文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

剥落止め材料における膠とゼラチンの比較
多熊琉人
福島県出身 
東洋絵画修復ゼミ

 書の裏打ちの工程では紙に少しずつ水分を加えながら行われる。その際、加えられた水分によって絵具が不安定な状態になるため、水分による影響を防ぐために剥落止めが行われる。剥落止めとは水と膠で作成した膠水溶液を絵具部分の表面に塗布することで、膠成分が固着し、絵具層への水分の浸透性を低下させ、水分への影響を防ぐことがでる。使用される膠の歴史は古く、古代エジプトから接着剤として家具や工芸品などに使用され、ピラミット内の壁画には膠の製造方法が描かれている。膠が接着剤以外に使用されるようになると、膠よりも不純物が少ないゼラチンの製造が始まり、現在では食用、医療用、工業用など、幅広い分野で使用されている。このことから膠よりも不純物が少ないゼラチンに興味を持ち、スーパーなどに市販されている食用ゼラチンが剥落止め材料として使用可能であるか、研究を行うこととした。比較試料について、膠は旭陽化学工業株式会社『三千本和膠・飛鳥』とナカガワ胡粉絵具株式会社『播州粒膠』の2種と、修復用ゼラチンは株式会社パレット『ゼラチンシート』、食用ゼラチンは森永製菓株式会社『クックゼラチン』、マルハニチロ株式会社『ゼライス』の2種の計5種で、各試料を塗布したサンプルに水分を加えた時の滲み実験の比較実験と(図1)、普通光線及び斜光線観察でのサンプル自体の歪みや表面状態の2つの比較を行う(図2)。

比較実験では塗布回数1回の時点で、濃度と滲み止めの効果は比例しておらず、塗布回数2回のもので滲みが少なかったことから、塗布濃度よりも塗布回数が重要である。一般的に剥落止めに膠が使用される場合、腐敗や作品への影響を考慮し、使用する際はできるだけ低濃度のものが理想である。同時に作品を鑑賞する上で、表面の光沢や本紙の凹凸は障害となるため、それらも影響の少ないものが理想であると考えます。結果として書画への剥落止め材料として望ましい材料は、『ゼラチンシート』の濃度1%を2回塗布したものである。また食用ゼラチン2種の中では、『ゼライス』よりも『クックゼラチン』の方が凹凸が激しかったことから(図3)、マルハニチロ株式会社のゼライス濃度1%を2回塗布したものが適している。また、サンプル作成の過程で比較試料塗布後、2週間放置したもので比較実験を行ったところ、全く滲みが発生しなかったことから、乾燥期間を長く取ることの重要性も確認できた。

1.滲み比較実験の例

2.斜光線観察の様子

3.『クックゼラチン』のサンプルの凹凸