修復を望むほど大事にされているものは、全て文化財/元興寺文化財研究所・卒業生 金澤馨

インタビュー

文化財保存修復学科で学び、大学院修了後は奈良県にある元興寺文化財研究所に入所。研究員として全国各地にある文化財の保存修復を手がけている金澤馨(かなざわ・かおる)さん。国宝や重要文化財など貴重な文化財の修復を行っている国内屈指の機関で、どのように修復に向き合っているのでしょうか。修復を志すきっかけとなった、大学での経験と併せてお聞きしました。

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分野の境界を超えて、文化財を修復する

――はじめに現在のお仕事内容を教えてください

金澤:文化財というのは、大きく分けると地下に埋まっていた埋蔵文化財と、個人やお寺、美術館、博物館で受け継がれ残ってきた伝世(でんせい)の文化財があります。私の仕事は、伝世の資料、文化財を修復することです。

元興寺文化財研究所には、「埋蔵文化財保存研究グループ」「文化財調査修復研究グループ」があり、それぞれ分野ごとに部屋が分かれています。私は文化財調査修復研究グループで、部屋の専門は民具。農機具や、漁業に使ってた網、作業のときに着ていた藁でできた合羽などの、資料の調査と修復がメインですね。掛け軸や屏風など、いわゆる装潢(そうこう)資料といわれるものは対象外となっていて、それ以外のほとんどが修復の対象となっています。

職場には熟練の方が多く、私は一番年齢が下になるのですが、年上だから聞けない、相談できないという感じは全くないです。逆に上の方が私に質問しに来てくださったりもしますし、働きやすい環境だと思います。

――普段は、研究所に寄せられた依頼品の修復を?

金澤:はい、割合としては奈良の研究所で作業することが多いですね。しかしここ数年は現地に行くことも増えてきました。昨年は夏の終わりに香川県に行きましたし、四国に行く機会が多くなりました。台風シーズンになると外にある文化財が壊れてしまうことがあり、修理が必要になるようです。全国、東北にもしばしば行きますよ。

依頼品の輸送は現地に出向き、自分たちで梱包して運んできます。研究所には、荷室の温度調整ができたり走行中の衝撃が少ないように設計された、美術品輸送に適したトラックがあるので。また、遠方出張で1週間ほどの修復作業になることもあります。その場合は朝から晩まで修復してホテルに戻り、また朝に出かけて修復、という繰り返しになります。大学のときから「体力仕事だな」という印象がありましたが、やっぱりその通りでしたね(笑)。

元興寺文化財研究所 金澤馨さん 『能登内浦のドブネ』を修復する金澤さん
『能登内浦のドブネ』(真脇遺跡縄文館蔵)を修復する金澤さん

――これまで手がけた中で印象に残っている物は?

金澤:一番印象に残っているのは、入所して最初に修復させていただいた時計です。江戸時代の発明家が製作したもので、四国にある資料館から依頼されました。修復の方法や考え方については大学でやっていたときと変わらないのですが、研究としてやるのと、仕事としてやるのとでは責任の面で大きく違っていましたね。そういう意味で印象に残っています。

上手くできた、やり遂げた、という達成感よりは、「もうちょっとできたんじゃないか」という気持ちが残ります。修復は限られた状況の中でどのようにするかを考えて進めていきますが、今考えると、どの作業についても新たな選択肢が残っているような気がしてしまうんです。案件についてはどれもそのように感じます。

――修復の仕事をする上で大切にしていることは?

金澤:当研究所では国宝や重要文化財のほか、個人やお寺さんが所有されているものも修復します。文化財として指定されているかいないかで、かけられる修理費用の違いはあるわけですが、そういった格付けのようなものにあまり縛られずにやっていくということを大切にしています。修復をお願いする方が大事にしているものであれば、それは全て文化財だろう、ということです。

元興寺文化財研究所 金澤馨さん 金工品「鉄蟷螂」の修復
金工品『鉄蟷螂』(愛知県美術館蔵)の修復の様子
元興寺文化財研究所 金澤馨さん 金工品「鉄蟷螂」の修復前
金工品『鉄蟷螂』(愛知県美術館蔵) 修復前
元興寺文化財研究所 金澤馨さん 金工品「鉄蟷螂」 修復後
金工品『鉄蟷螂』(愛知県美術館蔵) 修復後

――今後の目標や抱負はありますか?

金澤:私が大学で専門的に学んだのは、近代、現代の彫刻などの立体作品の修復で、それを軸にして経験を積んでいきたいと思っています。素材や技法に限定せず、いろいろな修復に携わっていきたいという思いが、大学のときからずっとあります。その上でできるようになりたいのは、伝統的な技法や漆を使った作業、木材加工の技術などですね。修復は「この形にしなければならない」という決まりがあるわけではなく、その時々にいろいろな選択をしていかなければなりません。自分に技術がないばかりに可能性を狭めるようなことがあると残念ですから、独学で追いつける範囲は限られていますが、少なくても知識はつけていきたいなと思います。

この研究所をはじめ、活躍されている方々を見ていると、やはり練度や習熟度がすごいんです。皆さんが苦労して長い時間かけてやっていらっしゃるので、後に続いていきたいです。

実体験を通して学び育んだ将来のビジョンと、恩師の存在

――芸工大を選んだ理由を教えてください。

金澤:祖父が高校の美術教師、叔父がグラフィックデザインをしていたので、「美術関係のことができたらいいなあ」という軽い気持ちでいました。最初は、実家から通える範囲でいい大学があれば、と思っていたのですが、オープンキャンパスに参加してもあまりピンとくるところがありませんでした。そのときにちょうど札幌市でいろいろな美術系大学が集まった合同の大学説明会が開催されていて、そこで芸工大を知ったんです。

当時は「美術史・文化財保存修復学科」(現・文化財保存修復学科)という名前で紹介されていて、初めて「文化財保存修復」という分野を知りました。これはおもしろそうだなと思い調べ始めたところ、北海道で学べるところはなく、道外に出るしかないなと思いました。全国的に見ても文化財修復を学べる大学は思ったより少なくて、あっても油絵修復専門だったり、ピンポイントで学ぶ感じでした。

そのときの僕には、絶対にこれがやりたいというものがあったわけではなくて。芸工大は、いろいろな分野が集まった保存修復の学科で美術史も学べる、というところがフィットして選びました。そんなに意識の高い方ではなかったのではないでしょうか。

元興寺文化財研究所 金澤馨さん 石造十一面観音立像を修復する金澤さん
『石造十一面観音立像』(元興寺蔵)の修復の様子

――そこから現在の仕事に就くまで、修復にのめり込んだきっかけはありますか?

金澤:学部で4年間学んだ中で、自分に向いているなと思ったのが一番だと思います。新しくつくることにも興味はあったのですが、それよりも今あるものに何かしていく、修復のような作業が自分に向いているなと気づいたんです。1年次には修復の基礎から始まって、いろいろな素材を使用して作業していく内容の授業があり、一つに専門分野を絞るのではなく幅広いカテゴリーの中でやっていくことに魅力を感じました。

心に残っているのは、石を彫る授業。お寺によくある五輪塔をつくる授業です。先生が石をたくさん買ってきて、1人ずつ指定された形に彫っていくんです。それまで修復の授業では、まず完成品があって、それが年数が経ち壊れてきたところで何をしていくか、どういうことが必要かを考える勉強をしていましたから、素材の最初のところに手をかけるのは新鮮でした。全然うまくいかないのですが、やっている中で道具の使い方や力の入れ方がわかってきたりして。石が欠けたら接着してもう1回、という形で、実体験から修理につながることを学べました。作品ができる前のことを考えられるようになったのは、大きかったですね。

文化財センターの横で石を叩き続けていると、他学科の学生に「あそこ、修復学科じゃないっけ?」という目で見られるのも印象に残っています。食堂を出てすぐの場所でカンカンやっているので、すごく見られるんですよね(笑)。

元興寺文化財研究所 金澤馨さん 石造物「宝塔」の修復の様子
石造物『滋賀県指定史跡大吉寺跡内 宝塔』の修復の様子
元興寺文化財研究所 金澤馨さん 石造物「宝塔」 修復前
石造物『滋賀県指定史跡大吉寺跡内 宝塔』 修復前
元興寺文化財研究所 金澤馨さん 石造物「宝塔」 修復後
石造物『滋賀県指定史跡大吉寺跡内 宝塔』 修復後

――指導する先生との関係性はいかがでしたか?

金澤:私の場合、非常に幸運だったのは、今は退官された藤原徹(ふじわら・とおる)元教授との出会いがあったことです。先生が工房を持っていらしたので、工房に届いた修復対象作品を直接見ることができ、アルバイトとして修復作業をお手伝いすることもできました。学生との距離が近い先生で、ゼミの学生を焼肉パーティに呼んでくださったりもしましたね。先生の工房を見せていただく中で、修復をしてご飯を食べていくとはどういうことなのか、という将来のビジョンが朧げながら見えてきました。先生の近くにいさせていただいた経験が、今につながる大きな要素だったのかなと思います。

――それでは最後に、これから受験を考えている方へメッセージをお願いします

金澤:芸工大は分野にとらわれず、変化のある学びが身近にある大学だと思います。やりたいこと、やるべきことにはもちろん集中していかなければなりませんが、学生時代に他学科の友人たちの作業風景を見させてもらった自分の経験と照らし合わせると、それ以外の全てを蔑ろにしてほしくはないな、と思います。別の分野にも目を向けながら、いろいろなことに関わっていくと、豊かな結果が得られるのではないでしょうか。

元興寺文化財研究所 金澤馨さん 工房内にて金澤さん

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専門性が高く、極めて練度の高い技術が必要な修復の仕事。金澤さんが軸にしているのは、素材や技法に限定せず、幅広く柔軟に文化財に携わっていく姿勢でした。これまで出会った人やもの、自身の仕事に対して、心を寄せて向き合う姿勢が未来をひらいてきたのかもしれません。なかなか知ることができない、元興寺文化財研究所での修復のお仕事について聞く貴重な機会となりました。

(取材:上林晃子、入試広報課・土屋)


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東北芸術工科大学 広報担当
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