
仙台の広告制作会社でグラフィックデザイナーとして勤める傍ら、学生時代からの仲間と共同アトリエで作品を発表したりデザインの仕事をしている榎本倫さん。榎本さんは美術科テキスタイルコースの在学中から、グラフィックデザインにも興味を持つようになりました。そのきっかけとなった出来事のことや、授業での印象的な体験、働きながら作品制作を行うなかで感じていることなどについて、榎本さんのご自宅でお話をお聞きしました。
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生活や習慣は、自己のアウトプットにつながっている
――個人で行っている作家活動やデザインのお仕事について教えてください
榎本:山形市内の飯田西にあるアトリエで、芸工大出身の作家たちとSTUDIO CORE’LA(スタジオコアラ) という名前で活動しています。定期的にオープンスタジオの機会をつくっていて、2021年11月にもメンバーと一緒に展示をしたりしました。

そのほか、画家の友人たちの個展のチラシのデザインなどもしています。大学時代に友人や先輩を通じて仲間が自然と増え、そうやって通じ合った人から仕事をいただく機会があるのですが、ポスターやエディトリアルデザインなどの誌面デザインは、学生の頃からやっていたんです。
最初のきっかけは、美術科テキスタイルコース3年次の展示の機会にポスターデザインを担当したときで、当時いらした柳田哲雄(やなぎた・てつお)先生からグラフィックデザインを教えていただくうちにはまってしまって。ポスターは昔のものもインテリアとして部屋に飾る方もいますし、空間と共存できる点で、テキスタイルにも通じていると思ったんです。だからポスターなどをデザインするときにも、僕はやっぱり生活や環境を意識していますね。生活空間への感覚は大学時代の学びを通して身体に染み込んでいるので、ポスターそれ自体で完結することより、具体的にどこに貼られるか、誰が目にするかということを想像したりします。


また、生活や習慣というのは、誰にでもあるものですよね。それらはデザインというアウトプットにつながり、さらにそのデザインが誰かに何かをもたらすなど、ものと人とは常に影響し合っていると思うんです。人や物から受けた影響を良いアウトプットにつなげるには、まずは僕自身のコンディションが整っていなくてはいけない。そのため、生活や習慣のような継続して身体に蓄積していくことには気を遣っているんです。

――大学時代の出来事で印象に残っていることは?
榎本:当時、美術科テキスタイルコースでは「自分と向き合う」というテーマでいろんな授業があり、そのなかでヨガの授業があったんです。コンテンポラリーダンサーの方が講師で、ヨガのポーズなどもやるんですけど、聞こえる音楽に合わせてダンスをしたり、人と手を合わせて動きをつくっていったり、一人でつくるということではなく何かに反応していく即興性が求められる授業でした。
そのときの体験は、考える隙がなく、それまでの自分の感覚に上乗せされるようなものがありました。人から受けた力を生かして自分の身体を動かすということは、素材の声を聞くということにも通じていて、僕一人のアイデアだけでもだめだし、繊維や素材だけでもだめで、一緒にやるから新しいものが生まれるというテキスタイルのあり方と同じだなあと感じたんです。

この時の授業の「自分を見つめる」というテーマには、日頃無意識に実践している習慣も厳密に観察するということがセットでした。自分の体調(アウトプット)の波を習慣から捉えるのです。プレイヤーとして体調が良い日を1日でも増やすことが重要であり、良くない原因はできるだけ洗い出し改善したい。そもそも調子が良いとはどういう状態かというところから思考しました。
明らかに調子が悪い時は色々試したくなりますが、それもある程度続けてみないと果たしてよかったのかどうかわかりませんよね。だから何か小さいことでも生活の中で続けてみよう、それがアウトプットにどのような変化をもたらすのかということは、今でも意識して実践していることですね。
会社の仕事の傍らに個人の仕事があると、良いバランスが保てる
――美術科テキスタイルコースを選んだきっかけを教えてください。
榎本:もともとはプロダクトデザインがやりたかったんです。けれど合格したのがテキスタイルコースだったので、これはテキスタイルをやれということかなと導かれるまま入学しました。けれど今も最も関心があるのはテキスタイルですね。僕が今勤めている会社を選ぶときも、グラフィックデザインや広告の仕事の経験が、きっとテキスタイルの制作にも生かされるんじゃないかなとも思ったんです。
今の会社の仕事は基本的には営業の人が仕事を受けてきて、例えばWebデザインだとディレクターとデザイナー、ライター、コーダーで制作していくチーム体勢なので、話し合いも多いんですね。大学時代にそうした制作の仕方はしてこなかったので、やっぱり最初は戸惑ったり苦労したところはありました。適切なタイミングで報告したり連絡したり、どうしたら相手に伝わるかということは、今の会社で学ばせてもらったところだと思います。

ただ、本来ならもっと話ができるんじゃないかなという感覚もあるんです。会社では自分の立場や時間的な制約もあるので、親密なコミュニケーションが一定以上できないようにも思います。でも例えば、個人で依頼を受けている仕事だと、すり合わせをかなりしますし、自分の主張もします。
会社の仕事の傍らに個人の仕事を持っていると、常に会社の仕事に疑問を持てたり、我に返ることができたりするので、そんなふうにバランスをとっているように思います。社会人になって馴染むところもありましたが、馴染めないところがあることも大事なこととして自分なりに受け止めていたいですね。

――最近制作されている作品はどんなものですか?
榎本:最近は、自宅での制作となると染色などはあまり思うようにできないので、今の環境でできることをやりたいなと思い、紙を素材とする作品をつくっています。裁断した紙を織り、その上に染料となる柿渋などをかけていくんです。このシリーズは学生のときからつくっているんですが、文字が印刷された紙を裂いて織ることで、分解して再構築されたものが絵柄として現れ、固有のテキスタイルが生まれるんじゃないかという意識で制作しています。こうした作品は、仕事もあるのでなかなかつくれませんが、STUDIO CORE’LAのオープンアトリエをやるよと仲間が声をかけてくれるときなどに合わせてつくったりしています。そんなふうに発表の場があることは、今の僕にとっては大きなモチベーションですね。


――最後に、高校生の方々へのメッセージをお願いします
高校時代の自分に声をかけてあげるとしたら、正直に生きてください、みたいなかんじですかね。高校の頃は運動部だったので、先生に求められることをやる必要があったし、そこに馴染めない自分もいたんです。そこから大学に入ったら、「あれ、自分は何が好きだったのかな」「何を題材にしたいんだろうな」となり、そこで初めて自分に向き合うようになりました。振り返ってみて未熟だなあとは思うんですが、誰もが思っていることにもっと正直でいてほしいなと思います。もちろん周囲を受け入れる素直さも大事ですが、自分がどう思っているのかは、たとえ発することがなかったとしても、常に忘れないでいてほしいなと。しばらく時間が経ってみて、あのとき自分が思っていたことは案外正しかったなと思えることが、僕には今あるんですね。そういう体験から、自分が好きなものや嫌いなものに対して正直に、できるだけ自分で自分に寄り添ってあげてほしいなと思いますね。

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人も作品もまだ出会っていないものがたくさんあり、そこにこそおもしろさがあるはずだという、榎本さんの未知なるものへの好奇心や、柔軟な信頼の置き方が印象的でした。それは、個人としての考えを持ちつつ、人と協働して何かをつくっていく際に、特に重要なものであると感じられました。
(撮影:根岸功、取材:井上瑶子、入試広報課・土屋)STUDIO CORE’LA(スタジオコアラ)Instagram 榎本倫Instagram
美術科テキスタイルコースの詳細へ
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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