画コースをレポート/美術科・日本画コースの三瀬夏之介(みせ・なつのすけ)教授
美術科 日本画コースの三瀬夏之介(みせ・なつのすけ)教授。

さらに金子コース長は、「山形は四季の一つ一つがはっきりしていると思うんです。冬は雪景色ならではのモノクロームの世界があって、そこから“水墨画”の世界へと思いを馳せることもできます。そんなふうにいろんな角度で日本の風土、文化、そして絵画につながっていけるのも東北・山形の魅力だと思います」と話します。

自然と共にある山形で、真の画力を手に入れる

日本画に欠かせない要素としてもうひとつ注目すべきなのが、「歴史」。そう教えてくれたのは、美術館の学芸員を経て現職に就いた、日本近現代美術史とキュレーションを専門とする小金沢智(こがねざわ・さとし)専任講師です。
「『日本画』という言葉は、明治時代以降に日本が近代化・西洋化していく中で、『洋画』と呼ばれる西洋の油絵に対して新しく創出されたという歴史的な経緯があります。ですので、明治時代より以前の日本の絵画は学術的には『日本画』と呼びません。もとより外部からの価値観が入ってきたことで生まれた概念ですから、それは時代や土地・環境によって変わっていくものですし、もちろん土地によっても変わっていくもの。そのため、山形には山形の、東京には東京の、京都には京都の、それぞれ独自の長い歴史がありますから、また違った『日本画』があると思います。そんなふうに素材や土地、そして歴史といったものをいろいろ吸収しながら、学生には自分なりの絵を作ってもらえたらと思っています」。

美術科 日本画コースをレポート/美術科・日本画コースの小金沢智(こがねざわ・さとし)専任講師
美術科 日本画コースの小金沢智(こがねざわ・さとし)専任講師。

ここでひとつ鍵になるのが、「山形」という場所性。絵を描くことにひたすら特化した学びを行う大学がほとんどという中、本学の日本画コースではかねてより、自然や地域を生かした学びを数多く取り入れてきました。三瀬教授は、蔵王の麓に建つ芸工大の環境についてこのように話します。
「一歩外に出れば、風はそよぐわ大自然に包まれるわ、熊もカモシカも猿もいるわ…。まさに、こちらが自然の中に居させてもらっているという感覚ですよね。そういった環境の中でアートの勉強をするのと、守られたアトリエの中だけで絵を描くのとでは全然違うと思うんです。ここは夕焼けも圧倒的に美しいし、山の稜線も見える。ここに4年間住んでいるだけで、自分というものが熟成されていく。満員電車に揺られながら自宅と首都圏の大学を往復する生活とはまた別の雄大な生活がここにはあります」。

美術科 日本画コースをレポート/芸工大名物の夕日は、眼前に広がる空一面を真っ赤に染め上げる
芸工大名物の夕日は、眼前に広がる空を真っ赤に染め上げる。

そして、そんな美しい環境が目の前にあったからこそ改めて見いだされたものがあります。それは、現在の日本画コースの学びの核となっている「写生」です。三瀬教授が赴任した10年ほど前の時点では、芸工大でも写生よりデッサンを重視していたと言います。
「形態を把握できているか、奥行きや空間を作れているか、質感の描写ができているか――。そういった観点から『デッサン』は確かに点数を付けやすかったですし、入試で修練の度合いを判断しやすいというのがありました。でも『デッサン』ってフランス語だし、もっと僕らなりの形態把握とか世界の把握の仕方があるんじゃないか?という話になった時、改めて『写生』という言葉に注目し、磨いてほこりを取ってあげたんです。そしたら『生を写す』というところで、形態や遠近のような合理的な世界の把握じゃないものが見えてきました」。

美術科 日本画コースをレポート/毎年、月山で行われている写生旅行の様子
美術科 日本画コースをレポート/毎年、月山で行われている写生旅行の様子

毎年行われている写生旅行の様子。

そして、金子コース長はこう続けます。
「そもそも日本絵画というのは写生や模写によって受け継がれ、また育まれてきたものです。そのため、日本画を学んできた人ならだれでも写生の大切さを言われ続けてきたと思うんです。自分もそのひとりだったんですが、実際のところ、本質的な意味でどういったことが大事なことなのか、探り探り続けてきたところもあるんですよね。でも山形に来て初めて山形出身である歌人・斎藤茂吉の記念館を訪れた時、茂吉が「寫生道」という言葉を掲げていることを知り、そこで“写生”の本質、そして有用性を改めて理解し、確信を得ることとなったのです」。

その「寫生道」について書かれているという斎藤茂吉の著書『短歌寫生の説』(1929年)。小金沢先生によると、茂吉の短歌における写生理論は「実相観入」と呼ばれ、表面的な写生にとどまるのではなく、対象に自己を投入して写していく考え方だと言います。

美術科 日本画コースをレポート/斎藤茂吉の著書『短歌寫生の説』(1929年)を手に持つ小金沢智専任講師

「これを絵画に応用すると、物の姿形をただ写すということではなく、それ自体がどういうものなのかを見た目だけにとらわれず表現するということになると思います。今、日本画コースで言っている写生も、形が取れているとか空間が正確であるとか、質感がリアルということではなく、自分がその対象に対して感じたことをどう絵にするかというところが大事なんですよね。もちろんそれは容易なことではないのですが」。そうやって、写生を通して物事の本質に迫ろうとする姿勢。それこそが観察力を鍛え、真の画力へとつながっていくのです。

「日本画とは何か?」を問うことで得られるもの

実は小金沢先生のように、アーティストではなく美術史が専門のキュレーターが芸術学部の実技系コースに専任として配置されているというのは、かなり珍しいケースだと言います。そんな小金沢先生が担当する授業のひとつに、「日本画考1・2」があります。

「日本画考1」は、主に明治時代以降現代までの日本の絵画や美術についての歴史を学ぶ講義で、期末レポートに「あなたにとって日本画とは何か」を2,000字の文章にまとめるという課題があります。 「この課題を行う上で条件にしているのが、『日本画に関する書籍を必ず1冊以上参考にすること』。それは自分の考えだけを述べて終わりにしてほしくないからです。自分のその考えというのは、他者のどんな考えがあった上で出てきたものなのか。授業の内容なども踏まえながら、思考を積み重ねていってもらいたいと思っています」。(小金沢)

美術科 日本画コースをレポート/2021年度「日本画考2」特別講師「ウェブ版美術手帖」編集長の橋爪勇介さん

そして「日本画考2」では、5人の専任教員や外部から招いたアーティスト、学芸員、編集者らの特別講師の方々が、日本画や美術に対するそれぞれの考えをオムニバス形式で学生たちに伝えていきます。
「いろんな先生方に『僕はこう思う』『私はこう思う』と言われて、学生は大いに混乱するわけです。さらに、学生たちは同時期に『あなたにとって日本画とは何か』を絵で表現する演習にも取り組むのですが、これがとても難しい。でも何を描けばいいのか、どう表現すればいいのかを考えるというのがすごく大事で、その過程で自分が今まで知らなかったものに触れてみたり、そこに届いてみようと考えることが大学の学問だと思うんですね。なので、難しい課題を提示することによって、まずはその道のりを自分なりに歩いてみてもらいたいと考えています」。(小金沢)

日本画とは何かを問い続けることで身に付いていく思考力。そして、観察する力を養うことで磨かれていく真の画力。その両輪は、豊かに生きる力となって学生一人一人の今後を支えてくれると言います。それが小金沢先生を専任講師として迎えた大きな理由のひとつになっていると話す金子コース長。
「サスティナブルという言葉がありますけど、学問と実践の歯車をかけ合わせ、4年間で得た学びが大学を卒業した後も地続きでつながっていくような教育の現場を推進していきたい。小金沢先生がいることで、このコースの学びのプログラムはもっともっと進化していけると考えています」。

展覧会を通じて、作品と社会・地域を自らの手でつないでいく

卒業後も人生を豊かに生きていく。そのために必要な力を実践的に養えるのが、3年生の後期に行われる「街へ出よう」という演習です。その名の通り、山形の街の中へ出て自ら場所を探し、そこで展覧会を開催することを想定してコンセプトを作成、提案するというもので、3年生全員がプレゼンテーションを行います。その中から学生投票と教員とで選出した案を元に5~6のグループを作成。本番に向け、学生が主体となって企画・運営を進めていきます。

美術科 日本画コースをレポート/斎藤茂吉記念館で開催した展覧会の様子
「仰げ!寫生道~短歌と日本画 Special Fusion~」(斎藤茂吉記念館、2021年)の様子。

「学生はその場所をお借りするためにさまざまな人と交渉する必要があり、また自分の提案した企画が採用された学生は、リーダーとして同じグループの学生たちを取りまとめていかないといけない。そして他の学生も、自由に制作だけしていればいいかと言ったら全然そんなことはなくて、展覧会のテーマに基づいて作品の内容やサイズを考える必要があり、さらに展覧会を開くために必要な広報や経理などいろんな役割を担います。そうやって一丸となって展覧会を実現させていくことが求められます」。(小金沢)

美術館では今、地域にどう開いていくかが重要なミッションのひとつになっていると言います。どこか社会から切り離されたような存在だった「美術」が広がりを見せ始めたことで予想される、アーティストの在り方の多様化。本学の日本画コースのように、地域や社会と積極的に関わりを持ちながら学びを行っているファインアート系の学科・コースはまだまだ数少ないのが現状です。そんな中、未開拓のところに自ら出向いていくことで得られるアーティストとしてのタフさがあれば、作家に限らずどんな仕事に就いたとしても、それが生きる上で力となり大きな糧になると教授陣は期待します。

美術科 日本画コースをレポート/小金沢先生の個人研究室。菅原健彦氏の屏風、山本直彰氏のペインティング、幕末・明治頃の掛け軸など、コレクションした美術作品が並ぶ
お話を聞いたこの部屋、実は小金沢先生の個人研究室。菅原健彦氏の屏風、山本直彰氏のペインティング、幕末・明治頃の掛け軸など、コレクションした美術作品が並ぶ。

「日本画の構造は、基本的に東京や京都といった中央集権的だと思うんです。でも僕たちは以前から、課題最先端県の山形で地域と関わりながら最前線のことをやっているという自負があります。ここで得たものの考え方だったり見方だったり、作る力というのはどこに行っても通用するものだと思っています。例えば総合職に就いたとしても、自分でうまく時間を作って絵を描いて、展覧会を定期的にやるという卒業生もいます。そうやって卒業後も力強く生きていけるように実践力を育てています」。(三瀬教授)

日々発揮される学生・教員の多様な個性に業界も注目

美術科 日本画コースをレポート/第8回トリエンナーレ豊橋 星野眞吾賞(大賞)を受賞した、佐々木菜摘さんの作品『痕跡!?』

第8回トリエンナーレ豊橋 星野眞吾賞(大賞)を受賞した、佐々木菜摘さんの作品『痕跡!?』

そんなプロフェッショナルが揃う指導陣と、芸工大ならではの環境から導き出されるあらゆる個性。それは本学の卒展を見れば一目瞭然だと三瀬教授は言います。
「芸工大の卒業制作は、一人一人本当にバラバラな作品が出てきます。それって普通じゃないの?と思うかもしれないけれど、実は全然普通ではないんですよね。他大学の卒業制作は、先生の影響が色濃かったり、ある時の流行が並んでいたり、同じ人が描いたように見えるような風景が結構多い。でも芸工大の学生はしっかりそれぞれの写生を通して世界を眺めていくので、それを最終的にアウトプットすると多様性が出てくるんです。そのため、卒展を見て入学を希望する受験生はすごく多いですね」。

美術科 日本画コースをレポート/卒業制作に取り組む、日本画コースの学生たち

さらに学生と教員との距離が近く、毎日のように顔を合わせられるのも芸工大ならではの魅力だと言います。「しかも教員同士の風通しがすごく良くて、学生は『この話だったらあの先生に聞きに行こう』というように、学科・コースに捉われることなく周遊できる。そういう意味でも芸工大には良い刺激がたくさんあります」と三瀬教授。金子コース長も、「芸工大に来て、先生方がお互いにとても尊重し合っていると感じました。そしてそれぞれが役割をしっかりと理解している。そういう人間性がにじみ出る部分も、芸工大の魅力を語る上で大きいところではないかな」と話します。

美術科 日本画コースをレポート/学生一人一人に教員がしっかり向き合う。学生と教員との距離が近い

日本画だから表現できるもの、向き合えるもの

日本画にはどこか高尚なイメージがあり、それ故に敷居の高さを感じているという人も少なくないかもしれません。「でも、日本画というのは見せ方のバリエーションがすごく多いんですよね。身近なもので言うと団扇うちわや扇子。それから屏風、衝立、そして襖もあります。それこそ掛け軸は、絹や薄い和紙、墨など、日本画の素材だからこそ可能な部分もあります」。そう金子コース長が話すように、本来日本画というのは私たちの生活や社会、季節、環境などに根ざした存在であり、その距離はとても近いと言えます。

さらに三瀬教授は、日本画には繰り返し経験できる喜びや達成感がたくさんあると言います。
「『絵がうまくなる』というのは修練の問題。そのために、このコースには写生がある。自分以外のもの全てが先生になってくれるので、『こんなふうになってたんだ!』とか『こんなふうにも見えるんだ!』とその都度実感できるし、『描けなかったものが描けるようになった!』という達成感は日本画がより強いんじゃないかなと思いますね。自然素材が相手なので、結構ままならないというかコントロールが効かないことも多いんですけど、その中で『もっと良くしていきたい』という思いを繰り返していく、そのことこそが素晴らしいと僕は考えています」。

そして、そもそも絵というのは、人や動物、植物、風景といったものに感動した人間が「写して残したい」と思ったところから始まっているものではないかと話す小金沢先生。
「山形は首都圏の大学と違って、東京国立博物館も国立近代美術館も近くにありません。でもこの土地にしかない出会いというのがたくさんあるはず。そうやっていろんなものと向き合い、そして勉強していくことで自分の美意識を確立していってほしいですね」。

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自然の中に身を置き、写生を通して物事の本質を描いていく。そして、日本における絵画の歴史を学び、それを踏まえた上で現代社会へアプローチしていく――。地域とダイレクトにつながっている20万人の地方都市だからこそ可能な学びの形がここにはあります。

そして今日も続く日本画の探求。業界も一目置く、個性あふれる豊かな表現力の数々から今後も目が離せません。
(取材:渡辺志織、入試広報課・須貝)

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東北芸術工科大学 広報担当
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