東日本大震災を契機に、“地域に対し、アートとデザインで何をなすことができるのか?”という問いのもと始まった「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」。これまでは山形市街地が会場の中心でしたが、6回目となる今回は初めて蔵王温泉街で開催されました。「いのちをうたう」をテーマに、山形出身の歌人・斎藤茂吉が詠んだ歌と、現代アーティストによることばやイメージ、パフォーマンスをコースで観て回っていく形で展開されました。そんな芸術祭という新たな観光資源は、山形を代表する観光地・蔵王温泉に対しどのような影響をもたらしていくのか。それを探るため、参加型デザインが専門のコミュニティデザイン学科専任講師・森一貴(もり・かずき)先生とともに実際に会場を回りながらお話を伺いました。
みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ 東北芸術工科大学が主催し、2年に一度開催される芸術祭。これまでは山形市中心市街地を会場にアート作品を展示し街の賑わいやアートに触れる機会を創出してきた。会期中には作品の展示だけでなく、参加型のワークショップやライブなども行われる。
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地域の人たちとともに、変化を起こす
――そもそも、芸術祭を観光資源として捉える考え方は以前からあったものなのでしょうか?
森:結構新しい考え方だと思います。有名な事例としては越後妻有アートトリエンナーレや、小豆島など瀬戸内海での瀬戸内国際芸術祭。また温泉地なら、別府温泉にアートディレクターが入ってやっているArt Fair Beppuなどがあります。
森:今回、この蔵王温泉での山形ビエンナーレに訪れてみて、そのサイズ感にすごくしっくりきたというか。歩いて巡ることができる、いい規模感ですよね。ここには土地と文脈との対話があると感じました。アートイベントとしてはめずらしいですよね、“ことば”が主軸になって道をつくっているというのは。
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早速、蔵王温泉エリアの会場である「丸伝」を訪れたところ、今回の山形ビエンナーレの総合キュレーターである小金沢智先生に遭遇。お話を伺いました。
小金沢:こちらの丸伝はもともと稲花餅屋さん※で、お店は数年前に閉められたということなのですが、さらに前は民宿として泊まれるようにもなっていたそうです。丸伝の位置する高湯通りは蔵王温泉のメインストリートで、ここはそのスタートと地点とも言える場所。ですので、ビエンナーレでお借りできないだろうか…と思い、現在の所有者の方がわからないまま、ある会食の際、ご相談した方がまさにそのオーナーだったんですね。「どうぞ自由に使ってください」ということで、今回、本当に自由に使わせていただきました。大変有り難かったです。
※稲花餅(いがもち):蔵王温泉名物の和菓子
今回のビエンナーレでは、蔵王温泉のさまざまな場所で作品を展示させていただきました。蔵王温泉に元からある「斎藤茂吉の歌碑」から着想を得て全体を考えた芸術祭ですので、同じように、屋外を歩いているとそこかしこで詩や歌に出会うということができないかなと思いました。 「蔵王文学のみち」にならって「蔵王うたのみち」と名づけた展示では、歌人・伊藤紺さん、シンガーソングライター・前野健太さんがつくってくださった作品を、平野篤史さんがデザインしてくださって、蔵王温泉の屋外中心に展示しています。全部で22作品あり、一部の作品はもともとの環境に馴染むようにデザイン、展示しているため、見逃してしまう方もいるかもしれません。
――ここまで文学を主軸にした芸術祭はめずらしいのでは?
小金沢:芸術祭と言うとどうしても美術のジャンルの作家・作品が多いですが、それは、携わっている多くのキュレーターの専門が美術ですから、ある意味致し方ないんですね。ただ、2020年から芸術監督の稲葉俊郎先生は医師で、芸術に造詣も深く、多くの著書もおありです。そして、“ことば”が持つ力を信頼されていらっしゃる。私自身、美術が専門でありますが、「ことば」(言語)と視覚表現の関係や交わりに関心があって、そういった展覧会をこれまで何度か企画してきました。 大学と蔵王温泉を会場に、「ひとひのうた」というタイトルで私がキュレーションした展覧会では、多くのアーティストが蔵王を訪れ、そこから個々で感じ取られたものから作品が生まれています。たとえ、著名な作家で、素晴らしい作品であったとしても、この蔵王という土地や芸術祭のテーマと関係性を結べない作品をお借りしたり、お越しいただいて、「展示しました、観てください」ということは絶対にしたくありませんでした。土地や環境をご自身の目で誠実に見つめてくださって、作品をつくっていただけると思う方にお願いをしました。
森:あと、この丸伝のようにその土地のリソースみたいなものを使うってすごく大事ですよね。やっぱり開くことによってそこを使っていた方とか持ち主の方が、「あ、昔こうだったよな」っていうのを思い出したり、あるいは訪れた人が「ここ、いいじゃん。え、普段は空き家なんですか?じゃあ僕借りたい」みたいなことがめちゃくちゃ起こったりするので。
小金沢:あと、蔵王はどうしてもウィンタースポーツや樹氷をはじめとする冬の印象が強く、冬に来たことがあっても、春や夏のグリーンシーズンには来たことがないという方もとても多い。でも、蔵王は古くから「高湯」と呼ばれていたくらい高地ですから、山形市内と比べても気温が数度低く、夏場でも涼しくて、なにより温泉があります。ビエンナーレを機に、夏の蔵王の過ごしやすさや楽しさも知っていただけたらと思います。
会場・作品紹介動画:【のぞいてみよう!】みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024
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――先ほど小金沢先生がおっしゃっていたように、歩いているとふと作品が現れるような展示の仕方になっていますね
森:日常性の強さを感じますよね。蔵王温泉で開催するのは今回が初めてですから、これだけ協力してもらえているのはすごいことだと思います。コミュニティデザインの視点で考えるなら、今後アーティストの方々と並び立つようにして、住民の方々がやっているプロジェクトがもっと見えてくるとおもしろいな、とも感じます。
――地域の中に入っていく時、一番大事になるのはやはり直に話すことでしょうか?
森:やっぱり、顔も知らない人たちが突然家のそばで何かをやり始めたら嫌ですよね。結局は顔が見えている信頼関係みたいな話だと思っていて、さっき小金沢先生と話した時、「蔵王に住みたいくらいだ」とおっしゃっていたんですが、そういう誠実さって大切だと思うし、逆にそういったことが見えてこないと、まちの人も「いいぞ、やれ」とは言えない。ただ、蔵王温泉の場合は観光地としてもともと人を受け入れる下地があるので、そういう意味では受け入れやすい場所なのかもしれません。
――またフィールドの規模感というのも大事になってきそうですね
森:とっても大事です。「蔵王温泉」みたいに範囲を定めると勢いをつくっていきやすくて。昔、話を聞いて面白かったのが、プールのような大きい水槽に黒いインクを1滴落としても何の変化もないけれど、小さいお猪口みたいなものに黒いインクを落としたら変化が分かるっていう。まさにその通りで、小さい範囲だからこそ、そこで起きた1個の変化がインパクトを生んで、「あ、なんか変わったな」と感じられる。 実はその感覚ってすごく大事で、変化が生まれたって気付くと、みんなの中で「じゃあ、変化を起こそう」っていう機運が高まっていくんですよ。そういう意味では、狭い範囲の内側で、さらにリソースも文脈もある蔵王温泉のような場所はすごく面白い空間になると僕は考えています。
気付きから生まれるアイデンティティ
――森先生は普段、福井県鯖江市を拠点にさまざまなプロジェクトに関わっていらっしゃるそうですね
森:鯖江市というのはものづくりのまちで、眼鏡をはじめ漆器や繊維などで知られているんですけど、そういったところの工房を開いて、産業観光という形でイベントを開催した経験があります。そんなふうにものづくりとかアートを観光資源にして、外から人が来てくれることでまちが潤う“外に向けた”観光資源という考え方があります。
その一方で、“内側”に対するインパクトも同じくらい大事にしています。例えば僕が手掛けたものづくりのイベント『RENEW』は、様々な工房を一斉開放して、見学やワークショップをしながら商品の購入を楽しめるイベントなんですけど、まちの人たちが自分の工房のことを外から来た人に向けて話すことになるんですね。それが自分の工房の良さや自分のまちの良さを振り返る機会になるし、あるいは外の人から言ってもらった「なんかこの場所すごくいいですね」とか「このまち、楽しいですね」みたいなことを再解釈して、いわゆる逆輸入みたいな感じでみんなに伝えてもらう。その中で、プライドとかアイデンティティみたいなものが醸成されていく。
それと同じことがアートフェスティバルにも言えると思っていて、例えば今回、歌人の伊藤紺さんが冬と春の蔵王を歩いて歌をつくっていったプロセスの中で、きっと地元の人たちは「あれ?蔵王ってこういう見方もできるんだ」とか、茂吉の石碑があちこちに建っていることを意識するようになったと思うんです。そうやってビエンナーレを通じて新たな気付きを得る中で、内側にアイデンティティが生まれていく。そこにこういったプロジェクトの価値があるんじゃないかなと考えています。
――その土地の魅力を掘っていくきっかけにもなるのでは?
森:そのまちにいると普段の行為があまりに当たり前すぎて、自分のしていることがすごいことだとは全く知らないし、そう思うきっかけもないですからね。今、『さばえまつり』っていうプロジェクトを鯖江市でやっているんですけど、その中心に据えているのが「イッココマッココスココンノコーン」というフレーズで、鯖江の伝説とか昔話が書いてある本の中に一節だけこのフレーズについての記述があるんです。鯖江の人は誰も知らないみたいなんですけど(笑)、すごくかわいい響きだなと思って。 そんなふうに、まちの人から見たら「へー」で終わるようなことも、そこにクリエイターとか外からの目線が入ると「この響きいいよね」になるわけです。今はこのフレーズをモチーフに音頭もつくっています。そうやって、誰も気付かないまま失われていったかもしれないものに焦点を当てるというか、フィーチャーするというか、フックアップするというか。それをできるのがアートフェスティバルの持てる力なのかなと感じています。
斎藤茂吉にしても、山形県民にとってはめちゃくちゃ身近だからこそ、改めて振り返るみたいなことってなかなかしなかったと思うんですね。若い世代にとってはちょっと古臭く感じてしまうところもあるかもしれない。でもそこに前野健太さんとか伊藤紺さんみたいな、若い人にちゃんと人気があって知られているアーティストが隣に並び立つことによって「お、茂吉もなんかいいな」みたいなことが発生するっていう。
――そういったイベントで得た賑わいを持続していくことも大事になりそうですね
森:山形ビエンナーレにはそうやって別の視点を持ち込んでくれるという側面があるわけですけど、例えば夏の蔵王というのもそのひとつで、「上の方に来ると涼しい」とか「おしゃれなカフェとかもあって滞在できそう」とか「200円で温泉入れて安っ!」みたいなことに今回気付いた人たちっていると思うんです。そこから今後、日常の中でも「今日は蔵王に行っちゃおうかな。ビエンナーレの時、良かったし」みたいなことになっていって、新しい移動経路のようなものをつないでいくことができるんじゃないかなと。
でも、それもまだまだ表層的で、やっぱり本質的なところで言うと丸伝みたいに新しいリソースを開くことで「この場所使えるんだ」ということに誰かしら気付いて、「じゃあここで何かやってみよう」といった動きにバトンパスされて変化が生まれていくことがすごく大事だと思っています。普段、まちって介入する余地がなかなかないので、どうやって触ったらいいのかが分からなかったりするんですけど、こうやってアートイベントを行おうとすると、まちを開いていくという行為が出て来たり、作品を置かせてもらえるよう交渉する中でその場所の所有者が明らかになってくる。 それが大きなリソースだと思っていて、そういったプロセスの中で情報が可視化されていくことにすごく価値を感じます。この景色を見る中で、地域の人たちの中に「夏も来てくれてなんだか嬉しいね」みたいなものがじんわり広がっていって、そこから「実はあそこにも空き家があるから使ってほしいんだよね」みたいな話が地域の内側から出てくるようになると、そういう変化がやがて大きなうねりになっていくんじゃないかなと思います。
――普段コミュニティデザイン学科の学生には、「まちづくり」についてどんなことを伝えていますか?
森:まちにはいろんな役割がいるべきで、自らプレーヤーになる人がいてもいいし、何かを始めていく人をサポートする右腕みたいな人がいてもいいし、環境を整えて後押しするような人がいてもいい。まちに必要な役割って全然ひとつじゃないから、自分ができる役割をコミュニティデザイン学科の中で見い出していけるといいんじゃないかなと思っています。ちゃんと自分の役割を見い出す、自分の得意な分野を見い出す、自分のやりたいことを可視化していく。そしていろんな羽ばたき方ができるような場づくりができたらいいなと考えています。
――最後に改めて、今回の蔵王での展示から感じたことを教えてください
森:今回の山形ビエンナーレは斎藤茂吉と現代の歌人が絡み合っていたり、蔵王の歴史みたいなものが今と接続されていたり、そういういろんな時間の重なり合いがあるんですね。そういった絡み合いを引き受けた形で、今後も何らかのアクションが蔵王で起こっていったらすごく面白いんじゃないかなと思います。 歌は“ことば”だからこそ、過去に飛ばすこともできるし、全然想像していなかった景色に紐づけることもできるし、ここから飛んでいくこともできる。そういう存在なんだろうということを感じながら会場を歩くことができました。
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「まちづくりにとって大切ないろんな文脈の可視化と絡み合いのようなものを、山形ビエンナーレはつくっているんじゃないかな」。そう話していた森先生。今回のようなイベントをきっかけに、静かに佇むだけだった空き家が人の集まる場所へ変化したり、埋もれていた歌碑が発掘されて再びその良さに注目が集まったり、オフシーズンと思われていた時期こそ快適に過ごせる土地だということに気付いたり―。そうやって新たな形でまちの魅力が形成されていく面白さや可能性のようなものを、森先生と会場を回ることで感じ取ることができました。
(撮影:法人企画広報課 取材:渡辺志織) 森一貴 専任講師 プロフィール 小金沢智 専任講師 プロフィール東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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