日本で初めて「デザイン」を冠した学部を設置した本学は、開学当時から「スタイルやブランドをつくるデザイン」だけでなく、「課題解決」にこそデザインの本質があると考えてきました。その本学が主催する、高校生を対象に社会の課題発見・解決力を競う「全国高等学校デザイン選手権大会(以下、通称デザセン)」。
今年で26年目の開催となり、四半世紀に渡り開催し続けている本大会には、今では高校時代に大会決勝に出場した方が高校の先生になり、教え子を連れてデザセンに戻ってくる光景も見られるようになりました。
この歴史あるデザセンは、毎年その運営を本学の学生スタッフたちが担っています。今回はその学生スタッフの一人、岡崎千晴(おかざき・ちはる)さんに、デザセンに関わる魅力と大会の裏舞台で展開しているさまざまなストーリーをレポートしてもらいました。
現代を生きる私たち世代は、過去の失敗と成功から
新しいアイデアを生むためにもがいている
現代社会を、みなさんはどう捉えているでしょうか。
「昔は良かった」そう唱える大人もいれば、「今の子どもたちは恵まれている」と唱える大人もいます。現在の10代、20代は、地球温暖化、少子高齢化、貧困、戦争による影響、AI技術とモラル… さまざまな問題が議論されるなかで成長してきました。また、東日本大震災や大型の台風など、未曾有と呼ばれる災害に遭い、自然の脅威や人間の無力さや脆さ、社会の繋がりのあり方について、考えさせられてきました。
「良かった」も「悪かった」も知らない、現状を生きるしかない私たち世代は、社会を今ある資源や状況から「良い」と言える状況にしていく必要があると感じます。新たな技術と問題が生まれ続ける現代において、私たち世代は過去の失敗と成功と、その後の影響に学びながら、そこに新しいアイデアを生まなくてはならないと思っています。そして、本学でデザインを学ぶ学生は、そんなことを日々思考しています。
「社会にとっての良いとは何なのか」「隣の人をどうしたら笑わせられるのか」「隣の隣の人まで笑顔にできる方法はないのか」「自分の地域も周りの地域も、一緒に豊かになる方法はないのだろうか」――。問題は大小ながらも、デザイン思考や様々なテクニック、経験を学び、山形の地で課題に立ち向かう力を身に付けようともがいています。
考える力が試される現代でデザインを学ぶことは、自身とその周囲を取り巻く環境を豊かにしていく力として大いに活躍するに違いありません。デザセンでは、そんなデザインの必要性や豊かさを、デザインや芸術を志している学生以外にも広げたいと考え、活動を行っています。
普段の生活を観察すること、疑問を持つこと、チームを組むこと、思考して試すこと、アイデアを多様な世代にぶつけること。そして、多くの人が考える力でその人の求める豊かさの中を生きる工夫をできたら、もう少し生きやすい世の中ができるのかもしれない―― そう考えます。
デザセンは、時代の先を「見ている人」に
時代の先を「生きる人」がアイデアをぶつける大会
デザセンは、全国高等学校デザイン選手権大会の略称で、1990年代のバブル経済の破綻を受け、知識集積型の学習だけでなく、ことの本質に目を向けて自らが解決方法を提案できる教育的実験の場として、1994年に本学の教員たちによってグランドデザインされました。主体性が求められる探求型学習を行ううえで、そのデザインの良し悪しを判断していくのは、これからの時代を見ている大人たちです。大会のゲスト審査員は、本学教員に加え、例年、教育や芸術、文化的活動を先導的に行っている著名人を招いています。
過去の審査員として、落合陽一氏、大宮エリー氏、小山薫堂氏、茂木健一郎氏、前田哲氏などが参加しています。そして、今年の決勝のゲスト審査員は、教育改革実践家の藤原和博氏、アーティストで東京藝術大学先端芸術表現科准教授の八谷和彦氏、編集者・ローカルディレクターの柿原優紀氏。これに本学の教員3人を加えた6名が、決勝の審査を務めました。
まさに「時代の先を見ている人」に、「時代の先を生きる人」である10代の高校生がアイデアをぶつける大会です。そして、決勝大会では、高校生71名、市民46名、大学生53名、毎回1万人以上が視聴するニコニコ生放送の視聴者が、「高校生賞」や「市民賞」などの賞の審査を行いました。
今年度の高校生の募集作品数は1,010作品にも及びました。一次審査は書類選考によって行われ、作品一つひとつに学生と職員が目を通します。二次審査はパネルにて審査員を迎えて行われました。予選を通過して選ばれたのは、1年生から3年生まで学年が入り混じった10チームです。
本大会では、審査基準を「A 問題発見力」、「B 発想力、企画構想力」、「C 表現力・説得力」の3つの観点から審査しています。「問題発見力」とは、社会のなかにある困りごとを見つけ、その困りごとがなぜ起きているのかが深く考えられているか。「発想力、企画構想力」では、自分たちが見つけた課題や問題に対して、目指す未来を想像しながら自分たちの視点で、誰も思いついていないアイデアやプロセスを考えているか。「表現力・説得力」では、アイデアの面白さや魅力を最も効果的に聴衆に届けるためにさまざまな工夫(ビジュアルや声のトーン、プレゼンのストーリー等)をしているか、を審査基準としています。
デザセンの運営は、事務局職員数名と学生スタッフによって行われており、今年は約90名の学生がスタッフとして参加。チームサポート、チームワーク審査、大道具、小道具、PA、撮影、PV、広報の8班に分かれて活動しました。
高校生の大会において、大学生の役割とは、高校生のアイデアをサポートしていくこと。いかに高校生のアイデアを共感してもらえる形に落としこむか、多くの人にどうこの活動の魅力を届けるか。問題の背景やその問いのために、決勝大会当日を目指して、それぞれが活動を行いました。ここからは、デザセン決勝大会当日までの数日間、出場する高校生たちと、その周りを囲む人々をレポートします。
デザセンの面白さは、プロセスのなかにある
決勝大会の朝は、緊張と興奮が心地良い、雨上がりの芝生の上での集合写真撮影から始まりました。高校生は決勝大会の2日前に山形入りします。2日前には特に関わりもなかった10チームは、3年生が中心となりながら、和やかなムードと結束感をつくっていきました。
大学生がサポートしながら入場行進の練習を終え、学食で早めの昼食を取ります。準備のためバタバタと走り回る学生スタッフをよそ目に、発表直前にも関わらず大盛りをぺろりと完食する高校生を見ていると頼もしく感じます。
司会を務めるプロのアナウンサーの爽やかな声からデザセン決勝大会は開幕。「練習どおりに、あと少し元気よくね」。そんな大学生たちの後押しのもと、入場する高校生たちに拍手が起こります。
今回の出場高校は、仙台二華高等学校から『チルビレ』、米沢工業高等学校から『おしょうしなプロジェクト』、栃木農業高等学校から『道普請が日本の未来をデザインする』、宇都宮文星女子高等学校から『シニアの交通レボリューション!』、伊奈学園総合高等学校から『えっ!GOOD!』、本郷高等学校から『日本のこころ温団化』、神戸市立科学技術高等学校から『スマホ体操』、高松工芸高等学校から『ネプロ~みんなのインターネットプロテクト~』、松山工業高等学校から『もしも折り紙がチームスポーツだったら』、九州産業大学付属九州高等学校から『アカ墓地』の10チーム。
その中から今回は、今年度の「優勝」と「大学生賞」に輝いた福岡県の九州産業大学付属九州高等学校(以下、九産大九州高校と略)「アカ墓地」チームに焦点を当てます。
デザセンは毎年決勝大会当日に、「ニコニコ生放送(以降、ニコ生)」で生放送を行っていますが、そのコメント内では、発表内に発せられた「黒歴史」というワードに反応が起きました。美術学生やニコ生の視聴者が反応しやすいワードを持ってきたことで、ネットやSNSを利用する頻度の高い人々の心を掴んだのです。その他にもワードのキャッチーさに関して評価が高く、藤原和博氏を含め審査員から好評を得ました。
九産大九州高校では、授業カリキュラムの一環としてデザセンに取り組んでいるそうです。引率された占部政則先生からは、「案を出し、チームワークを組んで進めていくのは生徒だが、共感できるかを客観的に伝え、どうしたら自分たち以外の世代に伝えていけるのかを『先生』を通して何度も確認していくことが大切」と、指導者の大切さについても語っていただきました。この言葉を聞いた時、「チーム内で『先生』とは、生徒にとっては唯一、高校生と違う時間を生きている人であり審査員に近い立場だからできることがあるのだ」と感じました。
アイデアを届けるために大切なのは、相手にとって共感できるストーリーかどうか。このことは本学の学生たちも授業で学びます。ノウハウよりも先に、自分たちの意見がどのようにしたら多くの共感を得られるのか。生徒たちは先生を通して学んだことでしょう。優勝インタビューでも共感を得ることの難しさを話してくれました。限られた時間で世代間の感覚の違いを超えて、あきらめずにアイデアの面白さを伝えたこと。それが多世代の共感を生んで優勝を勝ち取ったと言えます。
「デザセンの面白さは、プロセスのなかにある」 デザセンに関わった誰もが口を揃えて言う言葉の一つです。私が最初にデザセンに関わるようになった時も、この言葉を聞き、答えが知りたいと思い意識を巡らせながら活動を行ってきました。
決勝の前日、私は広報班として決勝出場校の先生方やゲスト審査員の方々にインタビューをしました。決勝大会出場高校の先生方は共通して「もちろん優勝したらそれは生徒たちにとっての思い出になるが、この場所にいること自体がデザセンの意義だと感じる」と語ってくれました。
この決勝大会の地にいるということは、日常の課題に目を向け、疑問を持ちながら向き合い、さらに他人であったメンバーと向き合い、先生のアドバイスを消化し、デザセンスタッフの視点を取捨選択したからここまで来た、ということではないかと思います。
デザセン決勝大会は、高校生の日常に、今の大人と言われる世代がいかにして課題を残してきたのか、解決策があったにも関わらず、なぜ高校生は、その課題に未だ対面しなければならないのかなど、多くの「課題」を私たちに示しました。
デザセンで得られる「柔らかさ」と「鋭さ」から
夢のあるアイデアが生まれる
私はこのデザセンを経由して、高校生たちが成長していくプロセスの素晴らしさに「柔らかい魅力」と、社会に対して投げかける「鋭いもの」の両面性があるように感じます。そして特に、デザセンならではなのが、「夢のあるアイデアがとおる魅力」があることも忘れてはなりません。
スマートフォンも、車も、新幹線も、世の中にあふれるものは、現実だけを見ていては想像できない夢のあるアイデア。子どもは夢がない、そんなふうに言われている現代。考えなくても「ものごと」を享受できる時代は、大きな危険性を秘めていると感じる。
消費者である私たちは、同時に何かに消費されています。特に、高校生や大学生といった多感で、活発で、しかし失敗を知らない世代は、先を読めずに多くのものを選択してしまう。近くの幸せに見えるそれに、すがろうとしてしまう日もあるでしょう。ですが、そんな時に自分を支えるのは、夢を見る力と考える力であると私は考えます。
夢を持つこと、目標を持つこと、自分の人生の在り方を選ぶこと。それは、考えること、今生きている時間と、片手に握っているものに疑問を持つことから始まるのではないのでしょうか。
岡崎千晴(おかざき・ちはる)/建築・環境デザイン学科4年
1998年仙台市生まれ。みんなで作るイベントとお絵描きが大好きでおっちょこちょいな21歳。 高校では映画制作と絵画制作に没頭。独立展入選やプチョン国際映画祭のミネート作品に助監督として携わった。大学では空間デザイナーを志して建築を学びながら、学生デザイナー団体 Yepproでカフェの空間演出や広告、看板制作を行う。また、昨年まで大学祭の実行委員長としてイベントプロデュースを行い、今年は新たにデザセン広報班のチーフを務めた。
デザセンがスタートした26年前は、この大会がビジュアル的なデザインの優劣を競う大会としてしか認知されず、社会の課題を解決するアイデアの大会だという趣旨を理解してもらうために歴代デザセン担当者たちは苦労しました。現在では、書店のビジネス書コーナーに多くのデザイン思考の書籍が並び、探究型学習が多くの高校で導入されていることもあって、「デザイン思考」は、誰もが学ぶべき時代になりました。
現在、山形県内の普通科高校でも、授業でデザイン思考を導入しています。デザセン事務局では、そうした高校教育の変化に合わせて、地域や社会の課題解決の思考法を指導する高校の先生方に「デザイン思考」を導入いただけるよう、決勝を終えた翌日から、来年の大会に向けた準備を始めています。これは、高校の授業の成果発表とデザセンの企画書がイコールになるための作業です。
岡崎さんが語ってくれた「考える力が試される現代でデザインを学ぶことは、自身とその周囲を取り巻く環境を豊かにしていく力として大いに活躍するに違いありません」という言葉とともに、これからもデザセンは、全国の高校生のためにありたいと思います。
(企画広報課:五十嵐)
全国高等学校デザイン選手権大会
全国高等学校デザイン選手権大会(通称:デザセン)は、全国の高校生を対象に「社会を良くする」ための企画・アイデアを募集している大会。東北芸術工科大学が主催し、1994年から毎年開催しています。
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp