美術科総合美術コースを卒業後、東京都板橋区の中学校に赴任した髙橋洋充(たかはし・ひろみつ)さん。現在は3年生の担任をしながら、美術教員としてアートやデザインの知識、そしてその魅力を生徒たちに伝えています。「総合美術コースの学びも教職課程の学びも、とにかく楽しかった」と言う髙橋さん。大学時代に得た学びや思考が、今どのように仕事に生かされているのかお聞きしました。
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美術の授業を通して生徒たちに伝えたいこと
――髙橋さんの現在のお仕事について教えてください
髙橋:2019年4月にこの板橋区立赤塚第三中学校に赴任して、今年で3年目になります。今は3年生の担任をしているので何かと忙しいですね。普段は朝7時45分くらいまで学校に来て、朝の電話対応などをした後、自分の学級に行って朝の連絡をして、そして教科の授業に入っていきます。美術の授業は基本毎日、空き時間をちょっと挟みながら入っている状況ですね。
他にもお昼は給食の指導があったり、放課後は教材研究や生徒の家庭への連絡、また学校行事への対応などいろんな業務があります。部活動は中学・高校と剣道をしていたので、この学校でも剣道部の指導と、あと美術部の指導もしています。
――何か髙橋さんならでは・赤塚三中ならではの美術の授業はありますか?
髙橋:基本的には大学で学んだことを試行錯誤しながら生かしたり、自分が中学や高校でやっていた内容を改めて手直しして授業にすることが多いですね。あとは今年度からタブレットPCが各生徒に1台ずつ配布されたので、それを使いながら絵の鑑賞会をしたりしています。
そんな中、実は美術の授業時数が減らされているというリアルな現状があって…。美術を減らした分、外国語や総合の授業が増えているんですけど、そこで僕ができることって何だろう?って考えた時、やっぱり「美術って社会のいろんなところに関わりがある」っていうのを子どもたちに知ってもらうことなんじゃないかなと思ったんです。そこで今やってみているのが、他の教科とつながった授業を行うこと。例えば社会の先生と協力して、「今、地理で世界の国々のことを勉強してるよね?国旗って実はその国の特徴をシンボルにしていたりするから、みんなも架空の国の人口や特産物を想像しながら、オリジナルの国旗を考えてみよう」という授業を行ったり、また、国語の教科書にダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の構図の話が出てくるので、国語の授業にゲストとして呼んでもらって、この絵の仕掛けについて生徒たちに説明したり。そういう美術の想像・創造性って、僕は生きていく上でもすごく大事なものだと思っています。
――生徒と向き合う中で、いつも大切にしていることは?
髙橋:美術の授業では必ず最初に、「忘れ物をしないように」とか「私語厳禁」とか他の授業と同じようにルールを伝えるんですけど、美術の授業にはもうひとつ、とても大切なルールがあることを話しています。それは「否定をしない」こと。美術の作品にはそれぞれ作者の思いがあるわけで、それを簡単に否定するということは、その人の人格そのものを否定してしまうことにつながります。ですから生徒にはいつも「いいところを見てほしい」と伝えています。そしたら、3年生の授業でモダンテクニック(偶然できた模様や色を使って表現するアート技法)に取り組んだ時、生徒同士がお互いの作品を見て「それめっちゃいいね!」「カッコいいじゃん!」と自発的に声をかけ合っていたんです。それがすごく嬉しくて、授業の最後に「みんな、それぞれのいいところをちゃんと言葉にして表現していて、すごくいい時間だったと思う。そういう空間があるときっと戦争もなくなるよね」と伝えました。
本気で夢を追いかける楽しさを知った大学時代
――教員を目指そうと思ったきっかけは?
髙橋:自分の学校生活において、先生というのは常に憧れの存在でした。もちろん怒られたこともたくさんありましたけど(笑)、それに負けないくらい良い思い出がたくさんあって、「あの時、あんなこと言ってくれたっけな」とか「あの時、すごく支えてもらったな」とか、そういった経験によって今の自分があることをずっと感じていました。なので大学に入る時に、自分でも教員の資格を取ろうと思いました。
その後、本格的に教員になりたいと考えるようになったのは大学3年からですね。きっかけというよりは、毎年自分の中で命題みたいなものがあって、大学1年の時は「とりあえずいろんなものを見まくろう」ということで、先輩方の姿などいろんな人やものを見るようにしました。2年の時は「いろんなことをやってみよう」と思っていろいろ挑戦して、そして3年になった時に、「とりあえず悩みまくろう」と思ったんです。1~2年生の時にいろんなことを経験してきたけど、じゃあこれからどうしようかと考えて、その中で「やっぱり自分は教員がいい」という思いに至りました。それまで頭の中で漠然と思っていたことを、3年の時に決心して前に進むことができたという感じですね。4年の時は集大成としてもう、すべてぶつけるのみでした。
――その結果、卒業研究が総合美術コースの最優秀賞を受賞したそうですね
髙橋:すでに美術の教員になりたいと考えていた時だったので、卒業制作では美術教育について研究することにしたんです。総合美術コースは作品を制作することの方が主なんですけど、僕は大学を卒業するなら論文を書いてみたいと思っていました。そこで、教授に論文の書き方などいろいろ相談しながらまとめたのが、「これからの美術教育の在り方と可能性─社会教育的視点と芸術思考に基づく複合型学習モデルの構築─」という研究です。
その中で、総合美術や教職課程の先生、また自分がインタビューしたいと思った先生方、計9名にお話を聞かせていただきました。先生方それぞれにいろんな考えがあることが分かり、本当に面白かったです。それから動画を撮って卒展の時にプロジェクターで大きく映したり、あとパネルを作ったりしました。初めて書いた論文だったので今読むと漠然としているようなところもあるんですけど、いろいろ教えてもらいながら形にすることができました。
――その他、大学生活で思い出に残っていることはありますか?
髙橋:実は、うちの学年の総合美術コースは男子が僕1人だけだったんです。それで、他の美術科にはどんな男子学生がいるんだろう?と気になったことがきっかけで、日本画、洋画、彫刻、工芸、版画などいろんなコースの学生とよく話をするようになりました。夜な夜なお互いの将来について語り合ったりして、あの時間は本当に良かったですね。
その時の友達とは今もよく連絡を取り合っていて、先日も、普段は介護職をしながら絵の制作を続けている日本画出身の友人が、行きつけの喫茶店で展示をすることになったと言うので観に行ってきました。僕は教員になって以降、作品をまったく作らなくなってしまっただけに、今も作っている人たちは本当にすごいなと。その分、僕の場合は同期や先輩の展示を観に行って、そこで作品を購入させてもらうことで美術というものに携わり続けています。今は購入した作品は家に飾っていますが、将来的にはどこか1ヶ所に集めて「髙橋コレクション」として展示してみたいですね。
それから教職課程の勉強もとにかく楽しかったです。それまで全力で夢を追いかける経験なんてなかなかなかったですし、ずっと適当な言い訳をつけていろんなことをやってこなかった自分がいましたから。なので大学4年の時にもう言い訳が出ないくらいやれたっていうのは、僕としてはすごく面白かったし、採用試験に受かった時は本当に嬉しかったですね。教職の先生方の存在というのはやっぱり大きかったです。いつも親身になってサポートしてくれましたし、現場で校長や担任を経験されてきた先生方だからこそ、うやむやにすることなく「ここはこう」としっかり教えてくださいました。そういった意味でも芸工大はとてもいい環境でしたし、何より人に恵まれたと思っています。
――今後の目標などあれば教えてください
髙橋:今は教育の現場をしっかり見て自分の力にしていきたいと考えているところです。そして将来は、大学教授になってもう一度、美術教育について研究がしたいと思っています。それが大学の時からの一番の目標でしたから。美術って、いろんなところで活用できるしメンタル的にも技術的にも必要なものだと思うんですね。それを証明するためには、作品を作ることももちろん大事なんですけど、まずはその作品を「いいな」と思えるような子どもたちが出てくることが必要だと思うんですね。
美術が苦手な子って一生美術に関わらないまま、みたいなところがあったりするけど、そういう子たちだって服装の色合いは気にするじゃないですか。実はそれも美術と関係しているということをみんな知らなかったり意識していなかったりするわけです。だからそういうところを教育の現場でもっともっと教えていきたいと思うし、将来的にはそれを大学教授として研究・発表できたらすごくいいなって。だからそこまでは努力し続けていきたいです。
――最後に受験生、高校生へメッセージをお願いします
髙橋:僕の場合は、「美術」と「教育」という2つを持って芸工大に入学して、とにかくいろんなものを見ながら、やりながら、日々学ばせてもらいました。そして教員になった今は、学年主任の先生をはじめ、多くの先輩方からご指導をいただきつつ、とてもかわいがってもらっています。そういった恵まれた環境に身を置けているからこそ、自分の今後について考えるきっかけというのも増えていってるんじゃないかなと思うんです。だからこそ大切なのは、自分が選んだ道を信じて前へ進んでいくこと。皆さんにも、あなたが選んだ道をちゃんと信じて進んでいってほしいです。
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芸工大に入学できたこと、そして数多くの素敵な出会いや学びの機会を経て、無事教員採用試験に現役合格できたこと。それらが叶ったのは、「運が良かったから」と語っていた髙橋さん。でもそれは決して運だけではなく、髙橋さん自身に“美術が好き”という気持ちと、夢の実現に向けて前へ進むことをとことん楽しめる姿勢があったからこそ開かれた道と言えます。現在も大学教授という夢に向かい、教育の現場で歩み続けている髙橋さんの今後がとても楽しみです。
(撮影:永峰拓也、取材:渡辺志織、入試広報課・土屋) 美術科総合美術コースの詳細へ WebマガジンGG記事「学生同士が自然に学び合える環境と、それを支える経験豊かな指導陣から導き出される高い現役合格率/教職課程 」東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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