文芸学科Department of Literary Arts

少女のあと
鈴木颯人
静岡県出身

〈本文より抜粋〉
 潮音は静かに次の言葉が紡がれるのを待った。分からないものに意味を与えようともがいている手を離さないでいた。
「でも、来てしまう、引き寄せられてしまうのは。大きくて、果てが無くて、私たちには見えなくてもあの中にはちゃんと地球が続いてる。ここからだと青く見えるけど、本当は透明で、水という物質がずーっと繋がってる。そんな圧倒的な、ただの現実が海なんだよ。そこに人間が入ってみたらさ、夏は冷たくて最高だよ。私はそこでいつも生まれ変わったって思うの」
「生き返るじゃなくて?」
「そんな気分なんてものじゃないんだよ。体の物質が入れ替わるというか。体が海の中で作りかえられて、海に溶けていくの。水で繋がって、私の物質が私じゃない物質と混じり合い入れ替わる。パパとママから生まれたけど、魂は海から来たからじゃないかなって。ここで必要なものとそうじゃないものを交換してるんだ、って」
 話終えると、杏子は汗ばんだ手を引っ込め、顔を見られたくないのか、ごまかすようにカメラを構えた。潮音は杏子の生きている世界が自分と違うことを、尊敬の念を持って感じていた。
「おもしろい」
 ふいに発した言葉に杏子が顔を強張らせたのを見て、慌てて続ける。
「あ、そうじゃなくて、おかしいってことじゃなくて。私とは逆だ。キョーコと私の見方が。だからおもしろい」
「逆ってどういうこと」