文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

硫化水素による金属腐食の基礎研究-蔵王温泉薬師神社の本坪鈴の腐食を中心に-
佐々木明輝
宮城県出身
保存科学ゼミ

 本学文化財保存修復研究センターでは、2009年度に山形市蔵王温泉の酢川温泉神社より依頼を受け、同神社神額の修復・調査が実施された。これに関連して過去3名の学生が研究をしているが、未だ未解明な点も多い。本学文化財保存修復研究センターにおいては金属を取り上げた研究が少なく、対策が取れずに再発を繰り返すようでは根本的な解決に至らない。私は、金属が青色に変色する現象について原因やメカニズムを明らかにするため、現地の大気成分で金属に最も影響を及ぼしていると考えられる硫化水素ガスに着目し、小林の卒業論文を先行研究(図1)として、論文中で課題として挙げられた硫化水素を用いた実験による腐食と硫化水素の関係性の検証について、実験室的に研究を行った。
 今回の実験により銅試料の表面に生成された腐食物(図2)は、先行研究で小林が解明した薬師神社の本坪鈴表面に生成されていた腐食物であるアントレライトと類似しており、室内において薬師神社あるいは蔵王温泉街で発生する腐食に近いものが再現できる可能性を示すことができた。今回の実験では、水分量を考慮せず硫化水素による影響に焦点を絞ったが、金属試料のうち銅、リン青銅は腐食し、銀は元の白銀色とは似つかない赤紫色に変色した。(図3)これらは十分に硫化水素のみでも影響を受けていたと考えられる。これらの結果から、蔵王温泉街で発生している金属の特徴的な腐食には、現地の強い硫黄泉から放出される硫化水素が多大に影響を与えていたものと推測するに至った。また、その銅試料が生成した腐食物の分析結果や表面状態が、小林が論文中に示した本坪鈴サンプルの結果とも類似することから、先行研究で述べられた「薬師神社や蔵王温泉街において金属が青く変色・腐食する原因として硫化水素が関与する」という考察が、より強固なものとなった。今後の課題としては、今回の実験で考慮しなかった水分量や温度との関係性について検証する必要があると考える。また、酢川温泉神社の神額(金箔)と薬師神社の本坪鈴(青銅)という、成分の異なる金属で起きていたそれぞれの変色・腐食の事例などから、共通点や相違点を整理し、新たな発見がないかを検証したい。

図1 先行研究において小林が研究対象とした薬師神社本坪鈴の腐食状態(2019年撮影)

図2 実験中に銅表面に現れた腐食物の表面状態(デジタルマイクロスコープで撮影)

図3 室内暴露実験によって変色した金属片(写真中上段左から錫、銅、銀、下段左から鉄、リン青銅、真鍮)