文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

作者不明《風景(仮)》の基底材の特異性に関する考察
布川真子
西洋絵画修復ゼミ

 当研究対象である作者不明《風景(仮)》(図1)は、戦前戦後作とされる、パネル張りされた画布に描かれた油彩画である。この作品の基底材である画布は一見して独特であり、また損傷に関しても、経年数に見合わない著しい基底材の劣化が観察された。
 このことから、当作品を適正に保存・修復するには、まずこの独特な画布への理解を深めた上で、基底材の脆弱さの原因を推定する必要性があった。
 基本的な油彩画の構造と当作品を比較すると、基底材、下膠、下地の層において、大きな違いが見られた。基底材の画布の糸は極端に糸が太い上、経糸1本、緯糸2本一組と独特な織り方である(図2)。また、当作品には酸化防止、酸化緩和の役割である下膠と下地が張り代箇所において塗布されておらず、画布がむき出し状態となっている。このことから、画布の織りの特殊さや、酸化しやすい構造が、作品の劣化に関わると考えた。
 前述の当作品の画布のような織り方は、ガンニークロスと称され、特にコーヒーやカカオ豆などの使い捨ての運搬用袋の制作時に使われる織り方である。加えてこの袋の素材にはジュート(黄麻)が使用されることが特徴である。このことから、ガンニークロスと似た様相を持つ当作品の画布は、ジュートからなるのではないかと推察した。
 ジュートはリグニンを多く含む繊維である。リグニンの問題点として、酸性を呈し、紫外線によって変色しやすいことが挙げられる。そのため、リグニンを多く含むジュートは繊維の酸化や変色を起こし易く、脆弱化しやすいと考えられる。つまり、長期的には安定し難い繊維と推察する。
 以上から本作品の支持体がジュートか否かを確認する必要があった。まず、当作品の支持体の繊維片を以って燃焼試験を行い、植物繊維からなることを確認した。その上で、植物から成る繊維は、それぞれ異なる割合でリグニンを含有していることに着目し、リグニンに反応するマルキス試薬を用いて、その着色変化の違いから、当作品の支持体がいかなる植物からなるかを実験した(図3)。結果、当作品の支持体繊維はジュートと類似する着色変化を起こした。
 この二つの実験結果から、当作品の支持体はジュートである可能性が高いと結論付けた。
 本作品の支持体の著しい劣化は、その素材がジュートであるだろうことに加え、下膠と下地が特に張り代に施されていないことから、作品の構造上、酸化が進行し易い傾向があると考えられる。

図1 作者不明《風景(仮)》作品

図2 当作品の基底材の織り

図3 マルキス試薬に各種繊維試料を漬けた様子