絵を描くのが好きだったという髙力了生(こうりき・りょうせい)さんは、一つの分野に限定せずあらゆるアートの基礎とデザイン技術が学べる、美術科総合美術コースを選択。アートワークショップや地域連携プロジェクト、課外活動を通してさまざまな学びと幅広い人のつながりを得たといいます。現在は福祉の場でアートを活用する支援員として仕事をしています。アートと福祉はどのように結びついているのでしょうか。現在の仕事に就くまでの経緯と障害者支援の内容、学生時代に学んだことについてお話を伺いました。
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福祉の現場で感じる、「心が通う場」をつくるアートの可能性
――現在のお仕事の内容について教えてください
髙力:生活介護事業所「デイサポート たんぽぽ工房」で障害のある方の支援をしています。「たんぽぽ工房」は、「はたらく、こせい、つながり」を大切に、利用者さんの夢や幸せを想像しながら、その実現に向けて一緒に歩むというコンセプトで運営している事業所。一人一人の持ち味を生かした活動を企画し、いきいきとした時間が過ごせるようにしています。
主な仕事は通所してくる利用者さんの活動支援、送迎やご飯の準備など。午前中は「お仕事の活動」として、手織り、ミシンを使ったコースター作り、絵画、リサイクルのために古紙をシュレッダーにかける作業などをしています。手織りなどの製品は、外部の販売会や福祉センター、地域のお店などで販売していて、納品や集金、販売なども利用者さんと一緒にしているんですよ。事業所内だけでなく地域に出て、社会と関わりを持つことは楽しいみたいで、積極的に動いてくれる方が多いです。
――それでたくさんの糸や画材などがあるんですね。利用者さん達の意欲が伝わるようです。
髙力:本当に一生懸命に作ってくれるので、どんどん素材が増えてしまって(笑)。お仕事をした後はお昼を食べて、午後から、おやつなどの調理、外出やカラオケ、絵画や粘土を使った創作活動など「楽しむ活動」をします。季節ごとの行事など、プログラムの決定は利用者さんも参加する「たんぽぽ会議」で決めていきます。
――どれも楽しそうな活動ですが、利用者さんから一番人気の活動はどれですか?
髙力:カラオケは盛り上がりますね!私が音楽活動をしていたもので、利用者さんからリクエストされた曲をギターで弾いたりもします。80年代のフォークミュージックとか、知らない曲は音源を聴いて必死に練習をして(笑)。利用者さんは年齢もそれぞれ違うのですが、知らない曲でも手拍子をしたりしてお互いに楽しい時間になっているようです。
私は、利用者さんに自分らしく無理なく伸び伸びと過ごしてほしいという思いと、利用者さん同士の関係づくりを大切にしています。そもそもはマンネリにならないように始めた音楽の時間でしたが、思い描いていたような ”楽しいつながり” が提供できているのが嬉しいですね。
――髙力さんが福祉の道を志したきっかけは何だったんでしょう
髙力:私は実家がお寺だったこともあり、卒業後は京都にあるお坊さんが通う学校に進学したのですが、親に「実家に戻って坊さんになる必要はない」と言われまして(笑)。だったら好きな美術に関わる仕事をしたいなと思ったんです。ここで働く前に、障害のある人の芸術活動の普及支援に取り組んでいる「ぎゃらりー ら・ら・ら」で展示のサポートを行ったことがありました。アートを通じて新たな価値創造を発信し、お互いに尊重し理解し合える地域社会の創造をめざし活動している団体で、山形ビエンナーレ会場にもなったギャラリーです。そこで利用者さんと直接触れ合う機会があり、友人のように話をして笑い合い、彼らと関わることがすごくおもしろいなと感じたんです。それがきっかけとなり、5年前からここで福祉の仕事をするようになりました。
――大学で美術を学んで福祉の道に進むのは意外な気がしていましたが、絵画や音楽などアートを通して人のつながりを紡ぐということは、総合美術コースの根幹でもありますね。
髙力:そうですね。総合美術コースで4年間過ごしたことが、自分の感覚にすごく影響していると思います。芸工大全体がおもしろい空間で、いつも何かがおこっている。そういう環境だから授業以外にもいろいろなことにチャレンジできましたし、福祉業界においてアートを楽しむということが自然と考えられるようになったんだと思います。
――芸工大の総合美術コースに進学しようと思ったのはなぜですか?
髙力:きっかけは、芸工大の大学案内かホームページで、こども芸大とのワークショップの写真を見たことです。子どもたちが野外で楽しそうに、夢中で絵を描いている姿を見てすごくワクワクしたんです。私は絵を描くのは好きでしたが、専門的に学んだわけではなかったため日本画や洋画は難しいのではないかと思い、ほかの学科を調べて出会ったのが総合美術コースです。「総合美術って……すごく素敵!」と、まずその響きに惹かれました。そして学科の説明に専門を持たない人でも大丈夫と書いてあったので、その言葉を信じて受けてみることにしました。私は人とつながり関わり合うことが好きなので、アートを活用して何かためになることが学べるんじゃないかと思ったんです。
――学科で学んで今も役立っている知識や経験はありますか?
髙力:造形からデジタル表現までアートの基礎を学べたこと、アートワークショップや地域と連携したプロジェクトで実践を通して学んだことは、どれも役立っています。学生時代に出会い、プロジェクトでお世話になった方とは今でも交流があったりして、仕事だけでなく人生の中でも宝物となるような幅広いつながりをいくつも持つことができました。
学科の演習で印象深かったのは、1年次に駅前の十字屋というデパート(現在は閉業)のショーウィンドウを公開制作するプロジェクトに参加したことです。多学年が参加するグループワークでは個性がぶつかり合うこともあり大変だったこと、そしてそれと同じくらいみんなとの協働は楽しく、完成した時の喜びが大きかったことは、今の仕事で感じる喜びにも通じるところがありますね。
――髙力さんは学生時代、そういったプロジェクトに多く参加されたんですか?
髙力:学生時代は、学科の活動以外に遊んでいた記憶が多いですね(笑)。サークルは、アメリカンフットボールを簡略したタッチフットボールのサークルに4年間所属していました。3、4年次には横浜スタジアムで開かれた全国大会に出場しました。この活動では、達成目標を高く設定している人と気楽に楽しみたい人との温度差が生まれる状況で、うまく一つのチームになっていく過程を経験しました。不穏な雰囲気になったこともあって難しかったですけど、どちらの話も聞きながら間に入ってコミュニケーションを取っていましたね。
芸工祭で、本館前の鏡池にカヌーを浮かべて遊ぶ<カヌー体験会>というアクティビティを開催したのも良い思い出です。鏡池をカヌーに乗って遊覧するという単純な内容でしたが、学祭で一番の利用者数だったくらいすごい人気で。カヌーを安価で貸してくれた方がいたので飲食のブースとは違い原価がかからなくて、売上が良かったんじゃないかな(笑)。有志のみんなと一日中カヌーを漕ぎまくってヘトヘトになったのを覚えています。
あとは、2年次の夏休みに、仙台から苫小牧を通って宗谷岬まで、自転車で1週間をかけて縦断しました。これもいく先々に出会いがあり学生だからこそできる経験だったと思います。大学生活で得られたものはこういった思い出も含めて本当に多いです。
――手軽で楽しいだけの経験ではなく、苦しさも味わいながら充実した時間を過ごされていたんですね。これから、総合美術コースに進学を考えている方にメッセージをお願いします
髙力:オープンキャンパスに参加された方は感じているかもしれませんが、芸工大は一般の大学にはない雰囲気があると思います。自分の周囲にいる友人、先輩、先生たちがそれぞれの分野でアートやデザインを志している人ばかりだという環境は、おもしろく刺激的です。私はこの空間で4年間過ごすことで培われた感覚を持って、アートを通して社会とつながる仕事を選びました。障害のある方の支援はもちろん難しい面もありますが、アートを活用することで心が通う場がつくれているように感じています。人とのつながりを持つのが好きな方、アートの力を社会で生かすことに興味があるという方は、将来につながる、深く、濃い学びができる学科だと思います。
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いつも明るく声をかけ笑顔で接する髙力さんは、たんぽぽ工房でも人気の職員さんだそうです。人とのつながりを大切にしている人間性、困難があっても苦にせず楽しみながら努力を重ねることができるおおらかさは、毎日顔を合わせている職員の方、利用者さんにしっかりと伝わっています。一人一人の個性を大切に、多様性を認める社会に対して、アートがもたらす影響はこれからも大きくなっていくでしょう。髙力さんのように、自分らしい働き方を見つけ実現する第一歩として、総合美術コースは魅力的で可能性にあふれているように感じました。
(撮影:土田有里子、取材:上林晃子、入試広報課・土屋) 美術科・総合美術コースの詳細へ東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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