本学では、学生相談室や保健室といったこれまでの学生支援体制をより多面的なものにするべく、それらをまとめる新たな活動拠点として「Student Support Center(通称:SSC)」を2023年度より設置。悩みを抱える学生への対応はもちろん、誰もが気軽に活用でき、そして元気をたくさん得られるような取り組みを次々に展開しています。そこで、SSCの前身である学生支援のワーキンググループ立ち上げから関わり続ける木原正徳(きはら・まさのり)副学長と柳川郁生(やながわ・いくお)学生部長にインタビュー。それぞれの思いを対談形式で語っていただきました。
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思い通りにいかないことの連続、だからこそ応援できる体制を
――お二人は普段、大学でどのようなお仕事をされているのでしょう?
木原:僕は美術科洋画コースの教員なので、学生たちに油彩を中心に実技指導したり、大学院の絵画領域の学生に指導を行ったりしています。当然副学長の仕事もしています。開学の時からずっといるので、もう31年になるかな。柳川先生も長いんですよ。
柳川:2年目からなので30年ですね。専門は体育を教えることですが、体育以外にも「想像力基礎ゼミナール」という初年次教育の担当をしています。それから畑を使って授業したり、こども芸大に関わったり。そういった授業が多いので、割と学生と密に関係が持てている感じはありますね。
――2023年4月からスタートしたSSCですが、立ち上げることになった経緯とは?
木原:これまでは対症療法のような形で学生の問題に対応してきたのですが、多様化している一つ一つのケースに対して、教員が右に行ったり左に行ったりしていたのでは、きちんとした対応が成り立たないし、教員自身もどんどん疲弊してしまう。そして学生の方も安心感を得られない。やはりもっとしっかりした芸工大独自のサポート組織を作る時期ではないかということで、3年かけて議論を重ねてきました。
2021年には臨床心理士を新たに交え、専門的な知見も含めながらやっと今年度のスタートに漕ぎつけたというところですね。“芸工大独自”というのは、よその大学からサンプルを取ってくるのではなく、この大学に一番合う方法を思考しながら蓄積していくということ。芸術系・デザイン系の学生の特質をしっかり抑えた上でどうサポートしていくか。それもできるだけ明るく。
柳川:ものづくりとかデザインって「悩むこと」みたいなところがあって、みんな正しく悩んでくれればいいんだけれど、そこが弱点になっちゃう学生もいるんですね。なので、そこを応援していけるようなものになればいいなと。
木原:制作と向き合うってことは、うまくいかないことの連続ですからね。うまくいきながらものをつくれるなんてことはほとんどなくて、思い通りにいかないことの延長線上にやっとたどり着くのが作品であり提案であり。それを学生が繰り返す中で骨太になっていくと思うんだけど、なかには四年間の中で耐えきれなくなる学生も出てきます。そこで先生たちがそういう学生をしっかり支えていければいいですよね。これからの時代は、教育も学生相談も全部合わさって一つの大学の教育、成長の学びにしていかないといけないですし、普段の演習でもそれを踏まえながら鍛えていくことになると思います。教育と学生支援が日常的に連動するのが当たり前になるのではないかなと。やっぱりチームで対応するってところがSSCの大事なキーワードです。
柳川:これまではみんなバラバラに対応していましたから、どこでどういう相談が起きているのかも分からなくて、あたふたしていたような状況でしたよね。でもそこが一元化されてくれば一体感も出てくるでしょうし、それがミッションの一つだと思っています。
――そんなSSCの柱に「予防教育」というものがあると伺いました。今後はこの予防教育が大切になってくるということでしょうか?
木原:まさにそれが大きな柱の一つで、四年間心身ともに健康でいるためには、予防の知識を学生たちへしっかり与えていくことが必要だと考えています。柳川先生が担当されている「健康科学論」などの授業を通して、現代のようなストレス社会の中、青年期をどう乗り越えていくのかを知識として学んでもらって、それが予防や抑止力につながっていけばいいなと。
柳川:その「健康科学論」の授業で取り入れているものとしては、例えば外部の先生に来ていただいて、栄養ある食事をきちんと取るためにはコンビニでどんなものを買ったらいいのかを教えていただいたり、また課題に追われて睡眠時間が足りなくなっている時にはどういう生活を心掛ければいいのか。それから本学の臨床心理士の今野先生にストレスへの対応の方法を話していただいたりしています。そういう睡眠とかストレスに関する学生の興味ってすごく高いんです。
木原:一人暮らししている学生も多いですからね。それに、課題の締め切りに追われながら四年間ずっと心身ともに安定しているなんてことの方が難しくて、いろいろと波がある中で、その波が起きる理由を知識としてしっかり学べるっていうのはすごく大事なことだと思います。一人暮らしとなると親御さんも心配でしょうしね。
柳川:やっぱり“分かる”というのは安心感につながりますよね。
――何か芸工大の学生ならではの特徴というのはありますか?
柳川:素直で良い学生で、自信がないところかな…。開学当初の1~2期生は自信の塊みたいな学生ばっかりだったんだけど(笑)。最近の学生は、褒められてるのに怒られてるような顔をするんですよ。「褒めてるんだよ、すごいね!」って言っても自信なさそうにしていて。
木原:美術科の場合も、僕らから見て学生は見事な作品をつくっていると思うんだけど、学生たちはそれを信用していない(笑)。でも、他美大の卒業制作展で同世代の様々な作品を観て、そこで初めて「自分たちの作品もいいぞ。先生たちが褒めていたのは本当だったんだ。自分たちはかなりのことをしていたのかもしれない」と気付くわけです。やっぱり一つ一つの積み重ねでしか自信って持てないので、教室から飛び出していろんなものに出会って実践して、そこで一つ一つやり遂げていくことが大事なのかなと思います。
四年間の学生生活を、より明るく前向きなものにするために
――SSCには、みんなで身体を動かしたり楽しくコミュニケーションを図る「アクティブプロジェクト」というものがあるそうですね
柳川:コロナ禍の時に始めた「朝活」「夕活」というのがあって、みんなで体育館に集まってストレッチしながら身体を動かそう、というのが最初でした。それを今年度からは「アクティブプロジェクト」という位置付けにして、明るく前向きになれるようなことをやっていこうと。それで実際に取り組んでいるのが、馬見ヶ崎川まで歩いて行って帰ってくる10キロウォーキングや千歳山登山、それからボードゲームなどですね。意外だったのは、友達と誘い合って来るのではなく、一人で参加する学生が多いこと。何か自分の中で一歩踏み出したいんだけどなかなかきっかけがない、という学生たちが集まっていたりするので、少しでもそういう学生たちにとっての自信になればいいなと。
木原:そう言えば洋画の課題の中に、足のくるぶしあたりまで水に浸かっている様子を描いたすごくいい作品があって、その学生に話を聞いたら、実は10キロウォーキングに参加して馬見ヶ崎川に足を浸けた時の様子を作品にしたと。アクティブプロジェクトを通して得た水の流れや冷たさといった実体験が、「描きたい」という気持ちを引き起こしたんでしょうね。とても良い反応をしてくれたと思っています。
――アクティブプロジェクト以外にも、今後新たに考えている取り組みなどありますか?
木原:直近で言うと、学生食堂とSSCが連携して夏バテ防止・回復メニューを、値段を抑えた形で提供し始めたところです。先ほど柳川先生も言っていたように、やっぱり「食べる」っていうのは健康にとってものすごく大事なことなので、学食との連携というのは望ましい形だと思っています。
それから、学生が学生を支援していくピアサポーターという制度も今後大事にしていきたい取り組みの一つですね。支援されるだけじゃなく、学生同士が相互に支援し合えるような形を少しずつ作っていければ。例えばピアサポーターを目指す人には、特定の授業を受けて単位を取ってもらったり、資格のようなものを取得してもらったり。ただ学生に助けてもらうというのでは非常に無責任な対応になってしまいますから、これから育成プログラムをしっかり作って提供していきたいと考えています。
柳川:サポートする側の学生は責任感が生まれることでレベルアップしていけるし、される側の学生は「応援されている」という感覚になれるんですよね。アクティブプロジェクトをやっていると、行動力があって「この子、ピアサポーター向きだな」って学生がいたりします。そういった学生たちを見つけていくことはもちろんですが、やっぱりそれだけじゃなくて、つくっていかなければいけない。それが仕組みを作るということだと思います。
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――それでは、本学の学生や受験生に向けてメッセージをお願いします
木原:ウェルビーイング学会代表理事で、コミュニティデザイン学科のゲスト講師として授業を担当いただいている前野先生のお話では、*心身ともに非常に健康な状態にあると、創造性は3倍、生産性は1.3倍になるという研究結果があるそうなんです。うちの大学というのはまさに創造性が必要な分野ですから、そのためにもぜひアクティブプロジェクトを含めこのSSCを上手に活用してもらいながら、四年間の学びを充実したものにしてほしいですね。
柳川:簡単に言うと、ゲームの中のポケモンセンターみたいな感じになれればいいなと。行くと回復させてもらえたり、またある部分では誰かとつながって協力しながら何かができたり、行先のアドバイスがもらえたり。そんな感じで、明るく元気になるためにみんなが立ち寄る場所になれたらいいなというのが理想ですね。
――とにかく気軽に利用してほしいということですね
柳川:そう。名前を“SSC”にしたのもそういうことで、「“学生支援センター”に行ってきます」って言うと「助けられに行ってきます」みたいな感じになるけど、もっと気軽に「“SSC”に行ってくるねー」っていう感覚で使ってもらいたくて。
木原:もちろん、相談したいことがある学生たちにもこれまでと同じように活用してもらえればと思いますし、より充実した形でいろんな方向に向けて展開しているところなので、それが今後しっかり機能することで芸工大ならではの支援の形になっていったら嬉しいです。
*参考文献:ハーバードビジネスレビュー 2012年5月号「幸福の戦略」P.62~63
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「僕ら教職員には、受験して入ってきた学生たちを卒業までしっかり導いていく責務がある」とおっしゃっていたお二人。いつでも気軽に元気を取り戻すことができ、そして時には作品のモチーフまで見つけられる―。そんな可能性に満ちたサポート拠点が身近にあることは、ここで四年間を過ごす学生たちにとって大きな心の支えとなるはず。また、支援されるだけでなく支援する側としての学びの機会が今後用意されているというお話に、学生の健康維持における新たなモチベーションのあり方を感じることができました。
(取材:渡辺志織、撮影:法人企画広報課・有澤)
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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