失われゆく地域文化財の継承~白鷹町蚕桑地区文化祭~/古典彫刻修復家 柿田喜則

レポート 2020.12.10|

本学の文化財保存修復学科では、本センターで受託する文化財に触れながら、保存修復の知識や技術を学んでいます。また同時に、地域住民に様々な方法でアプローチしながら、文化財の保存修復への意識や価値を記録しています。

今回は、古典彫刻修復家であり、自ら仏像などの制作もされている柿田喜則(かきた・よしのり)同学科教授に、その一例として、山形県白鷹町蚕桑(こぐわ)地区での保存修復活動をレポートいただきました。

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木箱にしまわれたままの仏像

本学文化財保存修復学科の卒業生でもある「白鷹町教育委員会」の石井紀子(いしい・のりこ)氏から、蚕桑地区にある大日如来堂の建造物に付属した「蛙股(かえるまた)彫刻」の修復依頼を受け、ゼミの授業(保存修復応用演習)の一環で調査に伺いました。

調査を進めると、バラバラになった欄間彫刻や破損した小さな仏像たちが、安置されず木箱に入れられた状態で保管されている状況と、現在無住で横田尻区が管理しているお堂は、地域の高齢化や過疎化に伴って維持管理が難しくなっている現状を知りました。一方で、かつてのこの場所は賑やかで、地区の中心であったことも伺えました。

調査を終え、このお堂が信仰場所としての機能を失いつつあることや、このままでは地域の歴史が継承されることなく忘却されるのではという危惧を感じ、この状況を受け、文化財保存修復学科の立体作品修復を学ぶ4年生2名が、大日如来堂の「保存と継承」をテーマとした卒業研究として取り組むことにしました。

蚕桑地区の大日如来堂
蚕桑地区にある大日如来堂。森林の中にひっそりと佇む。
「蛙股彫刻」の保存状態を調査する柿田先生
「蛙股彫刻」の保存状態を調査する柿田先生。
木箱の中から出てきた小さな仏像たち
木箱の中から出てきた小さな仏像たち。

風習を、地域の文化祭で再インストール

まずは、文化財の継続的な活用と保存をねらいとして、大日如来堂のある蚕桑地区の子どもたちが、大晦日に「字が上手くなりますように」と願いを込めて書いていた風習「オサメガキ」を行いました。

この風習は、書いた書をお堂の北側の壁に貼りに行くので、人々の生活のなかに文化祭として組み込むことで、年に一度、大日如来堂を訪れるという風習を復活させることができます。

蚕桑地区の子どもたちが「オサメガキ」を体験
蚕桑地区の子どもたちが「オサメガキ」を体験。
思い思いの願いが書かれている
思い思いの願いが書かれている。

また、お堂の例大祭では、旧暦の8月8日に相撲大会も開催されていましたが、娯楽の多様化が影響し、昭和40年(1965年)頃には出場者が激減しなくなっていたため、失われた伝統行事を想起してもらうためのしかけとして、「トントン紙相撲大会」も考案しました。

今後は、このワークショップの結果をもとに、大日如来堂を取り巻く諸問題の考察や、地域文化財の価値と必要性の分析、現代に合わせた活用と継承方法を、同学科の熊谷安莉沙(くまがい・ありさ)さんが、卒業研究論文『山形県白鷹町蚕桑地区「大日如来堂」の活用と継承』でまとめる予定です。

東北芸術工科大学の学生たちが創作したワークショップ「トントン相撲」に参加した小学生の皆さん
ワークショップ「トントン相撲」に参加した小学生の皆さん。
東北芸術工科大学の学生たちが創作したワークショップ「トントン相撲」に参加した小学生の皆さん
トーナメントで勝ち進み、商品のお菓子をゲット。

ジオラマでよみがえる、賑わいの記憶

さらに、当時の大日如来堂の賑わいを知る地域の皆さんに記憶を呼び起こしてもらう装置として、お堂を再現した「ジオラマ」も設置し、地域の年配者が持つ大日如来堂の記憶情報の収集・記録を行いました。特に年配者の記憶の中には、その頃の大日如来堂の姿や出来事が思い出として現存しているからです。

この“聞き書き”による調査結果は、同学科の樋浦智美(ひうら・ともみ)さんが、卒業研究論文『記憶情報の記録保存~山形県白鷹町横田尻 大日如来堂を通じて~』として、地域文化財における保存・継承の一手法としてまとめていく予定です。

昭和中期頃、多くの人々で賑わったとされる「旧暦8月8日 大日如来堂 例大祭での相撲大会」と設定し、管理者から得た情報を参考に、境内の様子を細かなディティールとして立ち上がるように制作したジオラマ
昭和中期頃、多くの人々で賑わったとされる「旧暦8月8日 大日如来堂 例大祭での相撲大会」の様子を再現したジオラマ。お堂の管理者から得た情報を参考に、境内の細かな様子がディティールとして立ち上がるよう樋浦さんが制作。
ジオラマを見た年配者の皆さんに大日如来堂の記憶情報をよみがえらせていただいた。文化財保存修復学科の学生たちは大日如来堂の「記憶の記録」として聞き書きを行った
地域の年配者の皆さんから「記憶の記録」を聞き書きする学生たち。

全国の地域文化財が抱える問題に直面

今回の白鷹町蚕桑地区文化祭へのワークショップ参加は、学生自身が問題解決するために模索した上での方法でした。文化財の維持・継承といえば「もの」そのものに主眼が向けられがちですが、本来、重要視されなければならないことは、今日まで維持・継承してきた人々や地域の存在です。

今回は正に、学生たちは地域の人々から生の声を聞き、大学の中だけでは学ぶことができない地域との繋がりや地域の人々の思い、文化の維持継承を体感できたと言えます。

現代において、蚕桑地区大日如来堂のような地域文化財は、過疎化や高齢化社会、生活様式の変容から維持・継承が難しくなっており、全国の各地域が抱えている問題でもあります。

地域文化財は、かつて人々の営みの中で育まれた文化であり、歴史の証として継承していくべきものと考えます。今回、次世代の若者がアクションを起こし、地域に飛び込み、ワークショップという交流を通して大きな成果をあげることができましたが、このことは、地域の人々にとっても、地元の文化財に目を向けるよい機会となったのではないかと思います。こういった取り組みが増えることで、失われつつある地域文化財が次世代に継承されていくことを期待しています。

桑蚕地区コミュニティセンター
桑蚕地区コミュニティセンター(山形県西置賜郡白鷹町横田尻)
文化財保存修復研究センターの先生、文化財保存修復学科 立体作品修復ゼミ3、4年生の10名
文化財保存修復研究センターの先生、文化財保存修復学科 立体作品修復ゼミ3、4年生の10名。大日如来堂の前で。
柿田喜則

柿田喜則 (かきた・よしのり)

東北芸術工科大学 文化財保存修復学科教授

専門は古典彫刻(主に仏像)。彫刻文化財の研究者・修復家であり、古典技法を用いて新たな仏像制作やアート作品も制作している。担当している文化財保存修復学科では、いま大きなプロジェクトとして“500体”の仏像修復を学生・教員が一丸となって取り組んでいる。古典彫刻に携わり、見えてくるのは、当時の技術、知恵、人々の営みや、大切に守ってきた人達のこころ。それは歴史の「物語」。次の世代へ「物語」を継承するために日々奮闘中です!!

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東北芸術工科大学 広報担当
東北芸術工科大学 広報担当

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