株式会社アトリエセツナ代表取締役 渡邉吉太(わたなべ・よした)さんは、芸工大で工芸(金工)を学び、本学在学期間中に留学したスウェーデンでは、家具のデザインを学びました。近年、グッドデザイン賞を三度受賞したほか、昨年は山形エクセレントデザインでグランプリを受賞。2007年に仕事の拠点を東京から山形に移した後も、全国的に活躍されています。
渡邉さんがデザインを手がけたウンノハウスのモデルハウス「土間のある家」で、学生時代のこと、現在のお仕事についてインタビューしました。
大きなモノと小さなモノの間を行き来して、
自分のデザインが見えてきた
――渡邉さんは宮城県内の工業高校で建築を学ばれていたそうですが、なぜ本学で工芸を学ぼうと思われたのですか?
渡邉:中学生の頃から、漠然とですが、モノづくりの専門的な勉強をしてみたい、建築という大きな箱のようなものをつくりたいという思いがありました。でも高校の時に、建築は一人では完結できない世界だと気付いたんです。
昔の建築家は全能というか、空間デザインや家具デザイン、街づくりまでも手がけていたので、そうした「領域を決めない建築家」としてのあり方に憧れを抱きました。
そして大学では、自分の体で抱えられるサイズのモノを作ってみたい、自分で全てコントロールできることをしてみたいと思い、芸工大の美術科・工芸コースに入学して金工を学びました。今考えても良い判断だったと感じています。
――大学4年生の時に、「コンストファック(スウェーデン国立芸術工芸デザイン大学)※」に留学されていますが、そのきっかけは?
渡邉:工芸を学び始めて、この分野が人と関わらないと食べていけないと気が付いた頃、芸術学部だけではなくデザイン工学部の学生たちとも交流するようになりました。そこで、グラフィックデザインやプロダクトデザインを学びに来ていたコンストファックの交換留学生たちに出会い、興味を持ったことがきっかけでした。
※開学170年の伝統を誇るコンストファック。学生数は約600名。スウェーデン国内でも難関大学の一つに数えられる。
――ご自身もコンストファックに留学されてみて、いかがでしたか?
渡邉:コンストファックの学生たちが、在学中からデザインで食べていけているということに一番衝撃を受けました。会社を経営していたり、企業とタイアップしたり。彼らの年齢が私よりちょっと上だったこともありますが、ビジネスに必要なことが分かっている感じがしました。
そんな彼らとコミュニケーションするために、英語をちょっとずつ覚えたり、自分の思いを伝えられないときは調べて表現を蓄積していきました。その時に親しくなった友人たちとは、今でもSNSでつながっていて、時々互いに行き来もしています。
――コンストファックから帰国後すぐに、フリーランスのデザイナーとして活動を始められていますが、どのようにしてキャリアをスタートさせたのですか?
渡邉:2005年にスウェーデン大使館で留学・交流成果の展覧会があって、そこでスウェーデンのエルゴノミクス社の社長と共に、スウェーデンのライフスタイルについて講演をさせてもらいました。それを聞きに来ていた日本の企業が誘ってくださり、専属契約することになったのです。家具の要素を持った暖房器具のデザインを担当させてもらうことになり、全国の工場や展示会を飛び回る生活が一年半ほど続きました。
表現したい素材や造形を求め、優れた工場と信頼関係を結べる地へ
――多忙な生活から一転し、山形へ戻ってこられた理由は?
渡邉:一カ所に腰を落ち着けてデザインしたいという気持ちが強くなったからです。山形には、学生時代からお世話になっていた工場との付き合いがあったり、腕のいい職人さんも多くいるので、山形で全てを完結させられる環境がありました。個人で完結する工芸やクラフトではなく、プロダクションとして人と一緒につくりたいという思いがありました。
――山形でのお仕事の一つに、かみのやま葉山温泉の温泉宿「名月荘」がありますね
渡邉:開業20周年を記念して、毎年客室の一室をリニューアルしていくというもので、私はデザインを担当しました。これは寝室ですが、睡眠の質を高めるために、光源が直接目に入らないようにしています。信頼する左官の手による黄土掻き落としの壁は、見た目にはなかなか気付かない部分にも工夫があって圧巻です。
渡邉:道を究めた職人の仕事は、線一本の無駄もありません。それは材料の言うことを聞いたり、素材に無理をさせない勘所みたいなものを押さえているからだと思います。そうすることで背筋の通ったシンプルなものが、きちんと、早く、丁寧にできあがります。
工芸は、当時の最高の手仕事でいいものを量産する昔のプロダクトデザインなんだと思うんです。ですからこうした設計にも「自分の手でつくる」という昔のプロダクトデザイン的な目線や感覚を生かしています。
――渡邉さんの「プロダクト目線」とはどのような感覚ですか?
例えばこの名月荘の客室も、窓ガラスの掃除のしやすさを考えて、ベッドルームと他の部屋を仕切る竹格子を脱着式にしたりしています。宿泊客の皆さんに喜んでいただくだけではなく、掃除をされる方にもやさしいデザインになっています。こうしたデザインをする際には、作品という感覚ではなく、いつもプロダクト目線になっていると思います。
――一方でハウスメーカーのコンセプトハウスも手がけられていますね
渡邉:はい。ウンノハウスでコンセプトハウスの企画を手がける加藤里紗(かとう・りさ)さん(2002年 東北芸術工科大学 環境デザイン学科卒)からオファーをいただき、初めてハウスメーカーの仕事を手がけました。この「土間のある家」というモデルハウスは同社のコンセプトハウスの一つで、私は内装デザインの監修、家具のデザイン、ゾーニングなどを含めた全体のアドバイザーを務めました。
土間は、現代で言えばガレージみたいなものだと考えています。私の母方の実家では土間に炊事場がありましたが、家の中でも外でもできないことを、その中間的な空間の土間ならできる。そうした魅力が現代の生活でも見直され、一定の支持者がいると思います。従来のウンノハウスではやったことがない挑戦をいっぱいさせてもらいました。
「セツナ」の一粒一粒を積み重ねた先に見えてくるもの
――最後に、今後の抱負、そして大学と後輩に対するメッセージをいただけますか?
渡邉:「アトリエセツナ」のマークは、砂時計のイメージです。「セツナ」とは時間の最小単位=砂の一粒です。点がつながり線となり、それがさらに面へ、立体へとつながっていく。目の前の一粒、一粒を大切に積み重ねていくことで、自ずから良い未来に到達できるという思いをデザインに込めています。
今、大学との関わりはあまりありませんが、そうした視点を学生に伝える機会をいただければうれしいです。特に、卒業制作などで、工場で一緒にものづくりしてみたい学生たちにアドバイスできることがあると思います。あとは、学生時代から社会との接点を持って学んでほしいです。
「私は今、やりたいことができています」と話す渡邉さん。建築という大きなモノのをデザインする魅力を知った高校時代を経て、大学、留学先でのご経験が今の仕事に全て生かされているからではないでしょうか。
(取材:地域連携推進課・遠藤)
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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