文芸学科Department of Literary Arts

多色性シナスタジア
阿部悠人
宮城県出身 

<本文より抜粋>
「またお前やってこなかったのか……」真中先生がため息をつく。色は赤と紫が半々。どうやら結構怒っている。この先生は人がいいと周りに言われているけど、それでも限界があるようだ。「すみません」野間さんが通る声で言った。青色の声でちゃんと反省していることがわかる。でも先生は彼女のことはそこまで怒ってもいないと思う。野間さんはいつも真面目だし、課題をやり忘れるのも今日が初めてだ。問題はもう一人の方。「反省しています……」中川君が心底反省したように言った。でも私には嘘だということがわかる。声がどす黒い黒色に『視えた』から。でもこの耳が無くても、ここにいる人全員が嘘をついているんだって分かっていると思う。何しろ、毎回反省していると言っているのに、一度も課題をやってきたことがないんだもの。授業前のお小言をあまり長く言っても仕方がないと思ったのか、彼らを席に戻した。先生が黒板に板書を始めたので、私もあわててノートを広げた。私は目が悪くメガネをかけている。後ろの席ということもありちょっと疲れる。「もうちょっとお小言長くてもよかったのにね、蓮水」隣の美伽が笑いながら話しかけてきた。彼女の声は楽しさを示す緑色に視えた。いくら先生は人がいいとはいえ、お小言の後におしゃべりをしているのもマズいと思ったので、前を向くようにジェスチャーする。「そうだね」と笑って前を向いてくれた。ここは四時間目の理科室。私たち一年三組は前々からやると言われていた実験の日だった。前半は授業を受けて、後半は班での実験に移るという流れだ。手先はあまり器用ではないし、大人数で何かするのも得意じゃない。実験は正直苦手だが授業なので仕方がない。授業を聞きながらノートを取っていたが、ある程度進んだところで先生がチョークを置いた。そろそろ実験の方を始めるようだ。私も筆記用具を片付けて机を班の方に近づける。実験の前にアルコールランプを使うということで先生が注意事項を説明した。アルコールランプのガラスは意外と割れやすく、ちょっとした力で割れてしまうらしい。しかも中身の油が飛び散る。