春夏秋冬すべてが色濃いこの場所を、新たな草木染金属工芸の産地に/くらしの金具・里山 卒業生 牧野広大

インタビュー

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自然から抽出した色で表現する、目の前の「山形」

――いつ頃から金属工芸作家になることを考えていましたか?

牧野:実は、高校生の頃は漫画家になろうと思っていました。でも紙とペンは苦手というのもあって、じゃ、紙とペンじゃないもので、自分の中にある物語みたいなものを表現するとしたら何がいいんだろう?と考えていた時、テレビに刀鍛冶が映ったんです。そこで鉄を叩いて形を変えていく様子を見ていて、「何でもできるじゃん!」って。それが金属の世界に飛び込むきっかけになりました。 作家になることをちゃんと意識したのは大学1~2年の時ですね。その頃には、卒業後も金工を続けていきたいという思いがあったので、そうなると作家なのかなって。なれるかどうかも分からなかったですけど。

くらしの金具・里山 牧野広大さん お話されている牧野さん
ショールームにてお話をされる牧野さん

――実際、卒業してすぐ作家として食べていくことはできましたか?

牧野:いや、3年貧乏というのは分かっていたので、制作を続けながら、寒河江市美術館の初代専門員として週3~4日働いていました。そしたら2年目の終わり頃からわりと売れるようになってきて、そのタイミングで美術館の仕事を辞めて。大体、3~4年で軌道に乗った感じですね。 収入の波というのはありますけど、なにせ土地代が安いですから。鍛金は作業する時の音がすごいこともあって、もともと山奥で場所を探していたんですが、ここ立木地区はもう本当に最高の立地ですね。雪が降ると一回真っ白になってリセットされて、そして春になると鳥の鳴く声が聴こえてきて。四季の全部が色濃いというか、しっかり年を重ねていってる感じが良いんですよね。愛知に住んでいた頃は街なかで育ったので、冬は木から葉が落ちて寒くなるくらいで、このままここでじいちゃんになるのかーって思ったら、どうもピンと来なくて。だから鍛金を学べる中でも、あえて東京ではなく雪国の大学を選んで来たんです。雪のある生活に憧れて。

くらしの金具・里山 牧野広大さん ショールームの様子
古い家屋をリノベーションしたショールームの様子

初めてコンペで受賞したのは、2011年の「雪のデザイン賞」というものでした。当時はまだ全然売れていない頃で、そんな中、東日本大震災が起きて、ギャラリーの展示もキャンセルになって、これからどうしようか…って。でもこの雪のコンペに出す作品を作っている途中だったので、「これだけは完成させなきゃ」と思って出品したら、夏頃に受賞のお知らせが来て、そこから結構コンペで受賞するようになったんです。なので、諦めかけていた時に勇気をもらえたみたいなところがあって。雪ってすごく恐ろしいんだけど、それでも綺麗だし、自分に向かって降ってきているわけじゃないのに、勝手に自分に降ってきているように錯覚して「自分は宇宙の真ん中にいるんだ!」って思ってしまうような感じとか、そういったことを込めて作った作品になりました。

くらしの金具・里山 牧野広大さん 雪をモチーフにした作品
自らの体験をもとに制作した、雪がモチーフの作品

――それだけ、山形の四季や環境が作品に影響しているということですね

牧野:まさにそうだと思います。田んぼの稲波のシリーズから作品が始まって、雪とか夜とかお月様とか、とにかくここは自然が色濃い場所なので、探さなくても目の前に良いものがあるんですよ。それを自分の中に蓄積された染色と結びつけて作品にしていくので、「この自然が良いから作品を作ろう」というよりは、「あの時のあの色ならこの自然を表現できる」というところから作品になっていく感じですね。

――まさにその「色」というのも牧野さんの作品の大きな魅力になっていますが、色へのこだわりというのは以前から?

牧野:昔からあったかもしれません。初めてデッサン教室に行った時、形はまだできていなかったんですけど「色が描けてる」って言われて、その時に「自分は色が武器なのかな」って思いました。大学に来てちゃんと金属に触れるようになってからは、錆の色がすごく好きになって、錆の研究を4年間ずっとしてました。でも歴史がありすぎるし、僕がやりたいことをやっている作家さんもすでにいたので、大学院からは歴史のない素材ということでアルミニウムに切り替えて、現在はその専門家として作品展開しています。 一番使う色は、玉ねぎの皮で出している黄色ですね。器にした時の食べ物との相性もすごく良いですし、アルミ以外の素材では出ない色味かなと。あとは紫も良いですし、青も緑も好きですけど、僕は白もちゃんと色として認めてあげたい。染めてはいないですけど、銀やステンレスといった他の金属では出せない白加減というのがあるんですよね。

くらしの金具・里山 牧野広大さん 制作作品
ショールームには美しい草木染金工作品が並ぶ
くらしの金具・里山 牧野広大さん 制作作品

――作品を作る時は、いつもどんなことを大切にしていますか?

牧野:一つ一つ、手打ちして金槌の跡を入れていくんですね。その時に自分の呼吸を入れるというか、生きている時間そのものを作品に打ち込んでいく。僕はそれを「呼吸がものに染み込んでいく」と表現しています。同じように叩いても絶対に違ってくる「ゆらぎ」みたいなものがあるんですよね。 金属というのは神様に捧げるものとして発展してきたところがあるので、やはり神様のものということで「完璧な丸」とか「完璧な磨き」とか、そこにかかる人の息みたいなものを消していった傾向があるんです。でも僕は人の息がかかったものをすごく大切にしたいと思っているので、作品を作る時は人間らしく、真ん丸でもちょっとだけ楕円にしたり、何ヶ所か意図的に少し出っ張ったりへこんだりしている部分を作ったりするようにしています。

くらしの金具・里山 牧野広大さん 制作の様子
作品はショールームに併設された工房にて制作される
くらしの金具・里山 牧野広大さん 制作の様子

あらゆる学びに散りばめられていた、作家としての要素

――大学時代の学びや経験で、今も生かされていると感じることは?

牧野:1年生の時の金属工芸の選択課題で、鉄の虫を作るというものがありました。それがなかなか恐ろしい課題で(笑)、火を使わずに冷たい鉄を叩くか溶接するかの2種類だけで作品を作らないといけなくて。先生は、「工芸は気合いだ、ガッツだ」ってそればっかり言うんですよ(笑)。でも本当に今、自分を最終的に救ってくれるものって気合いとガッツしかないんですよね。メンタル面はもちろん、体力もいるぞっていうことをすごく教えられました。そういった作家になるための要素みたいなものが、いろんな課題に全部詰まっていたなと思います。

また、大学時代は「劇団NoName」という演劇サークルに入っていました。その理由は、自分で作品を売り込めないと何もスタートしないことを1年生の時点で自覚したから。作品はギャラリーが売ってくれたりするんですけど、1番最初に売り込むのって自分じゃないですか。昔の僕はとにかくしゃべるのが苦手で、課題で作品を前にしてやっと少ししゃべれるくらいの子だったんですね。そんな自分を変えるために、大道具をしながら役者をして。そうやって、自分がしゃべらないとステージが全く進まないっていう状況に自らを追い込むことで、作家になる訓練をしていました。ちゃんとお客さんの方を向くとか、他の人とぶつからないようにするとか、演劇って気を遣うところがめちゃくちゃ多いんですよ。もういろいろ鍛えられました(笑)。

くらしの金具・里山 牧野広大さん お話される牧野さん

――これから先に向けて、何か思い描いていることはありますか?

牧野:全国、世界から見て、この場所が「新しい草木染金属工芸の産地」みたいになっていったら面白いと思うんですね。最終的には金属工芸の草木染の技法書を出すことができたらいいな、って。今は玉ねぎの皮を使って黄色に染めていることだけ公開しているんですが、その他の秘密にしている技法についてもその本で公開して、50年後、100年後、美大生でも海外の人でもいいので、それを基にできることを考えてやっていってくれたら嬉しいですね。今はまだ新しすぎる技法ですけど、これがスタンダードになっていくきっかけになったら面白いし、山形という地だからこの技法が生まれたんだっていうのを強く打ち出していきたいと思っています。

――それでは最後に、受験生へ向けてメッセージをお願いします

牧野:芸工大には、自分が吸収したいと思えばいくらでも吸収できる環境が整っていると感じます。それは大学に門がないという垣根のなさに始まり、工芸の学び自体もまさにそうで、素材をまず垣根なしで扱ってみて、そこから自分で選んで、そして専攻に分かれた後も素材と素材を組み合わせる課題があったりするんですね。そうやって専門性を持ちつつ新しい何かを生み出していかないと、個人でやっている近代作家なんて太刀打ちできませんから。でもその分、自由度は高いと思っています。 多分、受験生の中には親に進路を反対されている人も多くいるでしょうが、その反対を押し切ってでもやるんだって気持ちが自分にどれだけあるかを、ぜひ自分の心に聞いてみてほしいです。やっぱり「勉強したいから来たんだ!」とか「将来、こういう場所に行くために来たんだ!」っていう気持ちを持って大学に入った方が、その後、絶対に面白くなると思いますから。

くらしの金具・里山 牧野広大さん 工房前に立つ牧野さん

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学生時代、さまざまな素材に触れる中で、当時のテキスタイルの先生に言われた「工芸はね、実験と発見の連続なのよ」という言葉が、まるでエコーがかかったかのように心に響いたという牧野さん。そして作家になった現在も、自身の作品が予想を超えて応えてくれる度、楽しさと感動を覚えると言います。この色濃い自然が残る山形で生み出された、今はまだ牧野さんにしかできない特別な表現。それがいつか工芸のスタンダードになるその日まで、牧野さんの叩いて染める里山での手仕事は、季節の巡りと共にこれからも続いていくことでしょう。

(撮影:根岸功、取材:渡辺志織、入試広報課・土屋)

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東北芸術工科大学 広報担当
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