社会人になってから、もう一度学ぶ意味は何だろう――大学院「クリエイティブ・イノベーター・コース」/酒井聡教授×太田伸志(同コース1年、株式会社スティーブアスタリスク代表)×池田めぐみ(同コース1年、一般社団法人ヤマガタアスリートラボ代表)

インタビュー 2026.08.04|

上記写真左から)池田めぐみさん、酒井聡 教授、太田伸志さん

東北芸術工科大学が2026年4月に新設した大学院修士課程デザイン工学専攻「クリエイティブ・イノベーター・コース」は、仕事を続けながら学べる社会人向けの大学院コースです。コースを設計した酒井聡専攻長に狙いや思いを、1期生としてこの春入学した社会人学生の2人に学び直しの面白さや仕事との両立、その先に見えてきたことについて聞きました。

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「デザイン・エンジニアリング・ビジネス」の3本柱で、地域の課題に挑む人材を育成

――改めて、クリエイティブ・イノベーター・コースを新設した背景について教えてください。

酒井:これまで大学院は学部の学科に紐付いた組織でしたが、昨今デザインの領域そのものが大きく広がっています。一つの専門性を深めることはもちろん重要ですが、それだけではデザインを社会に生かすことが難しくなってきました。そこで学科ごとの枠組みではなく、「デザイン」という大きな枠組みで学べる大学院に再編しました。

その中で、社会人と学部からの進学者では目指すものや学び方が異なることから、社会人向けの「クリエイティブ・イノベーター・コース」と、学部生向けの「クリエイティブ・シナジー・コース」の2コースに分けて教育を展開しています。

クリエイティブ・イノベーター・コース対談
酒井聡 教授(大学院修士課程デザイン工学専攻長)

――社会人の方にとっては、今までとどのように変わったのでしょうか。

酒井:これまでも社会人の入学はありましたが、仕事を何とか調整して通ってもらっていました。一方で、学び直しやリカレント教育が求められる今、特に東北や山形では「働きながら無理なく学べる大学院」の方が地域の実情に合っていると考えました。

そのため、働きながら通えるようカリキュラムを一新しました。授業は「デザイン」「エンジニアリング」「ビジネス」の3本柱で構成しています。デザイン思考をはじめ、幅広いデザインを学び、実現力につなげるエンジニアリングと、お金や事業の仕組みを考えるビジネス面を組み合わせることで、すぐに実践で役に立つ力を身に付けられる内容になっています。

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大学院の再編
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カリキュラムの3本柱

――このコースでは、どのような人材を育てたいと考えていますか。

酒井:地域には後継者不足や産業構造の変化など、さまざまな課題があります。例えば、これまでの主力事業だけでは立ち行かなくなった時に、自社の技術を生かして新しい分野に挑戦したり、新しい事業を生み出したりできる人材が必要です。このコースで学ぶ人たちには、地域の企業や産業を担う存在になってほしいと思っています。

「学び」への挑戦で見えてくる新しい世界の輪郭

――この春入学した第1期生のお二人に伺います。まずは普段のお仕事と、このコースを選んだ理由を教えてください。

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太田伸志さん(クリエイティブ・イノベーター・コース 1年、株式会社スティーブアスタリスク代表)

芸工大には、鉄器作りをしている家に生まれ育った学生や、伊達家の歴史が大好きで調べている学生など、地域ならではの個性豊かな学生がいます。東京でのトレンドをつくる人材だけではなく、それぞれの地方にある良さを理解している人材が社会で必要とされる時代になってきていると思っていて、そういう意味でも芸工大に魅力を感じていました。

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池田めぐみさん(クリエイティブ・イノベーター・コース 1年、一般社団法人ヤマガタアスリートラボ代表)

一方で、さまざまな経験を積みながらも、「何か足りない」という感覚がずっとありました。スポーツ分野の大学院に進むという選択もありましたが、筑波大学の大学院を修了していることもあり、これまでの延長になってしまうような気がしたんです。そんな時、「夏芸大」で酒井先生の講座を受け、新しい社会人向けコースが始まることを知り、「これだ」と直感しました。今まで何度も、その直感を信じて歩んできたので、今回も迷いなく入学を決めました。

――実際に学び始めてみて、仕事や考え方に変化はありましたか。

太田:もう、めちゃくちゃあります。その週に学んだことを次の月曜日には社内で話したり、次のプレゼンで取り入れたりしています。

僕は20年くらいデザインの現場にいますが、ずっと感覚でやってきていました。Webデザインから始まって、グラフィックやプロダクト、映像、ブランディング、経営まで必要に応じて学んできたものの、「なぜそうするのか」という理論や背景を十分に理解しないまま仕事をしてきたんです。大学院で学ぶ中で、その伏線を一つ一つ回収している感覚があります。「そういう考え方があって、今につながっているんだ」と自分の中でクリアになり、人にも伝えやすくなりました。

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授業の様子(デザイン発想論・デザインプロトタイピング)

池田:私はもともとフェンシングの選手で五輪にも出場できましたが、現役時代は自分を強くするために必要なピースを集めるような感覚で競技に取り組んでいました。その中で、「センス」というピースだけが埋まらなかったと感じています。

そして引退してからは、スポーツやアスリートの価値とは何かという、また別のピースを探し始めることになりました。そんな時にこの大学院で学ぶようになり、ずっと埋まらなかった「センス」のピースも含めて、新しいたくさんのピースを埋められるのではないかと予感しています。

知らなかった考え方に次々と出会って、「こんなのもあるんだ」と世界が広がっていくのが本当に面白い。先生方だけでなく学生の皆さんの考え方にも触れ、「そういう切り口があるんだ」と驚かされてばかりです。スポーツとは違う分野なのに、考え方やプロセスには共通点がたくさんあることにも気付き、自分が伝えたいことを、どうすれば伝わる形にできるのかという方法を学べている実感があります。

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授業の様子(同上)

社会人に寄り添う柔軟なカリキュラム――仕事と学びの両立が生む好循環

――2人ともお忙しい中で大学院に通われていますが、仕事との両立はいかがですか。

太田:大変は大変です。会社には「この日だけは大学院に集中させてほしい」と伝えています。最初は調整も必要でしたが、今では会社のみんなも僕が学んでいる意義を理解してくれて、金曜日と土曜日はしっかり学びに集中できています。快諾してくれた会社のメンバーにはめちゃくちゃ感謝しています。土曜日の朝、コーヒーを買って「今日は何を学べるのかな」と考えながら大学へ向かう時間も心地いいですね。

そのおかげで仕事の面でも、自分がやるべきことや本来やりたいことと、任せるべきことを考え直すきっかけになりました。経営者としての役割や自分のこれから目指す方向がよりはっきりしたと感じています。これからは、質の高い「答え」だけではなく、質の高い「問い」も提供できる会社になっていきたいです。

池田:私は大学院に入ると決めた時点で、いろいろな委員や役職を整理して身軽にしたつもりだったんですが、今年から山形大学の副学長に就任し、そう簡単にはいかなくなってしまいました。ですので両立というより、自分のスペックを一段上げて臨もうとしている感覚です。エンジンを馬力のあるものに積み替えるような感じで、1分1分の時間の密度が濃くなりました。「今ここに集中しないと後が全部崩れる」という感覚で過ごすようになって、時間の使い方そのものが変わりました。

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半期に一度行われる「修了審査」の様子
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計4回に分けて評価を受ける

――忙しい社会人の方でも働きながら学べるように、カリキュラムはどのように設計されているのでしょうか。

酒井:社会人が無理なく学べるよう、授業は金曜日と土曜日を中心に組んでいます。加えて木曜日のオムニバス授業はオンラインで受講でき、録画も用意しているので、仕事の都合に合わせて学べるようにしています。

修了に必要な単位も、基本的には金曜日と土曜日の授業を履修すれば取得できるモデルを用意しています。もちろん修士課程なので課題もありますし、大変さはあるでしょう。でも、大学に来るのが億劫になる大変さではなく、「楽しい大変さ」にすることが大学の役割だと思っています。

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カリキュラムマップ

対等な対話から生まれるクリエイティブな未来

――最後に、このコースが気になっている方へメッセージをお願いします。

太田:学生の頃は、学問はテストでいい点を取るために学ぶものという感覚がありました。でも今は、学んでいることが仕事や社会のあらゆるものにつながっているのが分かるんです。だから社会人になってからの方が、「学ぶことってこんなに面白いんだ」と実感できます。

それは老後の楽しみみたいな話ではなくて、今からもっと何かできることがあるはずだと考えている人に向けた話です。僕もそのためにいろんな知識が必要だと思って学んでいるので、これからの人生がすごく楽しみです。同じように、これから会社をどう成長させていくかと考えている人こそ、このコースで学ぶことで糸口を見つけ出せるんじゃないかと思います。

池田:私は、行政で計画を作る人たちなどにもぜひ学んでほしいと思っています。制度や計画は、国から自治体へと降りていきますが、「何のためにやるのか」という目的を考えられる人がいるかどうかで、その地域に根付くものは大きく変わります。ただ計画やKPIを作るだけではなく、そこに暮らす人たちのことを考えながら形にできる人が増えれば、地域はもっと良くなるはずです。

また、私と同じくスポーツに関わる人たちにもぜひ学んでほしいです。競技団体やクラブは公共性が高い一方で、これまでのやり方を続けるだけでは持続できなくなっています。競技で勝つことだけではなく、その価値を社会につなげ、持続可能な形で運営していく視点が必要だと感じています。

太田:今の池田さんの話を聞いていて、会社経営も同じだと感じました。社会的な意義があっても事業として成り立たなければ続けられませんし、利益だけを追っても本当に価値のある仕事にはなりません。大切なのは、その二つをつなぐことだと思っています。デザイン、エンジニアリング、ビジネスを横断して学ぶことで、「社会に必要なこと」を持続可能な事業へとつなげる方法が見えてくる。そうした考え方を身に付ければ、できることはもっと広がると感じています。

池田:私は、人はみんな「人生を生きるアスリート」だと思っています。スポーツに限らず、それぞれが自分の人生や仕事をより良くしていくために、「そういうやり方があるのか」という何かを生み出していける可能性がこのコースにはあると思います。

クリエイティブ・イノベーター・コース対談

酒井:今回のお二人は、私が冗談交じりに「プロ学生」と呼んでいるくらい、学ぶことに対する意欲が高い方々です。教える立場でもありながら、自らも学び続けているので、学びの深さという意味では特別な存在だと思います。

ただ、そういう人だけのためのコースではありません。例えば行政の職員や、これから家業を継ごうとしている人で、「このままでいいのかな」「これから地域でどう仕事をつくっていこうか」と考えている人に入学してもらい、新しい視点や考え方を身に付ける楽しさを実感してほしいです。

大学院というと、「教える人」と「教わる人」がいる場所だと思われがちですが、このコースは少し違います。社会人の皆さんはそれぞれ仕事や人生の経験を持っているので、教員も含めて学び合いができるような、横並びの関係になっているのが特徴です。共に地域のこれからを一緒に考えながら、可能性を形にしていく仲間として、迎え入れたいですね。

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鼎談の様子

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「感覚でやってきたことを伏線回収している」「新しいピースがいっぱい埋まっていく」「楽しい大変さがある学びの場」。三者三様の言葉で語られた「クリエイティブ・イノベーター・コース」の魅力だけでなく、酒井教授の言う“横並びで学び合う”という授業風景が、鼎談で交わされたやりとりから感じ取れました。

(撮影:法人企画広報課 取材:菊地正宏)

酒井聡教授 プロフィール

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東北芸術工科大学 広報担当
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