文芸学科Department of Literary Arts

Temporary peace
菅原由里
宮城出身 
玉井建也ゼミ

<本文より抜粋>
『【指令】マーテイム強奪犯の始末』「……嫌がらせにも程があるっ」指令書に記された、端的かつ簡素な一文。そのあまりの短さに、受け取り主である十代の青年は、ぐしゃっと紙面を握り潰した。さらに彼の苛立ちを加速させたのは、指令書の下に描かれた地図である。もはやどれが道なのかも分からない曲線が交差し、不格好な家屋が数個、間隔を開けて並んでいる。その上に小さく×印が一つ、赤いインクで付けられていた。「海賊の宝探しじゃないんだぞ」盛大に舌打ちをかましても許されるほどの不出来具合。番地を記してくれた方が百倍良かった。「どうしてこれが嫌がらせになるの? 簡単でわかりやすくない?」などと宣うのは、亜麻色の髪とたれ目が印象的な、二十代前半ぐらいの男。物腰の柔らかさに似合わず、全身黒に統一されたスーツとハットを纏っていた。そして極めつけは、襟に付けられたトカゲの彫られたバッジとジャケットの裾に隠された一丁の拳銃——この男がマフィアのメンバーである証だ。青年は溜息を吐いて、狭い路地を歩きながら、皴のついた紙面をたれ目の男の前に突きつける。「この短文で、どんな情報が拾える?」「う~んと……誰かが《マーテイム》を強奪したから、奪い返せってことだよね? そのまんまじゃないか」「逆に言うと、それしか読み取れない。誰がいつ《マーテイム》を奪ったのか、特徴と手段はどうだったのか、これだけじゃ何も分からない。しかも誰が襲われたかも書いていな……まあこれは大方、構成員の誰かだろうが、下っ端か幹部クラスかだけでもはっきりしていれば、相手の実力も計れたんだ」《マーテイム》——《人間》の科学技術と、《魔導士》の魔法を合わせて作り出した、誰でも魔法が使えるようになる道具の総称である。『共生』を指針とする現代社会の象徴として全世界に普及しているが、そこそこに値段が張るという代物。当然、売れば纏まった金が手に入ると考える輩は現れるものだが、まさか『この町』を支配しているマフィアに狙いを付けたとは驚きだ。隣を歩く男が僅かに首を傾げた。その拍子に、ダイヤ型にカットされたターコイズブルーのピアスが左耳の下で大きく揺れる。