ラジコンやミニ四駆といった数々のブームを巻き起こし、模型ホビーをリードし続けている世界的な総合模型メーカー、株式会社タミヤ。赤は創造力と情熱と若さ、青は正確さと誠実さを意味する2色のツインスターのロゴは広く認知され、日本はもちろん海外にも多くのファンがいます。美術科・洋画コースの卒業生の金子諒(かねこ・まこと)さんは現在、タミヤの看板とも言える「箱絵」のイラストレーターとして働いています。幼いころからのミリタリー好きが高じて、今の仕事に至るまでのお話をうかがいました。
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好奇心を持ったものは、どんどん追いかけてみる
――金子さんの「ミリタリー好き」はいつから始まったのでしょうか?
金子:最初のきっかけは小学校低学年のころだったと思います。『風の谷のナウシカ』に出てくる戦車を見て、すごく興奮したのを今でも覚えています。そのころから「ミリタリー」というものに興味を持つようになっていて、小学校の中学年か高学年のときに初めてプラモデルを買ったんですけど、それが戦車のプラモデルで、そこからどんどん本格的にハマっていった感じでした。以来、パッケージの「箱絵」には憧れがありましたね。こういう絵を描いてみたいとずっと思っていたんです。
――戦車のどんなところに惹かれるんですか?
金子:特に昔の戦車が好きなんですけど、一番惹かれるのは純粋に機械としての「機能」ですね。戦車にはだいたい大砲が積んであって、且つ装甲で覆われているんですよ。鋼鉄の板があることによって敵の攻撃から身を守ることができるんです。それからキャタピラで走るんです。大砲、装甲、キャタピラ。僕の中ではこの3つがたまらないんですよね。大砲は、重い砲弾に2~3km先の目標まで数秒で飛んでいくほどの大きなエネルギーを与えます。その物理的な迫力にすごく惹かれるんです。僕は「タイガー」というドイツ軍の戦車が好きなのですが、この戦車は強力な大砲と分厚い装甲で連合軍を手こずらせました。「大きなエネルギーを持った砲弾」をも食い止める分厚い装甲というものにもロマンを感じますね。とはいえ、戦争で使われる兵器なので、素直に「好き」と言うのには少し葛藤もあります。人を殺める道具であるということは、忘れてはいけないと思っています。
大学では青山ひろゆき先生※のゼミで、卒業制作のテーマも「戦車」でした。
※美術科長、美術科・洋画コース教授。作品やプロフィールなどの詳細はこちら。
――絵を描く仕事はいつから目指すようになったのでしょう?
金子:中学と高校はずっと美術部で、高校では油絵を描いていました。僕が描きたいのはリアルな絵だったので、それこそタミヤの箱絵の戦車ってかっこいいなと思っていたんです。どこの大学に行きたいなどの明確な目標はなかったのですが、そういったテイストのイラストが好きで描きたいと思っていたので、それに一番近いのは洋画かなと思って、美術科・洋画コースを選びました。
一つ決め手になったことがあるとしたら、僕が小学校のころに親が芸工大の学祭に連れていってくれて、山形に美大があることを知ったんですね。それで、絵を描くのが好きだから美大にしようと思って、県内にある芸工大にしたんです。
――印象に残っている大学時代の出来事があれば教えてください
金子:やはり先ほども少しお話しした卒業制作ですかね。実物大の大砲を展示したのですが、作り始めたのは3年次の自主制作で、学生が自主的に展示できる機会があったんです。7階のギャラリーで展示できると聞いて、実物大の大砲を作ってみたいなとパッと思いついて、それを制作できたことが一番印象に残っています。
思いつきで始めたようなところがあったので、実際にちゃんと完成させられるかも分からないまま、思い切ってやってみたんですが、思ったよりも良い出来で作れたので良かったなと思っています。大学の課題で作品を作るのともまた違って、すごくいい経験になりました。自分のやりたいことや作りたいものは、こういうことなのかな?っていうのが見えた瞬間だったんです。
――大学での学びで実際のお仕事に活かされている部分はありますか?
金子:ものを見ながら描くという授業が基本だったので、ものをどう捉えるかっていう視点や学びは今に生かされているんじゃないかと思います。2年生のときは静物画を描く授業があったりとか、動いているモデルさんを描いたりする授業があったんですけど、瞬時にその形を捉えて描く力はすごく鍛えられたような気がします。
実物の製品の魅力を引き出す、手描きへのこだわり
――現在のお仕事についてお聞かせください
金子:その時々でさまざまですが、絵を描く仕事のみのときは、朝から晩まで描き続けています。やはり絵が描けるのは楽しいですね。会社員なので社内業務も並行して行うのですが、そこを上手くこなせるようになることが今の自分の課題でもあります。
僕はグラフィックデザイン課の原画班にいるのですが、自分を入れて3人のチームです。ここで絵を描くにあたり必ず存在するのが締め切りです。複数の絵を並行して描くこともありますが、なるべく締め切りが被らないように割り振られるので、基本的には一つに絞って集中して描くことが多いですね。
作業自体は個々に行うのですが、完成したらまずは原画班の先輩に見てもらって、アドバイスや指導をお願いします。大学の課題にも締め切りというか提出日はありますが、仕事の現場となると、それとはまったく違うプレッシャーがありますね。僕の場合まだまだ筆が遅いので、そこは先輩方を見習って早く描けるようにならないとなと思っています。
――金子さんが手がけた箱絵には、どんなものがありますか?
金子:最近の仕事では「歩いて泳ぐアヒル工作セット」があります。ちなみにこの商品は人気があって、発売当初はすぐに品薄状態になってしまいました。自分が描いてできあがったものが店頭で並んでいるのを見たときは、やっぱり大きなやりがいを感じますよね。家族や親戚も喜んでくれます(笑)。周りの人に楽しみにしてもらえるのも素直にうれしいですね。すごく楽しく描かせていただいているんですけど、仕事で絵を描く場合はクオリティの高さが求められますし、自分の満足する絵ではなくて、求められている絵を描かなければいけない、ということは意識するようにしています。
パッケージの天面のほかにも、箱の側面の絵やいろいろなところで使われる線画も描いています。毎回同じものを描くわけではないので制作期間はまちまちです。一つの絵を描くペースも最初は1カ月ぐらいかかっていたものもあるんですけど、だんだん3週間ぐらいに縮まってきたりして、そういう部分ではちょっとずつ成長できているかなと思います。
箱の側面に添えられたイラストももちろんその一つ一つが手描き。こちらは第二次大戦中のアメリカ軍歩兵のキット。細部まで緻密に描かれている。
最初から箱絵を描かせてもらえるわけではなくて、入社後まずは模写を課題として出されて、歴代の箱絵を見ながら「タミヤらしいタッチ」というものを勉強するんです。これはどうやって描けば良いのだろうと、いつも悩みながら描いています。箱絵に3DCGを用いることもあるんですけど、手で描くことによって実物の感じや魅力をより引き出せる場合もあるんです。そういう意味でもタミヤは手描きにこだわっているんだと思います。
――こちらの線画の作品はどういったものですか?
金子:これも手描きで、線画の中では初めて描いたものです。PCを使う場合と、筆で描く場合とそれぞれです。黒一色で表現するので、カラーで描くのとは違った難しさがあります。作業の手順として、まずはいろいろな角度の写真を用意してアングルを決めます。次にその写真をトレースするんですが、写真の上にトレーシングペーパーを載せて、そこに写し絵のように描いていくんです。これを「下図」と呼んでいます。ただ線をなぞるだけではなくて、パースの線や楕円をちゃんと取るようにして、形に狂いがないかを確認しながら、綺麗に描き直す作業なんですね。
その後は下図を普通紙にプリントして、その紙の裏を鉛筆で黒く塗り潰していきます。それをケント紙に重ねて、今度は「鉄筆」という先端の細くとがった鉄の棒で線をなぞります。そうすることでケント紙に転写されるんです。絵具を使う場合、ここまできてやっと色を載せていける状態になります。デジタルで描くときも下図を描いてやっています。かつて線画はデザイン部に配属されると必ず全員が描くものだったので、デザインの仕事における修行の一つみたいなものかもしれないですね。
――先ほどのお話の中にあった「タミヤらしいタッチ」というものについて教えてください
金子:箱絵の場合は「すみずみまで分かりやすく描く」ということでしょうか。製品の情報を伝えなければいけないので、たとえば影になっているところでも、ちゃんと影に見えつつ影の中にあるディテールまではっきりと見えるような表現をしっかり考えて描く。後は見栄えです。「迫力、美しさ、分かりやすさ」が追及されているのがタミヤらしさでありタミヤの絵、という感じがします。
絵に対する個人的な目標としては、イラストレーターの場合、車が得意とかミリタリー系が得意とか、得意分野を持っている人が多い印象があるんですが、「何でも描ける人」もいらっしゃるんですよね。僕自身は今よりもペースを上げて描けるようになることと、もっと絵が上手くなって何でも描けるようになりたいなと思っています。
――最後に、受験生のみなさんへのメッセージをお願いします
金子:いいことも悪いことも全部、後になってみると自分が生きていく上で糧になるので、大学時代はいろんなことを経験してみてください。やりたいことでも好きなことでも、友達との付き合いでも何でもいいんです。僕はもう少しがんばって絵を描いておけば良かったなと思う部分もあるんですが、今思えば友人とたくさん遊んだこともいい経験だったなって思うんです。在学中はサバイバルゲームのサークルに入っていて、そこでも友人ができましたし、一人暮らしのアパートの一つ挟んだ隣の部屋には同級生が住んでいて、僕の部屋で一緒に過ごすことも多かったですね。居心地が良かったんでしょうか(笑)。僕は友達を作るのがそんなに得意ではないんですが、大学に入ったら人との距離が近くなって、自然と仲良くなれたような気がします。人間関係を広げていきながらも、自分の好きな世界はどこまでも追求しながら深めていける。大学ってそういうところなんじゃないかと思います。
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10代のころから絵を描くことと向き合ってきた金子さん。ミリタリーや戦車の話題になると目を輝かせて語る姿に、内に秘めた静かな情熱を垣間見た気がしました。自分の「好き」で生きていくことを心に決め、表現であると同時に今では仕事でもある絵の世界。インハウスのイラストレーターには、クオリティやスピード感などのバランス感覚が求められますが、それらにポジティブに向き合っている様子が印象的でした。金子さんの絵が、子どもから大人まで幅広いファンに向けて、夢とロマンを届けていきます。今後の活躍にも注目です。
(撮影:永峰拓也、取材:井上春香、入試課・須貝)
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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