
プロダクトデザイン学科を卒業後、株式会社ニコン のデザインセンターIDグループでカメラや顕微鏡などをデザインしてきた小田島俊子(おだしま・としこ)さん。昨年6月からはコミュニケーショングループに異動し、主にグラフィックデザインや展示会関連に係わる業務を担当しています。ここでは、これまで小田島さんが手がけてきたプロダクトデザインについてのお話、そして学生や受験生が今後問われるであろう力についてお聞きしました。
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自信を持って送り出せるデザインを目指して
――ニコンさんへ入社されたきっかけを教えてください
小田島:小さい頃から家電量販店に行くとわくわくし、いつか自分でデザインをしてみたいと思っていたこと、そしてその製品が自分の地元の岩手でも販売されているの見てみたいなと思ったことがきっかけで、就職活動ではメーカーを受けていました。そして、ご縁がありニコンにプロダクトデザイナーとして入社しました。
ちなみにニコンと言えばカメラのイメージが強いかもしれませんが、映像関連の多種多様な商品や、BtoB関連のデジタルマニュファクチャリング、ロボット、ヘルスケアなど様々な領域を手掛けています。私自身カメラ以外にも双眼鏡や顕微鏡などのデザインを手がけてきましたし、ここにはいろんな事業があります。

――小田島さんは最近、これまで長く担当されてきたプロダクトデザインのお仕事から、グラフィックデザインがメインの部署に異動されたとお聞きしました
小田島:ニコンには自分がやりたいと思ったらいろんなことにチャレンジできる気風があるので、私も新しいことを勉強してみたいという気持ちから異動の希望を出しました。現在所属しているコミュニケーショングループでは、ロゴや化粧箱、パンフレットのグラフィックデザイン、ムービーや展示ブースのデザインディレクションなどのお仕事を中心に行っています。これまで進んできたプロダクトデザインの道から心機一転、勉強しながらコミュニケーションデザイン業務を行っています。
――以前の所属先であるIDグループではどのようなプロダクトデザインを手がけられてきましたか?
小田島:入社してから数年はコンパクトデジタルカメラのデザインを中心に行ってきました。「COOLPIX W300」という防水カメラでは、本格的にダイビングをする人がグローブをしたままでも持ちやすいグリップ形状や、水中でも使いやすい操作部材を兼ね備えた防水カメラのデザインを行いました。「COOLPIX W100/150」では家族みんなで楽しめる防水カメラとして、子供が持ち歩きたくなるようなキャッチーな柄の数々を提案しています。柄が決まるまで、百本ノックのようにたくさんの案の作成や社内アンケートを経て形になった思い出深いカメラです。この製品は、ケースとストラップの限定アクセサリーもデザインしました。

そんなコンパクトデジタルカメラの仕事を数年担当した後、次はビジネス製品が専門のチームに移り、主に顕微鏡のデザインを手がけました。私が担当した、高校や大学で医学や生物系について勉強する学生に向けた、初心者でも使いやすい顕微鏡のデザインを行うにあたって、見識のある方々にどうすれば使いやすい顕微鏡になるか調査を行いました。すると、問題点として多く上がってきたのが「顕微鏡は操作が複雑で、どの操作部材を触るとどこが動くのかがよくわからない」というものでした。そこで扱いやすく、また運びやすいデザインにするためモックアップを作って何度も検証を重ねた結果生まれたのが、「ECLIPSE Ei」という教育顕微鏡です。一緒に取り組んでくださった方やアドバイスしてくださった方など、周りの方々のおかげで、この顕微鏡は2020年度グッドデザイン賞ベスト100をいただくことができました。


――小田島さんがプロダクトをデザインする上で大切にしてきたことは?
小田島:BtoBの場合、その道のプロである方たちの悩みや問題を解決できるものでなくてはいけないので、そういう「課題解決のための製品」であることを意識しながら、どうすれば自分たちの製品が使いやすいものになるかを深掘りしながら答えを見つけていくことを大切にしてきました。そのため、顕微鏡であれば実際に大学まで行って直接声を聞くといった調査の部分にもすごく時間をかけるようにしていましたね。
また一般消費者向けに製品を提供するBtoCの場合、例えばカメラであれば嗜好品なので、必ずしも生活に必要なものではないんですよね。だからこそ人の心に響いて、「欲しい!」という感情を揺さぶることができる造形にしないといけなくて。そのため市場調査をしっかり行いつつ、誰のためのどんな製品なのか、ちゃんと答えが出せるよう心がけながらデサインすることを大切にしてきました。

――いつもどんな時にやりがいを感じますか?
小田島:「自分が手がけた」と自信を持って言える製品が市場に出て、カメラの場合は街で見かけた時とか、子どもが嬉しそうに使ってくれているのを見た時に「頑張ってよかったな」とやりがいを感じますね。顕微鏡の場合は大学などに納品されて、実験室にたくさん並んでいるのを見た時も、「この顕微鏡が医学の道や研究の道に進む学生さんたちの最初の一歩になってくれたら」と思うとすごくやりがいを感じました。
社会に出て気付いた、相手に伝える力の重要性
――仕事に取り組む中で、特に印象に残った出来事はありますか?
小田島:防水カメラを作った時なんですけど、私は入社して間もない頃だったのでまだ経験も浅くて、設計の担当者にシャッター角度を指示する場面で、「こんな感じの角度にすると持ちやすいです」とざっくりとした言い方で伝えたんですね。そしたら「それじゃわからない。ちゃんと数字で表してくれ」って言われて。その出来事を通して学んだのは、相手の立場に立って、伝わりやすい言語で説明できるようにならないといけないということでした。相手が設計の人であればちゃんと数字で語れるようにならないといけないし、マーケティングの人であればどんなユーザーが何割・何人支持したとか、より相手に伝わる言い方を考えないといけないんだなって思いました。

――そのためには、相手の仕事についても理解する必要がありますね
小田島:そうですね。例えば設計の人に「こういう形状のデザインにしたいから、もう少し中身の基盤を削ってほしい」と伝えたとして、そこで「できない」と言われても、「それなら基盤の中の物体をもう少し移動すればできるのでは?」とこちらから提案しないといけない場面もあるので、自分でもちゃんと理解しておく必要があるなと。加えて重要なのはやっぱり対話力や交渉力ですね。昔の自分は、かっこいい造形ができてスケッチが上手だったらデザイナーとしてやっていけると思っていたんですけど(笑)、実際に社会人になってみて、そういった対話の力こそすごく大事だとわかりました。
それからもう一つ実感したのが、手を動かして作ることの大切さですね。自らの手で削ったり盛ったりしながら、1分の1スケールのモックで何度も造形を確認していくその行き来というか。簡易的なものであれば練り消しをモックにつけて厚みを確認したりもしていますし、そういう泥臭い作業を行うところに学生の頃のものづくりと通ずるものを感じています。

――そもそもプロダクトデザイン学科を選んだ理由は?
小田島:「製品のデザインをやってみたい」という思いがもともとすごくあったんですよね。例えば一眼レフの質実剛健な感じの造形とか、そういうものに惹かれていて。芸工大を選んだのは、地元と同じ東北にある大学だったからというのが大きいです。プロダクトデザイン学科で得た学びは、先ほどお話したように現在も製品を作る際に1分の1スケールで確認を行うといったところにしっかり生かされていると実感しています。あとはCAD技術もそうですね。会社で使うものはソフトのグレードが高いのですごく難しいんですけど、基礎的なところは学生の時に使っていたものと一緒なので、学生のうちからそういった基礎の部分のスキルを固めておくことはとても大事だと思います。
――そんなふうに、学生や受験生のうちから準備しておけることがあれば教えてください
小田島:学生にとって大切なのは、やっぱり広く勉強することですね。芸工大生の特権って、デザインの学部にいながら芸術学といった分野まで幅広く勉強できるすばらしい環境にいられることだと思うんです。しかも社会に出ると、直接ではないにしても何かしらその時の学びがつながったりするんですよね。なので、学びの範囲を絞るのではなく広げていってほしいなと。それは受験生の皆さんにも言えることで、まさに自分の夢に向かって進むための学部選びなどしていると思うんですけど、もし進学できたのが第一希望の学科じゃなかったとしても、自分から行動さえすればいろんなことが学べるはずですから、ぜひ視野を広く持っていてほしいですね。

――ちなみに、今後またプロダクトデザインの仕事に戻ることは考えていらっしゃいますか?
小田島:コミュニケーショングループに就いたばかりなので今はまだ考えていませんが、今後の可能性の一つとしてはあると思います。
社会人になって気付いたんですけど、グラフィックデザインからプロダクトデザインに移るのって結構難しいんですよね。どうしても3Dソフトの使い方を覚えないといけないので。その点、最初からプロダクトを学んでおくと学生のうちからCADスキルが持てるので、それはかなりの特権だなと。しかもプロダクト技術が高い人はグラフィックの技術も高かったりするので、すごく可能性を広げていける分野だと思っています。

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ニコンは、海外で働く機会が多く得られるのも魅力だと話す小田島さん。ご自身もイタリアのミラノへトレンド調査に出向いたり、普段から海外の事務局と英語で文書のやりとりを行うなど、日々グローバルにお仕事されています。 プロダクトデザインだけを極めるのではなく、新たにグラフィックデザインに挑戦するなど自らの手で可能性を広げ続けている小田島さんの根底には、「ものづくりが好き」という思いが強くあることを今回の取材を通して感じることができました。今後の活躍もとても楽しみです。
(撮影:永峰拓也、取材:渡辺志織、入試広報課・土屋) プロダクトデザイン学科の詳細へ
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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