庄内における米穀倉庫について-山居倉庫とその支庫を中心に-
上野航
山形県出身
北野博司ゼミ
庄内米は米どころとして知られている。その庄内米の発展には山居倉庫が大きく関わっている。そして、山居倉庫の他にも米穀倉庫(支庫)が多く存在していたことはあまり知られていない。2021年、山居倉庫は国の史跡に指定された。しかし、支庫についての研究はなく、歴史的経緯や現在の状況についての実態が不明となっている。そこで本研究では、文化財的価値が認識されていない支庫について現状の記録と倉庫の構造の比較を行うことを目的としている。
山居倉庫が1983(明治26)年に開設されて以降、庄内への鉄道延伸、産米改良による収穫量の増大によって各地に支庫が建設された(図1)。建設を進める過程において構造に差異が生じたと考えられるが、倉庫の現況を調査した結果をまとめた(図2)。比較する対象として、妻入・平入、屋根形式、屋根素材、気抜、樹木の5項目を設定し、それぞれの結果と比較考察を行った。山居倉庫と庄内各地の支庫群において構造上の特徴と共通点が多いことを明らかにし、また古写真と現在の倉庫を比較した差異も記述した。
山居倉庫の米は厳しい入庫前検査と米の均質化、保管管理によって市場での高い評価が得られ、それが現代にも受け継がれている。庄内米の発展に大きく寄与した支庫群は、現在も利用されている倉庫が多数ある。しかし老朽化が進んでおり、史跡に指定された山居倉庫同様、これらの支庫群を保存し活用してすることを検討すべきであると考える。