文芸学科Department of Literary Arts

藤の下で
佐藤花凜
宮城県出身 
池上冬樹ゼミ

<本文より抜粋>
揺れる藤の簾の下で、女が手を振っていた。夏紀はその、あでやかな和服姿の女に駆け寄る。女は微笑んで、「なっちゃん! 久しぶり」と言った。藤の精みたい、と夏紀は思った。確かにその女は、明朝、五月の青くやわらかな風がそよぐ中、藤の花のひとひらから滴り落ちるように生まれたとしても不思議でない容貌をしていた。女が纏う、深みのある紫色の着物は、袖や裾のあたりが霞がかったように染められており、その上に藤の花と、白や金銀の流水文があしらわれている。落ち着いた金色を基調とした帯には、華文や様々な吉祥文様が色とりどりに織り出され、所々に蝶が舞っていた。絞りの帯揚げは長着の藤の葉と同じ若草色で、深紅の帯締めが、それら全ての色々を引き締めるように結わえられていた。夏紀は小さな口を半開きにしたまま、女の顔と着物とを交互に見、やっと「すごい、きれい……」という言葉をひねり出した。女は一瞬表情を翳らせたように見えたが、「そうかな、ありがとう」と答え、くるりと回る。藤の花々の隙からこぼれる日を受け、女のまとめた黒髪や、錦の帯がつやつやと光った。どうしたの、着物、と夏紀が問いかけようとしたが、その前に女が口を開いた。「一年ぶりだよね。もう五年生? 去年より背もだいぶ伸びたんじゃない?」「うん……五年生。去年会ったときより五センチくらいは伸びたかも」夏紀は少し照れたように、ショートカットの跳ねた毛先を左手でいじっている。「いいなあ、さすが成長期! 私ももっと身長欲しかったんだけど、高一くらいですっかり止まっちゃった」もう少しで一五五センチに届く夏紀より、女のほうが五、六センチほど背が高い。「そのうち、なっちゃんに抜かされちゃうかもね」――ギイ、と何かが軋む音がした。彼女たちはそれに気付かなかったのか、特に気にする素振りはない。瞬間、二人の間を強い風が通り抜けた。少しひんやりとしたその風は、夏紀の赤らんだ頬をからかうように、短い髪をもみくちゃにして去っていった。夏紀がぎゅっとつむった目を開けると、杏の種のような大きな目をパシパシとさせながら、女も顔に貼りついた髪を直している。「あ、花びら」女の左耳の上のあたりに、薄紫の花弁がついていた。「えっ、どこ?」夏紀は女に近付き、花弁にそっと手を伸ばす。