文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

作者不明『風景(仮)』額縁の独特な塗膜の層構造についての考察
島知里

 西洋絵画修復ゼミ所有の作者不明『風景(仮)』の作品には額縁(写真1)が付属されていた。当額縁は一見落ち着いた風合いの塗装がされているが、塗装の剥落箇所から金箔使用の痕跡が確認できた(写真2)。しかし、多くの額縁の場合、金属箔で整えた美観を覆い隠すように上から層が重ねられることはない。なぜ一度箔貼りした層の上に、金箔層を覆い隠す不透明な層を塗り重ねたのか。この当額縁の層構造に関し、文献調査や科学的調査により一般的な額縁と比較し、その上でなぜ特異な層構造を持つのかを考察する。
 この額縁の基底材は木材からなる。加えて手彫りで装飾が施されているところが特徴的である。
 このような基底材をもつ一般的な額縁の層構造は、下層から①基底材(木材)、②下膠、③下地、④ボーロ、⑤金箔、これに⑥ワニス層、⑦古色と続く。しかし当額縁の塗装の層構造を目視と、クロスセクションによる層構造観察を行うと、①から⑤の層までは一般的な額縁と同様であったが、6層目以降、⑥黒色の層、⑦厚みのある白色の層、⑧黄土がかった灰色の着色層が確認できた(写真3)。つまり当額縁の層構造の中で、⑥黒色の層より上の層は一般的に見られない層と言える。加えて⑤の金箔の層も、一様に連綿と存在するのではなく、ごく部分的に残存している状態であった。
 さらにこれらの層を蛍光X線分析にかけ、どのような素材からなるのかを推定した。この調査から、金箔だと考えられていた物体からは金(Au)は検出されず、逆に亜鉛(Zu)と銅(Cu)が検出されたため、金箔の代用に真鍮箔が使用された可能性がある。また、特定の箇所の層構造からはチタニウム(Ti)が検出された。このチタニウムが顔料のチタニウムホワイトである場合、額縁の制作年または、そのチタニウム検出部分の塗装時期は20世紀初頭以降と推察される。
 これらの調査に鑑み、当額は『風景(仮)』の額ではあるが、当額のために任意に作られた額ではないと考える。すなわち、『風景(仮)』の制作以前から存在していた金属箔貼りされた額に、『風景(仮)』に合った美観を授けるために、色彩の上塗りがなされたと考える。
 『風景(仮)』が戦前戦後の作と考えられていることからも、時代背景として物資不足であることや、金属箔層が摩耗していようと手彫りされた手造りの額縁は貴重であると推察できる。よって当額は再利用された額ではないかと結論付ける。

写真1 作者不明『風景(仮)』額縁全体の写真

写真2 作者不明『風景(仮)』額縁の金箔部分拡大写真

写真3 作者不明『風景(仮)』額縁の採取片クロスセクション 写真