歴史遺産学科Department of Historic Heritage

[最優秀賞]
オシラサマの事例から紐解く新たなトドサマ像-オナカマと神を繋ぐ執物の一考察-
髙橋愛未
山形県出身
田口洋美ゼミ

目 次 第1章 研究全体における概要/第2章 山形県下のオシラサマとその諸相/第3章 巫女と人々に根付く東北各地のオシラサマ/第4章 トドサマとは何か

 トドサマとは竹でできた心棒に絹などの布を被せた2本1対の執物である(写真1)。これは、山形県最上・村山地方で活躍した口寄せ巫女オナカマが、主に託宣(神オロシ)を聞く際に両手に持って使用した道具で、オナカマの巫具などが奉納された同県中山町の岩谷十八夜観音(写真2)の堂内から、61体発見されている。

 トドサマの形式や巫女の関与は、東北地方の旧家に祀られるオシラサマ(写真3)という神と類似し、その研究は盛んであったが、これまでトドサマに焦点を当てた研究はなかった。使用目的や構造面などの調査は見られたが、オシラサマとの比較によって得られる考察がなかったことを問題として指摘する。

 よって、本研究では、オシラサマとトドサマの比較的研究を行い、「トドサマとは何か」を追い求め、その深層に迫ることを目的とする。オナカマ、トドサマ、オシラサマに関する内容・事例は研究論文や一部の現地調査を元に収集したものとする。

 本研究で比較対象とした神は、山形県庄内地方のオコナイサマ、置賜地方のオタナサマ、最上・村山地方の神社などに見られるオシラサマ、青森・岩手・宮城・秋田・福島県のオシラ、オッシャサマ、オシンメイサマ等である。いずれも2本1体で、布や和紙を纏っている。

 研究結果として、まず山形県内のオコナイサマ、オタナサマは家で祀られる神だが、オコナイサマは巫女の関与が見られた。最上・村山地方ではトドサマ以外にオシラサマが確認できたが、巫女が所有するものではなかった。したがって、同形式でも巫具・家の神として存在し、形式的な共通点だけで同一神と捉えてはならないといえる。続く東北地方の事例でも、同様に2つの性質が共存して見られたが、オシラサマもトドサマと共通して御幣(幣束)から作られていたことがわかった。この御幣は、成巫するために行われる「神ツケ」という儀式で、初めて神を宿した重要な執物である。形式としては、巫具であれば心棒の先端から布を被せる包頭型が多く、御幣を包み霊験を高めるために、この形式が尊重されたと考える。また、トドサマには左右の個体差が確認でき、オシラサマの事例を元に、男女などの区別、何らかの対であるべき神であると見えてくる。よって、トドサマは「御幣が変化した男女1対の執物」ではないかと結論付ける。これはまだまだ仮説に過ぎないが、本研究を通し、トドサマに新しい可能性を見出すことができたと考える。


田口洋美 教授 評
高橋愛未さんが歴史遺産学科に顔を見せるようになったのは、6 年前の春に開催されたオープンキャンパスからだったと記憶している。高校2 年生であった。
高橋さんは自分のふるさとの「オナカマさま」と呼ばれる盲目の口寄せ巫女に強い関心があることを熱心に話していた。高橋さんが「オナカマさま」に関心を寄せるようになったのは実家に近い岩谷十八夜観音に収蔵されていたオナカマさま由来の民具や神具などが国の重要民俗文化財に指定されていたことを知ったことにはじまる。自分が生まれ育った何気ない郷里の風景の中に、何か特別な物が存在する。その存在と向き合ってみたいという素朴な問いが、彼女のなかに芽生え、やがてそれは卒業研究へと発展した。私の研究室の図書を食い入るように見ては「先生、これ借りて良いですか?読みたいです」といって持って帰る。1 ヶ月もすると「読みました」といってまた次の本に目をとめる。今でも良く覚えているが中山太郎氏の『日本巫女史』のコピーを借りて帰ったかと思うと返しに来て「買いました!」という。結構高価な本なのだが、知りたいという情熱が伝わってきた。
このような意味で本論文は、高橋さんの6 年間持続した情熱のたまものである。上手い、下手ではなく、知りたいという情熱そのものが賞賛に値するのであり、その姿勢の凜々しさにハッとさせられるのである。
本論文の特に優れた点は、オナカマさまそのものを直接的に論じるのではなく、民具、神具、執物といったモノからコトとしてのオナカマへと至る物質文化研究から精神文化研究に至るアプローチにある。本論文は歴史遺産学科の学生諸君の今後の模範となる研究業績として賞賛されるに十分であろう。

1.トドサマ

2. 岩谷十八夜観音

3. 岩手県のオシラサマ