[優秀賞]
羊皮紙を支持体とする写本の一葉の年代考察を主とした作品調査
庄子遥
宮城県出身
西洋絵画修復ゼミ
西洋絵画修復ゼミ所有の羊皮紙を支持体とする写本の一葉は、1420年頃のフランス製といわれている(A09-1、2)。しかし、これらの制作年代や制作地域は古美術商の口伝に依存しており、その口伝の正否に関しては定かではない。このことから、この写本の一葉が1420年代のフランス製の作品か否かに関し、特に写本の書体や装飾に注目して調査・考察する。
当作品はおそらく仔牛製の羊皮紙からなる写本の切断葉である。表裏両面にラテン語らしい文字記載及び図案的装飾がある。作品サイズは縦86.5㎜横62.5㎜。さらに、作品表側からみて左端に付着した羊皮紙片の様子から、その部分が本に綴じられていたと推測する。写本の字体は地域や年代、あるいは経済的な理由や、使用用途・社会情勢によって異なるため、年代考察上、重要な要素である。各年代の字体の特徴を比較した結果、当作品に書かれた文字に類似する字体はゴシック体の変種であるロトゥンダ体、バスタルダ体、テクストゥラ体の3字体に絞られた。更に上記3字体を特徴づける要素を挙げ、これらと当作品の中でも特に特徴的なアルファベットの形状を比較し、その類似度合いを観察した。その結果、最もテクストゥラ体との間に類似点がみられた。
上記3字体の使用年代から、当作品の字体には14~15世紀の字体との類似点が多くみられた。またこの3つの字体が使用された地域の共通点から、当作品の制作地域としてフランス近郊が考えられる。この字体の比較において、宗教色のあるテクストゥラ体の傾向が見られたことや、作品の大きさから、当作品は写本の中でも宗教実用書であるガードルブックと考えられる。
装飾写本のテキスト周辺余白にあるボーダー装飾に描かれる花やツタの表現は、年代や地域ごとに異なる特徴をもつ。字体の考察より、特に14~15世紀にフランスにて作成された写本における年代ごとのボーダー装飾を比較した。当作品の装飾にある、単線によるごく単純な植物の描線、三又状の葉のような描写との類似傾向は15世紀半ばごろのフランス写本に見られる(A09-3)。
文献調査や比較調査から、当研究対象作品は、15世紀半ば頃に制作された写本との類似点を多くもつ、宗教関連写本と考える。さらに制作地域においても、フランス近郊の写本との類似が見られた。
当調査の結果として、当初の研究目的である当作品の制作年代および制作地に関し、作品購入元の口伝どおりの傾向が多くみられる結果となった。
米田 奈美子 専任講師 評
当論文の研究対象は、羊皮紙からなる写本から切り取られた一葉という、珍しいものです。この羊皮紙の一葉に使用された字体や文様の観察を中心とした調査によって、調査対象の製作年と制作地域の推定、所謂、研究対象作品のアイデンティティの証明を試みています。また、本場ヨーロッパでも専門家が少ない、羊皮紙や写本という希少な文化財の基本的な構造をまとめたことでも、興味深い論文です。
論文本文には記述がありませんが、庄子さんは研究当初、ペット用品の犬ガムからの羊皮紙作成をはじめ、字体への理解を目的に、羊皮紙と羽ペンによるカリグラフィーの実施など独自の挑戦もしています。文献主体の研究ではありますが、このような経験も相まって、より作品に接近した観察が可能となり、結果として膨らみある研究になったと考えます。
コロナ禍による調査機器に頼れない状況下でも、作品に真摯かつ謙虚な態度で向かう庄子さんの在り方が顕れる論文です。