正解に縛られない世界で、新たな文体を/現代美術家 宮島達男

インタビュー

芸工大には教育を行う上で変わらずに大切にしている「2つのソウゾウリョク」があります。現代美術家の宮島達男(みやじま・たつお)客員教授(以降、宮島先生)が、本学のデザイン工学部長から副学長当時(2006年~2015年)に、芸工大の教育によって学生が高める力は、「想像力」と「創造力」だと提唱しました。

未曾有の事態が多発する現代社会では、芸術やデザインに関わる人だけではなく、全ての人にこの「2つのソウゾウリョク」が必要な力となっています。今なお世界で活躍するアーティストとして、そして一教育者として、社会に向けて何を発信しようとしているのかをインタビューしました。

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「2つのソウゾウリョク」はなぜ必要なのか

――経団連が2020年に発表した「Society 5.0に向けた大学教育と採用に関する考え方」で、「日本が目指す未来社会 Society 5.0は、デジタル革新と人々の2つのソウゾウ(想像・創造)力でつくる社会だ」と報告しています

コロナ禍で既存のものでは対応しきれない世の中になりつつあり、様々な領域で新しい何かを生み出さなくてはならない時代に入っているからだと思います。

※Society5.0… サイバー(仮想)とフィジカル(現実)を良い意味で融合させ、人間に優しい社会を築こうという試み。「超スマート社会」と呼ばれる。

――宮島先生に、「2つのソウゾウリョク」という言葉を生み出していただいたことは、芸工大にとってとても大きなことでした。

僕がこの言葉を意識したのは、デザイン工学部長に就任した2007年、芸工大の創立15周年の時でした。

「2つのソウゾウリョク」は、人間が持つとても大きな能力を説明しています。一つは「他者を想像できるイマジネーションの力」。もう一つは「新しいものを生み出していく力」です。その能力を開発・育成できるのが芸術教育だと思いました。

当時、芸工大の理事長だった徳山詳直先生(以降、徳山先生)が、「アートの力はアーティストだけのことではなく、普遍させなければならない」とおっしゃっていて、その思いからスタートしたものでもありました。

miyajima tatsuo 世界銀行東京開発ラーニングセンターから要請を受け、学生たちがウガンダのエイズ孤児が置かれている現実を学んだ上で、その子どもたちのためのワークショップを考案し実施
世界銀行東京開発ラーニングセンターから要請を受け、学生たちがウガンダのエイズ孤児が置かれている現実を学んだ上で、その子どもたちのためのワークショップを考案し実施した。
miyajima tatsuo 世界銀行東京開発ラーニングセンターから要請を受け、学生たちがウガンダのエイズ孤児が置かれている現実を学んだ上で、その子どもたちのためのワークショップを考案し実施
ウガンダと日本の参加者同士の「存在感」を情報交換できるよう、互いの身体の形を1枚の布に描き合った。(撮影:石田俊輔)
miyajima tatsuo 世界銀行東京開発ラーニングセンターから要請を受け、学生たちがウガンダのエイズ孤児が置かれている現実を学んだ上で、その子どもたちのためのワークショップを考案し実施
写真はワークショップに参加したウガンダの子どもたちの「生の言葉」を東北芸術工科大学で展示した時のもの。戦争や貧困、差別などの様々な社会問題に対する芸術の可能性と具体的アイデアは、新国立美術館でのシンポジウムで一般公開・共有し、「芸術に何ができるのか」を芸術教育の実践を通して検証した機会となった。

コロナ禍におけるアートの役割

――コロナ禍は、人々の日常にどんな現象を起こしていると思いますか?

ソーシャルディスタンスが求められ、なるべく人と人とを会わせないようにする「分断させる力」が働いています。人々は疑いや憎しみを増長させやすい環境にあります。国と国とが負の感情を増長させることから始まる戦争と同じ、魔物です。

――それに対抗するには、アートはどんな役割があるのでしょう?

分断に対抗できる真逆の働きは、共感や共有など、「人と人とを結びつける働き」です。コロナ禍でようやく人々はその働きの重要性に気付かされていると言えます。言語も慣習も違う国どうしの人たちを結び付け、分断させる力を乗り越えさせる役割が、アートにはあると思っています。

実際に一流の有識者は、アートや文化芸術の持っているそうしたポテンシャルに対して、ものすごい理解を示し始めています。

素晴らしいと思ったのは、ドイツのメルケル首相が発したメッセージです。文化・芸術の力に言及したものなのですが、「パンデミックの時代だからこそ、自分たちから失われたものの大切さに気付くようになっている。自分自身の人生に目を向けるという全く新しい視点がアートにはある。だからアートを止めてはならない」というメッセージを出しています。

同じくドイツの文化大臣のモニカ・グリュッタース氏は、「クリエイティブな人々のクリエイティブな勇気は、危機を克服するのに役立つ。アーティストは必要不可欠なだけでなく“生命維持”に必要だ」というメッセージを出しています。

例えば、腕を怪我したら絆創膏を貼ればいい。でも目に見えない傷は、音楽、映画、美術などに触れることで、少しずつゆっくりと癒す。そうした癒す力も生命維持のためには必要だということです。本当にその通りだと思います。

アーティストであり教育者としての視点

――9月19日から、千葉市美術館で宮島先生の現在までの25年を振り返る展覧会が開催されますね

この美術館がオープンしたのが25年前で、その時に記念として僕の作品が収蔵されたんですね。ですからその作品を中心に構成する予定でした。

――コロナ禍の影響はありましたか?

このコロナ禍で、改めて考えてみると、20世紀から21世紀への大きな変わり目の25年だったことに気が付きました。国内だけでも、1995年の阪神淡路大震災から始まり、中越地震などの地震や天変地異、地下鉄サリン事件やアメリカ同時多発テロのような、昨日までの日常が考えもしない事態でひっくり変えされてしまうこともたくさん起こりました。そして東日本大震災やこのコロナです。

そこで今回の展覧会も、この25年の時代の変化とともに、宮島達男の変遷や生き様を記述していく展覧会に変えました。タイトルも「宮島達男 クロニクル1995-2020」としています。

宮島達男 千葉市美術館で個展を開催。ビジュアルデザインは近藤一弥氏

――宮島先生が教育者として携わった美術教育の資料も展示される予定だそうですね

「教育の10年」として、僕が芸工大のデザイン工学部長、副学長時代に行ったことも入っています。カタログ上の言葉や批評の中にも出てきますし、年表の中にも、芸工大のことはもちろん徳山先生とのこと、新しい学科をつくったことや改革したことなども入っています。

アーティストのキャリアの中で「教育」は全く問題外にされていてあまり語られてこなかったのですが、実はヨーゼフ・ボイス(以降、ボイス)の時代から、芸術にとって「教育」は不可分という考えがあったんです。

僕自身、芸工大に来る前までも社会に対するアートの役割をずっと学生たちに教えてきたし、ボイスとも同じ考えだったのですが、それが顕著になったのが2006年からの芸工大での10年間だったと思います。

今回の展示では、過去の作品を並べるだけの展覧会ではなく、教育者としての側面を展覧会の中に盛り込みました。普通のアーティストは、芸術大学で教鞭をとったとしても、「そこで何をやったか」までは言及しないと思うのです。そこを一歩踏み込んでいます。これまでにない、いろんな表情、アプローチのある展覧会になります。

コロナ禍で人々は何に気付いたのか

――宮島先生ご自身の日常では、このコロナ禍でどんな気付きがありましたか?

余計なことが多いということです。今の社会は「贅肉」がつき過ぎていると思いました。自分にとって不要なことが透けて見えやすくなったし、一方で、どうしても必要なことや大事なことも見えてきて、リモートで済むことと済まないこと、それらの区別がはっきりしてきました。

――個々の日常を振り返り、その美しさやかけがえのなさに気が付いている人がたくさんいると感じます

全くその通りだと思います。100ナノメートルという微細なウィルスという人間にとってアンコントローラブルなもので、パンデミックが起きて世界が覆されました。今私たちは、大事なことに気付かされ、思い知らされたわけです。

芸工大キャンパスにある「藝術立国の碑」に徳山先生が「宇宙の神秘に平伏せ 地球の偉大さに畏れを抱け 生きとし生きる命を愛し尊べ」と記していますが、自然に畏敬の念を抱いて不遜になってはいけないということです。

コロナ禍では自粛警察などという人たちが出てきたり、田舎に帰って来るなと貼り紙したり、SNSで投稿したりしているのを見ていると本当に気持ちがげんなりしてしまいます。

この世に僕らが生まれて生きていることが奇跡に近い「賜物」です。そのことに感謝し、全てのユニークな存在を尊敬できるかが大切です。それこそが、「2つのソウゾウリョク」を鍛える源泉となっていくと思います。

東北芸術工科大学 藝術立国 石碑
東北芸術工科大学の敷地内に立つ石碑。

これからをつくる美大生へのメッセージ

――これからの時代の作り手である若い美大生へ向けて、伝えたいことはありますか?

学校にも行けないような非常事態は、一生のうちにあるかないかだと思います。今しかできないことをしっかりやっておくべきだと思います。

クリエイティブは、イノベーションする力です。ポストコロナは、今までの成功例や経験値が通用する世界は終わり、パラダイムシフトが起きた世界、状況が全く変わってしまった世界です。これまでは、一つの「正解」にクリエイティビティを足していました。

これからは「新しい何か」をトライアンドエラーでやるしかない。正解か分からない中を生き抜くためには、目の前のことを1個1個深めていくことから新しいことを紡ぎ出すしかないと思います。そのために今のこの充電期間はとても重要です。

宮島達男
千葉市立美術館での個展準備中に、オンラインでインタビューをさせていただいた時の様子。背後には、まだ梱包から解かれていない宮島先生のアート作品が見える。

正解がなくなってしまった時代は、正解に縛られない自由になれる世界とも言えます。自分はこう思うということをスッとできる、やっていい、むしろやらなければならない世界になると思います。

僕もこの自粛の時期に、今までやりたかったけどできていなかった30年間の資料を毎日のルーティンにして整理していたのですが、それが今準備している展覧会にすごく役立っています。小さなことでも良いので自分でテーマを決めて毎日こつこつと積み重ねる。そうすると自分の「表現の文体」ができあがります。これはすごいクリエイティビティが鍛えられ、力になります。渦中にいると分かりにくいのですが、目の前のことを着実にやっている人たちが、これからの新しい時代をつくると思います。

(取材:企画広報課・樋口)

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東北芸術工科大学 広報担当
東北芸術工科大学 広報担当

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