ものづくりの上流から価値を見出す、デザインリサーチャーという存在/キヤノン株式会社・卒業生 高橋ゆずか

インタビュー

カメラやプリンター、医療機器をはじめとした製品のほか、産業機器やITソリューションといった幅広い領域で事業を展開するキヤノン。総合デザインセンターでデザインリサーチャーとして働く高橋ゆずか(たかはし・ゆずか)さんの仕事は、製品やサービス、新事業などブランドの新たな価値を創出するうえで欠かせません。「もの」が生まれる前のユーザーの潜在的ニーズを探り、さまざまな方法で調査を行い、製品開発の第一歩を担う「デザインリサーチャー」の仕事とは?

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「もの」が生まれる前の多様な領域に足を踏み入れる

――「デザインリサーチ」という仕事について教えてください

高橋:基本的には、ものづくりやサービス開発の上流部分に携わるような仕事ですね。社内のさまざまな事業領域の企画や開発の部門から依頼を受けて、ターゲットユーザーを理解するためのインタビュー調査を企画したり、製品やサービスのアイデア出しを行うためのワークショップの設計から運営までを行ったりしています。

キヤノン株式会社 総合デザインセンター 高橋ゆずかさん
お話をお聞きした高橋ゆずかさん。

ユーザーが製品を使うときのストーリーを考えたりすることもありますね。プロジェクトはだいたい5つぐらいを並行して進めていることが多いです。毎日何かしらの会議やワークショップを行っているので、マルチタスクが得意な人に向いているかもしれません。私は結構苦戦していましたが(笑)。製品ができあがるまでに、企画から完成まで数年かかるものもありますし、調査は行っても製品化されないということも珍しくありません。ただ、先のことを想定した下準備が大半を占める仕事なので、自然とそういった力は身に付いていると感じます。

――総合デザインセンターがあるのは、デザイン領域が幅広いキヤノンならではですね

高橋:そうですね。私はデザインリサーチを担当する部門に所属していますが、私のようにデザインを学んできた人もいれば、人間工学の分野を学んできたという人もいます。また、総合デザインセンターにはほかにプロダクトデザイン、ユーザビリティデザイン、UXデザイン、コミュニケーションデザインなどの部門があり、それぞれの専門性を発揮し合い、協力し合ってデザインに取り組んでいます。

キヤノン株式会社 総合デザインセンター 高橋ゆずかさん/プロジェクトメンバーと一緒に、オンラインワークショップをファシリテーションする高橋さん。(写真提供:キヤノン)
プロジェクトメンバーと一緒に、オンラインワークショップをファシリテーションする高橋さん。(写真提供:キヤノン)

――「種」をまく前段階の「土」を調べたり耕したりするような作業にも似ているような気がしました。この仕事の魅力を感じるのはどんなときですか?

高橋:そうかもしれません。実際のユーザー調査では、まず製品を作るうえでのターゲットを想定するのですが、そこに存在する人たちにはどんなニーズがあって、どういう課題を持っているかをインタビューを通して探っていくんです。調査を通じていろいろな分野の方々に会って、その人たちの視点を学ばせてもらえるというのが、この仕事の醍醐味であり、奥深さでもあると思っています。

例えばカメラをデザインするにしても、使う人が若い人なのか、お子さんがいる人なのか、身体に障がいがある人なのか、それによってリサーチのアプローチの仕方や考え方も全然違ってくると思うんです。調査対象となる人によっても変わりますし、屋内なのか外なのか、サッカー会場みたいな広い場所なのか、利用するシーンによっても変わってきますよね。立場を具体的にして、いろいろなシチュエーションを想定してみることも大切なことかなと思います。製品のジャンルは本当にさまざまなので、インタビューをしながら自分が知らない分野についてもどんどん詳しくなれるのが面白いです。

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――目線を合わせるというよりも、さらに一歩踏み込んで自らがユーザーの立場になって体験するところから出発するんですね

高橋:まさにそうですね。単に調べることだけがリサーチではなくて、ユーザーが楽しんでこういう行動をしているというのが分かったら、実際に自分もそれに参加してみるというのも調査に含まれています。デザインリサーチの意味というか、私たちの役割として大事なのは、ユーザーがどんなことを考えているのか、どんなことを必要としているかというのを、それぞれの部門にきちんと伝えていくことだと思っています。ものづくりにおいては、ユーザーに一番近い存在であることをしっかり理解して、ユーザーと同じぐらい「こういうことがしたい」と語れるようになっていたいですね。

キヤノン株式会社 総合デザインセンター 高橋ゆずかさん/高橋さんが担うデザインリサーチでは、製品がユーザーにどのような使われ方をしているのかを徹底して観察し理解する。潜在するニーズが見つかり、新製品につながることも。(写真提供:キヤノン)
高橋さんが担うデザインリサーチでは、製品がユーザーにどのような使われ方をしているのかを徹底して観察し理解する。潜在するニーズが見つかり、新製品につながることも。(写真提供:キヤノン)

これまで携わった仕事の中でも特に印象に残っているのは、ペットを飼っている人への調査です。新しいユーザーにアプローチして商品を企画するために、ペットユーザーにフォーカスしました。普段は人を対象とした調査を行うことがほとんどなのですが、そのときはペットの視点も調査して。面白かったですね。下調べや下準備って何となく地味な業務に思われがちですが、事前に社内で綿密なプレテストを行っていたこともあって、すごくやりがいを感じたプロジェクトでもありました。

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――今のお仕事とキヤノンに入社を決めたのはどんな理由からでしょうか?

高橋:もともとデザイナーになりたかったので、美術系の大学に行きたいと考えて、芸工大のプロダクトデザイン学科を選びました。自分が作ったもので、人々の暮らしを豊かに変えることができる可能性がある仕事に魅力を感じていたんですよね。大学時代、自分たちが決めたテーマで作ったものを提案する授業があったのですが、デザインのコンセプトを立てたり、ターゲットとなるユーザーを設定して製品の企画を考えたりする過程に惹かれて、将来こんな仕事がしたいなと思うようになりました。そうなると具体的には何の部署になるんだろう?といろいろ調べていたところ、2年生の時に大学で行われる企業説明会にキヤノンが参加していたんですね。そのときにデザインリサーチの専任の部署があることを知って。自分のしたいこととすごくマッチしていたので入社を決めたんです。

キヤノン株式会社 総合デザインセンター 高橋ゆずかさん

私がいた学科は割と就活を始める時期が早くて、3年生の前半にポートフォリオを作って夏休みにはインターンシップに参加している人が多かった印象です。今思えば、就職活動に必要なことを大学でいろいろ教わりましたし、手厚くサポートしていただいたなと感じます。私はリサーチ領域を志望していたので、ポートフォリオでも情報量を重視してアピールしようと思っていたのですが、デザインを学んでいたからこそ、情報を整理して見やすく分かりやすいものにできたと思います。

あとは、昔は人前で話すことがあまり得意ではなかったのですが、授業でプレゼンする場面が増えてくるとだんだん楽しくなってきました。今では初対面の人ともすぐに打ち解けてインタビューできるぐらいになりました。

――デザインというものについて、どのように向き合いながら思考を深めましたか?

高橋:高校生ぐらいまでは、きれいなものやかっこいいもの、何となくそうしたイメージを持っていましたが、芸工大に入ってからは大きく変わりました。学科全体として、将来どうしていきたいかを考えるような授業が多かったのと、同級生や先輩方ともデザインについて話す機会がたくさんあったので、意識の持ち方から変わったというか。早い段階からビジョンを持って動ける環境ではありましたね。

キヤノン株式会社 総合デザインセンター 高橋ゆずかさん

酒井聡(さかい・そう)先生はいつも「デザイナーはアーティストじゃないから、自分が作りたいものを作るのではなくて、人に求められるものを作ることがベースにある」とおっしゃっていて、リサーチの重要性というのは自分なりに感じていました。それから「プロのデザイナーになりたいなら、誰の、何の課題を解決するのか?どうやってプレゼンテーションをして伝えるのか?を考えられるようにならないといけない」というお話を聞いて、そういう心構えが身に付いたんだと思います。

※本学デザイン工学部長、プロダクトデザイン学科教授。詳しいプロフィールはこちら

――最後に、受験生へのメッセージをお願いします

高橋:どの学科にも共通して言えるのは、社会に出てから役立つような実践的な授業を通して学ぶことができるというところでしょうか。特にプロダクトデザイン学科の場合、産学連携の講義で企業の方と実際にデザインする過程を学べたりするので、仕事としての考え方やイメージをつかむための貴重な機会になるはずです。

正直、課題は多い方だと思います。私自身も当時は、デザイナーになりたいならそのぐらいは頑張らないとダメなんだろうなと思って、とにかく一生懸命こなしていましたね。2年生までは実家がある宮城から片道2時間半かけて通学していたので、それも含めていろいろと鍛えられたと思います(笑)。すごく大変ではあったものの、振り返ってみると本当に楽しくて充実した4年間でした。それまで必死に取り組むことって人生でそんなになかったんですが、デザインが好きで、デザイナーになりたいという一心で課題に取り組んでいたので、楽しんで取り組めていたと思います。それに周りにも同じ環境で、近い目標を持っている友人も多くて、自然と私もそうなっていたのかもしれません。

芸工大は、自分の将来について考えるきっかけをたくさん与えてくれる場所です。限られた時間の中で、自分の進みたい方向が見つかる4年間を過ごしてもらえたらいいなと思っています。

キヤノン株式会社 総合デザインセンター 高橋ゆずかさん

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デザインとは、そのどこか洗練された言葉のイメージよりもはるかに泥臭く、ある意味では土に近いところにあるのかもしれない、より良い物事を生み出し、ポジティブに課題解決する手段なのだと、高橋さんのお話をお聞きしながら、そんなことを考えていました。その前段階での重要な役割として、「問い」に対するリサーチという「行為」があります。「自分が作ったもので、人々の暮らしを豊かに変えることができる可能性がある仕事に魅力を感じていた」と話す高橋さん。デザインリサーチャーとは、ものが生まれる前段階の輪郭を捉えるような仕事であると同時に、私たちが知らない世界を広げてくれる存在でもある気がします。

(撮影:永峰拓也、取材:井上春香、入試課・須貝)

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東北芸術工科大学 広報担当
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