文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

19世紀初旬の銅版画からなる書籍の一葉の構造および保存と修復
末次楓
埼玉県出身 
西洋絵画修復ゼミ

当研究は1811 年にイギリスで発行された百科事典『General zoology,or Systematic natural history』の挿絵銅版画を対象にしている。(図1)当作品は元々書籍の形を呈していために、美術作品としての版画には見られないような損傷が観察された。これが、19世紀の銅版画の材料的な問題なのか、または本の形をしていたことからの構造的な問題なのか、あるいは本として使用する上で起こった問題なのかを考察し、適正な保存処置を提案することを目的とする。

目視観察や光学調査により確認できた主な損傷は、①しみ(フォクシング)、②接着剤痕、③破れ、④黴様なもの、⑤金属イオンによるしみ、⑥基底材の酸化である。これらの中で、接着剤痕と破れは書籍だったことに起因する損傷であると考察する。接着剤痕は作品右辺の本の「のど」にあたる部分にのみ見られ、水しみと類似していることから、製本の際に使用した接着剤の可能性が高いと推察した。また、破れも「のど」の辺に観察される損傷で、規則的な間隔で5つ並んでおり、その大きさも同様であることから、製本の際に使用した糸によって起こったものと考えられる。その他、しみや黴様なものは、保存環境が大きな要因の一つであり、金属イオンによるしみや基底材の酸化は、紙の製造に使用される材料が損傷要因であると推察した。

作品調査を踏まえて、今以上作品を劣化させない現状維持を基本とすることと、保存的処置を優先させることの2つを保存・修復方針として提案する。具体的な処置は、乾式洗浄、脱酸処置を施した上、保管方法として作品にマット装を施し、中性のストレージボックスへの保存を想定している。

当調査作品は、1811年に印刷されたものでありながら、その状態は比較的良好であった。その上でわずかに見られる問題は、作品を構成する素材や技法に関わることが分かった。また、当作品は本来「本」であったことから、光や支持体自体の膨張・収縮といった損傷の外的要因から保護されてきたと考える。これに対し、当作品が現在、本来の本という形態からペラの状態に変化していることに鑑み、上記の修復提案以外にも、まず、作品の保存状態の日々のこまめな確認が、作品の適正な保存のために重要と考える。

1. 通常光写真